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みそっかすビショップの受難

作者: 宮村 鴻

 連合国立マギクラフト養成塾の放課後は硝煙と土埃に塗れて喧騒が渦巻く戦場に様変わりする。


「ビショップ! 現状報告!」


 夕日の差し込む学園の廊下に凛と響く琴の音のごとく澄んだ声。その音が発せられる唇は淡い桜色。栗色の瞳を持つ目はくるりと大きく、強気ながらも繊細な光が宿っている。余りにも華奢なその立ち姿は余りにも戦場に不釣り合いに見えるが、彼女が戦巫女(ジャンヌ・ダルク)であることには変わりはない。並走する「ビショップ」は問われるままに脳裏に浮かべた地図から読み取れる限りの情報を彼女に差し出す。


「A班がキングの第三部隊を撃破。B班が第二部隊と交戦中です。現在の脱落者は各班一人ずつ、ポーンβ(ベータ)δ(デルタ)の二つ。このまま侵攻すれば我々は第一部隊に遭遇いたしますが、距離はまだあります。A班とも合流可能です」


 彼女が満足気に頷くのを見て、更に言葉を重ねる。彼女の頷きが意見を求めている仕草だと気付いたのはチームを組んでひと月が経った頃だった。


「第二部隊とは戦力が拮抗していますので無理すれば勝てないこともないです。第一部隊はナイトとビショップにポーン一つ。こちらはあなた一人で相手取ることも可能でしょう。ですが、キングの撃破を目的とするならば、戦力を温存しておくのがベターかと思われます」

「わかった。では、ナイトをB班に。ルークをこちらに寄越しなさい」

「イエス、マム」


 連絡の為に二人は足を止める。ビショップは首筋に取り付けられた無線をスリープ状態から解除し、A班へ連絡を付けた。了承の返答を受け取ると、再びスリープ状態に戻す。面倒だが、こちらの情報を漏らさないためには最適な手法である。クイーンはそれを尻目に次の開戦に向け、ストレッチを始めていた。

 足の腱を伸ばし、腕を伸ばし、関節を柔らかくほぐしていく。しなやかな筋肉がついた足はカモシカのように軽やかに彼女の意思を反映し、細いばかりに見える腕にも一片の隙もなく彼女の意図通りの反応を返している。それが天賦の才能にばかり頼ったものではないことは学園の生徒であれば誰もが知っていた。彼女は序列第三位。上にはまだ上がいることを彼女自身も気付いており、三位に甘んじることを良しとはしなかったのである。それ故に生徒からの信頼も厚く、風紀委員長に抜擢されたのだ。


 アリスのお茶会(通称ティーパーティー)と呼ばれている戦闘訓練ではチームを二つに分け、それぞれを学園の代表としてトップに生徒会長、風紀委員長を据え、チェスになぞらえキングとクイーンと呼び、チーム戦を行う。

 勝敗はどちらかのチームが全滅。もしくは双方合意の元、どちらかが敗北を認めた時に限り、それ以外でティーパーティーが終了することは原則あり得ない。

 クイーン率いる風紀チームの現在の脱落者はポーン二人。もちろん戦力面から考えて損失は少ない方が良いに決っているが、ことティーパーティーにおいては個人の実力でいとも簡単に戦況はひっくり返る。学園屈指の序列第一位は戦略級の破壊力を保持している。


(そうは言っても第一部隊がナイトとビショップ、それにポーン。三人を脱落に追い込めれれば向こうにとっては手痛い損失になるはず。このまま順調にいってくれれば今日は勝てるかもしれない)


 会敵もしない内から勝てる算段をするなどとんだ狸の皮算用だが、彼女が相手をするのであれば十中八九予想は的中する。

 ビショップは切れた無線を首元に巻き直し、クイーンに連絡終了の合図を送った。


「この後は? このまま進めばいいのかしら?」

「いえ、敵の気配が近づいて来てます。クイーンの魔法素子は膨大ですからね。向こうも気付いたのかも。せっかくなので、敵さんが来てくれるまで準備期間としましょう」


 彼女はそれに一つ頷くと、自分の得物を振り回して準備運動を始める。彼女の背丈ほどもある朱色で彩色された薙刀の柄は傷一つ無く、微細な装飾も無傷であることは有名な話だ。

 動きを大きく取りながら縦横無尽に薙刀を振るう。周りには刃が風を切る音と微かに漏れる吐息が聞こえるばかりだ。足も大きく動いているはずだが、何故かスカートの裾のはためきは最小限に抑えられている。彼女の魔法の所為だろうか。

 ふと彼女の動きが変わった。途中の動きをいなし、中段の構えに移る。

 ビショップはやっとか、と独り言ちて、そそくさと壁際に避難する。荒事を女性一人に任せるなど言語道断と、言いたいならば言えばいい。と彼は心の中で呟いてみせた。元々彼は戦闘要員ではないのだ。今前線に出たところで足手まといになるのが関の山だった。


