9…光の化石
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細波が立つように、カイセイは急に視界が広がるのを感じた。
「まぶしい……」
〝目を開けてみて〟
「この光は? まさか……」
〝そう、宇宙マイクロ波背景放射。あなたは今、遠い遠い昔の光を見ているのよ〟
ソアラの声が囁くように心に響く。
「キレイだ…こんなの見たことない。透きとおって…鮮やかに光ってる…これが父さんの言ってた光の化石…なのか?」
ソアラは頷く。手を繋ぐ二人の足元には星屑のような光が散らばる。
〝感覚をリンクさせているの。だから私も見えないものが見えている。この芝の庭やあなたの姿がはっきりと〟
ソアラが微笑む。
〝カイセイ…人はきっと誰もが光と闇を合わせ持ってる。喜びや悲しみも…背中合わせで同時に在るものだわ。
でもね光だけではだめなの。闇を知るから人は強くなれる。涙は…いつか誰かを救う力になるわ。大切な人を…守る力よ〟
繋ぐ手に力がこもる。
〝だから生きて……たとえどんな悲しみを背負っても。目を開けてちゃんと見るの。人は気づかないだけで
…闇と思う所には光が溢れていたのよ〟
ソアラは手を離すと、両手を肩にあてがい、カイセイのおでこにそっとキスをした。目を丸くするカイセイにソアラは小指を差し出す。
「いつかまた会う時は今度はあなたが…約束。」
寂しげなソアラの後ろで、星がまたひとつ流れ落ちる。
「いつか?」
「私、地球に行くの」
そう言って、ソアラはくるっと背を向けた。
「あなたも一緒に来ない? 地球に……故郷に帰りたいんでしょ?」
心なしか、声が少し上ずってしまう自分がいた。
もし地球に戻ったら、ソアラたちは西の果て、カイセイは東の果て。帰り道は正反対。すぐ離ればなれになってしまう。……せっかく友達になれたのに。
ソアラがうつむいていると、
「故郷に帰っても…仕方ないよ」
後ろでカイセイがつぶやいた。
「誰も待つ人なんて…」
言いかけて、カイセイは口をつぐむ。
「唄が聴こえたわ」
カイセイははっとする。
「あなたの中の風景に。とても優しい調べだった」
ソアラは後ろで手を組み、ちらりと振り返った。
「本当は、誰かがあなたを待っているんじゃない?」
二人の目が合った、その時。
フォン!フォン!…
耳慣れないサイレンが周囲に鳴り響く。
びっくりしてソアラは思わず耳を塞いだ。どこからともなく不気味な振動が起こり、足元を駆け抜けていく。
「何?…この揺れ。」
「これは…非常シャッターの降りる音だ!」
ジジ……
すぐ側で雑音が生じる。やがて雑音に混じって声が聴こえた。
「……ソアラ……聞こえるか?」
フッ、と二人の前にスクリーンが現れた。ドクターだった。
「ここだと思った。良かった…二人とも怪我はないかい?」
うなずく二人。
「ドクター!一体何が?」
「シェルターの一部が破損した。君たちもすぐに避難しなさい。」
「破損……なんでそんな……。」
ソアラは信じられないようだ。
シェルターは世界の科学力を駆使して生み出された。世界統合の結晶と言われた。外からのあらゆる熱や衝撃、宇宙線を防ぐはずだ。そんな簡単には壊れなど……。
「時間がない。ソアラ、みんな船に避難している。訓練通りだ。道は分かるな?」
ふいにスクリーンは乱れ、消えてしまった。
「こっちよ!」
ソアラはカイセイの手を引っ張り、庭から回廊へ上がり、駆け出した。
息を切らせながら走り続ける二人。程なく、繋いだ手がほどけた。
「カイセイ!?」
「足が……。」