12…銀の鳥と青い薔薇
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小さな宇宙服が二つ並んで歩いているのを見て、ジャンは白衣をひるがえし二人を追い越した。
「よぉ、仲良くお散歩かい? 厚着の小人さん達」
ヘルメットが開くと、じろりとにらむソアラの顔があった。
「失礼ね。これでも一汗かいてきたんだから」
「ハイハイ。それではゆっくり休養を。マドモアゼル」
ジャンがソアラの手を取りお辞儀すると、ソアラは少しびっくりしたように頬を紅くした。
「べ、別に……」
カイセイを促すと、ソアラは足早にその場を去って行った。……と思ったら、気になるのか先の方で振り返った。
隣のドアの隙間から、ドクターが小さく吹き出すのが聞こえた。ジャンは咳払いをする。
「いつまで笑ってるんだ? ソアラは行ってしまったが、いいのか?」
ドクターが顔だけ覗かせて言った。
「あの二人はすっかり仲良しじゃないか。ジャン、君が茶々入れたから」
「だからあんなにプリプリ怒ってたのか?」
「さぁね」
ジャンはドアの隙間から差し出された煙草をくわえ、そのまま火をもらう。そしてドクターに向けて手招きした。
「おや、散歩かな」
ドクターは読みかけの本をぱたりと閉じた。
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二人は煙草をくゆらせながら回廊を歩いていく。ジャンは上を見、煙を吐き出して言った。
「しかし、あんたも俺も、いつまでもこんなもの吹かすとは……それもここに感知器が無いのを承知の上で」
ドクターはきょとんと隣を見る。
「じゃあ吸わなきゃいい」
「ふん、そんな常套句を。人を巻き込んでおきながら」
ドクターは肩をすくめた。
「共犯者が欲しかったんだ。ヒナタは吸わないし」
ジャンは煙草を片手に、回廊の柱にもたれかかる。
「子供がいるからな」
ドクターも柱の反対側にもたれて、上に煙を吐き出す。
「そろそろストックも尽きる頃だ。ソアラにも注意されているし……潮時かな。煙を出して燃えるのが気に入っていたんだが」
ジャンは体を起こして顔をしかめた。
「なんだあそりゃ」
「燃えて、灰になって消える。限りある命のようにね。それでこそ吸った感じがする」
ジャンは今度は感心したように、
「あんたもたまには面白いことを言う」
ドクターは苦笑した。
「それはそーと、あんたに聞いておきたいことがある、ウォルタ」
ドクターの顔から笑みが消えた。
「カイセイのことか?」
ジャンはうなずく。
「銀の鳥に青い薔薇 (ありえないこと)……3ヶ月前と同じだ。分かっていたんだろう? カイセイの変化は被曝のせいじゃない。検査は――」
「ジャン」
遮ると、ドクターは小声で言った。
「すまない、だがこのことは伏せて欲しい。知られればあの子は危険にさらされる」
ジャンは前かがみに顔を近づける。間近に二人の視線が合う。
「ウォルタ……あんた何か知ってるのか?」
「いや。はっきりとしたことは何も。ただ……」
ドクターはポケットから金属製のタブレットケースを取り出すと、そこへ灰を落とした。
「いつだったか、ヒナタが話してくれた故郷の昔話にそれと似た表現があってね。……白銀の髪、青い眼を持つ風神が人々の記憶を眠らせ、時に魂をさらうと」
ジャンはふぅん…と煙を吐く。
「よくある世界神話の一つだな。たしかに絵面は合う。……それで?
「彼らの土俗神がそういった風貌なのは、何かしら根拠があるのではないかと思ってね。 例えば、ある特殊な遺伝子が彼らの間で脈々と受け継がれ、何らかの影響で発現のスイッチがオンになると……」
「今回みたいな状態になる?」
ドクターはうなずく。ジャンはふと思いついたように尋ねた。
「白化個体じゃないのか?」
「形質上は似ている。だが白化個体と違うのは、保因者の姿が一時的に急変すること。その後は姿がちゃんと元に戻る」
ジャンはうなる。
「それこそ化物だな」
言葉は頂けないが、と前置きしてドクターは続ける。
「異形という点では神も化物も紙一重かもしれない。少なくとも彼らの故郷、チクラでは神として崇められた。としたら……?」
少しの間の後。
「チクラか……」
ジャンは声低く呟いた。
「噂には聞いたことがある。極東の幻の地。特殊体質。どっちにしろ、カイセイはいわくつきの子供か。……狙われるな」
「あくまでも推測を域を出ない。だがわずかな可能性でもArcは調べようとするだろう。遺伝子サンプルの確保はArcにとって最優先事項らしいから。そうなるとカイセイだけじゃなく、ソアラも危険だ」
ドクターはタブレットケースに煙草を押し付ける。ジャンもそれに倣う。
「Arcか……あの偽善団体が。方舟計画だかなんだか知らんが、こそこそ動いている。今回の迷惑行為も」
ドクターは頷く。
「ああ、その可能性は高い。あの強固なシェルターに極小の穴がいくつも開けられていた。短時間にあれだけの損害を与えられるのは、おそらく最新式のレーザーだけだ。それを大量に所有出来るのは……」
二人は目を合わせた。
「まったく……とんだ脅威だな」
ジャンは溜息混じりに呟いた。柱に預けていた体を起こし、元来た道を戻ろうとしたが、ドクターは中庭の方を食い入るように見つめたままだ。ジャンは怪訝そうに見る。
「どうした?」
「ジャン、私はあの子らを地球に連れて行こうと思う。……SSCはあまりにも世間が狭すぎる」




