10…風に導かれて
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どこをどう走ったのかなんて分からない。
ソアラは溢れてくる涙を拭い、走りながら、数分前の出来事を思い返していた。
カイセイは苦しそうに顔を歪める。閉じかけのシャッターに滑り込む時、片足が残り挟まれてしまった。ソアラは必死にシャッターを上げようとするが、びくともしない。
『行け』
そう言って見上げるカイセイに、ソアラは急いで首を振る。
『いや! できるわけないでしょう!』
『大丈夫。シャッター開くパスワード思い出すから、先行って……』
ソアラは呆気に取られる。
『あなた……一体どれだけ覚えてるのよ』
『いいから、早く! ……下がれ!!』
カイセイの大声にソアラは思わず身を引いた。そして最後のシャッターが閉まり、とうとう二人の間を塞いでしまった。
揺らぐ視界、頰に走る涙……ソアラは再び手の甲でぬぐった。
バタバタバタ……ガチャリ。
大きな足音とともに避難船のドアが開いた。ドクターが立ち上がる。
「ソアラ! よく無事で………カイセイは?」
途切れる息を必死でおさえて、ふりしぼるようにソアラは叫ぶ。
「ドクター、カイセイを……あの子を助けて!!」
何度かパスワードを間違えたものの、3回目で認証され、他のシャッターも同様に抜けることができた。
カイセイは足元に浮かび上がる避難経路を進み、足をひきずりながら、壁づたいに歩いていた。しかし――
「つっ……」
あまりの痛みに思わずしゃがみこんだ。
――やばい…目が霞む…。
みるみる暗くなる視界。音もしない。何も感じない。
――ああ、闇だ。またここに来たんだ。
視界を満たす暗黒物質。宇宙の深淵に消えた父。なぜあの時、一緒に行けなかったのだろう。
――父さんどこにいるの? 母さんを見つけたの?僕はここにいる。何も見えないんだ。どこに行けば……家に帰れるの?
落ちそうなまぶたの片隅に人影が…見えた気がした。スラッと背の高い男の人。まさか。
――そこにいるのは父さん?
手を延ばした先には光がふわりと浮かんでいた。ひとつ、またひとつ、気がつくと、周りには数えきれない程の淡い光が飛んでいた。耳には、さわさわと楽しそうに笑う声。
コッチ
コッチダヨ
見渡す限りのたんぽぽの野原。
たんぽぽ達がそよぎながら、綿毛を途切れなく宙へ放っていく。
カイセイは吸い込まれる様に歩き出す。痛みが不思議と消えていた。
――風……
カイセイは吹かれる心地よさの中で目を細める。
目の前の空間が渦を巻き、トンネル状になっている。
綿毛が螢火のように、ほんわりと浮かんでは消え、はるかな光の方向に流れて行く。人影もその先へ消えてゆこうとした。
――父さん待って!
必死に追いかけ、指の先に触れた、その瞬間。氷のような冷たさがカイセイの体を突き抜けた。
カイセイは思わず立ちすくむ。かじかんだ自分の手を見た
――違う?
白銀の髪が風に揺れて、サラサラと波打つ。佇むその人は……手のひらから、そうっと綿毛を空に放つ。そして振り返るとカイセイをじっと見つめた。青く澄んだ空色の眼で。
その空に吸い込まれていく中、カイセイは凛とした声を耳の側で聴いた。
生きよ、と。