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顔のない魔術師  作者: 宮原 ソラ
日常編
5/24

市民権を取ろう!

おまけ小話です。

その後の様子?

「市民権でも取るかな」

 と、ある日突然、ナナシが言った。

 

 私たちが住んでいる街ラスタは、国で三番目くらいの比較的大きな都市である。南は諸外国に繋がる湾、東西には交易道路が伸び、北に私たちがよく行く薬草の森が広がっている。

 立地条件が良いせいか、人口は多く、活気がある。古くから商業取引で発展してきた街なので、伝統や地縁よりも、重視されるのは実力と現金だ。

 白面黒服の怪しさ満点なナナシが容易に魔法薬師という仕事にありつけたのも、この辺の自由な気質が大いに関係していたらしい。良品を納品してくれれば、見た目の不気味さなど気にしないというわけである。

 寛容にも程があるだろうと思うのだが、おかげさまで二年間、衣食住に不自由せず暮らしていけた。細かいところは脇に除けて、いい街だと感謝している。

 ところで。

「シミンケン?」

「ラスタの街の住民であるという証だ。住所がはっきりしていて、二年働いた実績があると申請できる」

「二年。白面と黒布ナナシでも、働いたことになる?」

「たぶん。一応……」

 ちょっと自信が無さそうだ。

 まぁ、そうだよねぇ……。私みたいに布をめくって中を確かめた勇者はそうはいないだろうけど、あの姿のナナシがちゃんと人間として認識されていたかどうか、甚だ怪しい。

 いや、でも、薬品作成の依頼と納品が途切れることはなかったから、能力は高く評価されていたわけか。

 いっそ面を被って、黒マントを身に着けて、それを脱ぐところを業者の皆さんに披露してみては如何だろう。あら中身はいい男ね! と、あっさりと一般人認定されたりとか……。

 ないか。

 無理か。

「市民権、あるのいい?」

 ナナシが何か新しいことをするのは、いつも私のため。

 今回も、私のために市民権とやらを得ようとしているのかもしれない。例えば、寄る辺なき異世界人の私に、戸籍を与えようとしているとか。

 そんなもの無くても、ナナシと二人でのんびり暮らす今の生活に満足しているから、私はいらないけど……。

「あると何かと優遇される。税金に、選挙に……。無いよりはずっと」


 それに、結婚も。


 と、ナナシが呟いたとき、フライパンの上で焼いていた羊の肉が、じゅーっと一際大きな音を立てた。

「ナナシ。焦げる焦げる! 肉!」

「焦がさないって」

 ぽん、とナナシが肉の塊をひっくり返す。いい具合に焼き色のついたそれの上に、蓋を被せた。あとはじっくりと蒸し焼きにするらしい。

「お腹すいたー」

「ほれ。味見」

 口の中に、付け合せのハーブとキノコの炒め物を一つまみ入れてくれた。少しだけ酸味のあるソースが絡めてあって、かなり美味しい。余計にお腹が減ってしまうっ……!

「ナナシ、やっぱり料理上手。良かった」

 白面黒布の怪人から、銀髪碧眼の超美青年へと、あり得ない転身を遂げたナナシだが、あの記念すべき日から一週間、状況は全くと言っていいほど変わらなかった。

 初対面の時は不覚にもときめいてしまったが、どんな壮絶な美形も一週間も見続ければさすがに慣れる。

 ナナシの方も、人間に戻ったからと言って、突然性格が豹変したり、料理の腕が極端に落ちたりということもなく、日々平穏に過ごしているようだった。

 まぁ、問題が本当にゼロかと言えば、そうでもなく。


「金が、今までの倍かかるようになった……」


 あらゆる意味で省エネだった白面黒布に比べると、まっとうな人間は金がかかる。手間もかかる。

 体が大きい分、ナナシは私より食べる量が多い。洋服も必要だし、靴もいるし、毎日風呂に入れば使う湯量も単純に二倍だ。

 以前は真っ暗闇でも問題なく館内を歩き回れたようだが、今は夜になると当然ランプが手離せない。だから明り取りの油もいる。

「……不便だ」

 人間に戻った翌日にぽそりと漏らしたナナシの感想が、それだった。

 音を上げるの早すぎだろう。まさかもう元に戻りたいなんて考えているのでは……。私的にはそれも有りだが。

「でも、今の方がいい」

 と、いきなり、脈絡もなく、ぎゅーっと抱き締められた。

 体を取り戻して間もないから、浮かれているのはやむを得ない話だとしても、この過剰なスキンシップはどうにかならんのか。

「ユイカは温かくて抱き心地がいい」

 事情を知らない人間が聞いたら大いに誤解しそうな事を、平然と言ってのけるし。

 どさくさに紛れて腰に手を回されたのも、一度や二度じゃないような……!


「ナナシ、肉まだ?」

「もう少し。焦ると生焼けだぞ」

「ウェルダン、お願いー」

「何だそれ」

「よく焼いてね、意味」

「ふーん」


 でも、まぁ、いいか。

 願いの珠に祈った通りの幸せな光景が、そこにある。






 ナナシの本名は「ルシュメア・アルリム」といった。

 それを聞いた瞬間に、今まで通りナナシでいい? と大層失礼なことを口走ってしまった私である。……いや、だって、言いにくいし。

 いまだに幼稚園児のごとく舌足らずな私には、明らかに難度の高い発音だ。

「ウスメなアルリン?」

「おい……」

「ルクメ……」

「もういい、わかった! ナナシと呼べ!」

 さすがナナシだ。太っ腹。ナナシと呼ぶことを、こうして快諾してくれた。


 更には、

「市民権も、いっそナナシの名で取るか……」

 幾ら何でも、それはこだわりが無さすぎだろうと思うのだが。

「ルシュメアは三十年前に一度死んだんだ。だから、俺は、今まで通りナナシでいい」

 ナナシが体なしの状態になったのは、三十年も昔の話らしい。原因は何だと聞いてみたが、これについては言いたくないと拒否された。

 一度死んだ、と断言するくらいだから、あまり楽しい思い出ではないのだろう。

「んー。ならいいや。聞かない」

 気にならないと言えば嘘になるけれど、今、ナナシが隣に五体満足でいてくれることが何よりも嬉しいから、別にいい。

 片言でそれを伝えると、口元に運ぶ途中だったナナシのフォークから、ぽろっと肉がこぼれ落ちた。肉は器用にテーブルを避け、座っているナナシの膝の間を抜け、朝磨いたばかりの床の上に転がった。

 掃除担当としては、ゆゆしき事態。

「ナナシ、不器用。床汚した」

「お前がさり気なく凄いこと言うからだろ……」

「んん? 何も言ってないよ。ナナシいる嬉しいだけ」

「いや、だから、それが……」

「ナナシいないとご飯食べれないもの」

「そっちかよ」

「うん? どっち?」

「もういい……」

 はぁ、と溜息を吐かれてしまった。

 急に食べるスピードが落ちたので、余ったら勿体ないからとナナシの皿の上から肉を一切れ掠め取った。

 太るぞ、と、すかさず反撃の一言が飛んでくる。

 デザートも一口狙っていたのだけど、その言葉にたちまち怯んだ。妙齢の乙女に対する暴言、許すまじ。

「まぁ、ユイカは細すぎるから、もう少し太った方がいいけどな」

「そしたらますます食べごろよ?」

 と、たまに遊びに行く食堂のお姉さんに、「男に太ったって言われたら、こう返すんだよ!」という慣用表現を以前教えてもらったので、早速使ってみたのだけど。

 なぜかナナシは顔を赤くして、がっくりと項垂れた。

「言葉がまだ完璧じゃないってのは、十分にわかっているつもりなんだが……。さすがに焦る……」

 よくわからないが、ナナシをぎゃふんと言わせることには成功したらしい。

 今度また食堂に行ったら、お姉さんによくお礼を言っておこう。そしてまた絶妙な切り返しの表現を教えてもらおう。私って勉強家だな!


「とりあえず、俺以外の男には絶対に言うな」

「うん? よくわからないけどわかった」

「本当にわかってんのかお前!?」

「うん。大丈夫。たぶんわかった」

「……」


 ナナシがものすごく不満そうな顔をしている。

 盛大に眉間に皺を寄せて、どうやら怒っているようだ。

 ああ、表情があるっていいなぁ、と、憤懣やるかたないナナシには悪いけど、私はそんな事を考えた。

 腕も、足も、ナナシという人間を形作っているもの全てが、何というか……愛おしい。


「あのね」

「何だ」

「大好き」

「は!?」

「ナナシの腕と足」

「そ、それはどう解釈すれば……」






 数日後、ナナシは本当にラスタの市民権をもらってきた。

 よく取れたものだと感心すると、

「面と布を身に着けて行って、業者の前で脱いでみた」

 と、真面目な顔をして言ってのけた。


 本当にやったのか……冗談だったのに。

 凄いぞ、ナナシ。その秀麗にして艶冶な貌に似合わない剛毅な性格のあんたに、私は惜しみなく拍手を与えよう。あえて苦言を呈するなら、その場にぜひ私も同席させてもらいたかった。

 みんな驚いただろうなぁ。白面の奥から、このとんでもなく綺麗な顔が出てきたのだから。

 いや、それよりも。


「それで人間認定されて、あっさり市民権取れるって……」


 しょぼくても魔法のある世界って素晴らしい。

 何だかますます今いる場所が好きになってしまった私だった。




魔術師、振り回されています。

頑張れ、ナナシ。敵は手強いぞ~(棒読み)

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