「ビショップ。ルークとの合流はいつ頃?」

「1分後です」

「う、ん、先に潰しちゃわないかしら?」

「どうでしょうね。そんなに柔じゃなさそうですが」


 階下が騒がしい。

 乱雑な足音を響かせ現れたのは屈強な男が二人と、いかにも秀才そうな眼鏡の女子。それぞれの手には金属バット、メリケンと指揮棒のような「魔法の杖」。各々が敵の大将である彼女を認識して目がぎらついていた。

 三人がかりとはいえ、学園での評価も高い彼女を倒したとなれば箔が付く。非公式とはいえ、ティーパーティーの戦歴は内申にも考慮され、来期のクラス分けにも響く。

 要は必死なのである。


「これはこれは、クイーン御自らお相手いただけるとは、光栄の極み。しかし、こちらは三人。あなたは一人。大人しく降伏していただくことが最良かと思いますが、ね」


 芝居がかった仕草で頭を下げる様は慇懃にして無礼。

 彼はキングのナイト。ここでは簡単の為に赤のナイトと通称する。クラスは三年A組。S(最高ランク)に後一歩ともなれば、その必死さも一入(ひとしお)か。

 肩に担いだ金属バットを軽々と振り、先端を床に付ければその箇所だけが音もなく崩壊した。壁の影から顔を出したビショップはその金属バットにオレンジに光る魔法素子が渦巻いているのを見た。それが赤のナイトの力の根源であり、量も他の二人に比べれば倍以上の差があるように伺えた。


 その圧倒的な破壊力に一人で対峙しなければならない彼女は思わず俯いた。肩を震わせ、周りからみれば絶望からくる恐怖に耐えているようにも見えた。

 しかし、実際の所そうではないことをビショップは知っていたし、見えていた。

 彼女の唇が愉悦の笑みを形作っていることを。


(あー……、これ死んだな。ご愁傷様)


 なむなむ、とビショップが手を合わせるのと、嬌声に似た笑声が響いたのは同時であった。


「ふ、ぁははははははっ! あなたたちが、ん、わたしを倒す? 本当に、そんなことが、できるとでも!? ふふっ、落ちぶれたものだわぁ。序列第三位もティーパーティーで負け続ければナメられるのかしら? ねぇ?」


 思わずといった体で構えを解いた彼女は愛刀を抱きしめ、その柄に頬擦りをしながらキングの第一部隊をねめつける。唇はいまだ艶やかに笑んでいるのに瞳は極寒の地の風のごとく、地下深くのマグマのごとく。

 若草色の、繊細でいて強大なオーラの渦が彼女を包み込むのが見て取れた。ビショップは壁際で肩をすくめる。もっと遠くへ避難しないと巻き添えを食らう可能性がでてきてしまった。


「ビショップ! 合流しても手出し無用と伝えなさい!」

「イエス、マム!」


 主語が無くたって言いたいことは分かる。もうすぐそこに来ているルークに連絡をすれば、逆にビショップが彼と合流するよう提案を受けた。


「クイーン雅! ビショップ離脱します!」

「許可する! 精々巻き込まれないように隠れておいでなさい!」


 一目散。ビショップは廊下の角に見えたルーク目指して走り出す。若草色のオーラが爆発したのはその直後だった。破壊が起こった訳ではない。しかし、その圧倒的な気の質量は今ここにいる全ての者を怖じ気付かせるには充分であった。

 さもすれば震え出す膝に鞭打って、ビショップはほうほうの体でルークの隣にたどり着く。


「お姫さん、どうしたわけ?」

「雑魚に降伏しろって言われてキレたとこ」

「はぁー……。大将戦あんのに呑気だなぁ」

「どうだろ。会長のこと頭にあるかな」

「マジか。会長、不憫すぎんだろ」


 そんな会話をしている最中にも、着実に赤の勢力が削られていく。竜巻もかくやと思わせる風は何者の介入も許さないだろう。


「あはははははっ、さっきの威勢はどこへいったの? 私を平伏させるんでしょう! させてみなさいよ! ほらほらっ」


 楽しそうで何よりです。

 ビショップは改めて、赤の部隊を思って手を合わせた。


「……ん?」


 ビショップははたと手を止め、虚空を凝視する。質量さえ伴う赤のうねりを感知した。到着してもいないのに、存在感だけで人を圧倒するのはさすがキングというべきか。


「王様の登場だ……!」

「おい、みそっかす。爆心地はここか?」


 背後からの問いかけに振り向くと、ゆらゆらと全身から沸き立つようなオーラを纏う男が仁王立ちしていた。自然体にしているだけで溢れんばかりの魔法素子。これが本気を出したらと思うとビショップは背筋が凍る思いであった。

 赤の王、その人である。戦闘においても、また、男としての魅力も讃える肉体美。獰猛さを秘めた瞳はぎらぎらと熱く燃え上がり、紅蓮を纏ったような深紅の髪は無造作に後ろへ流されており、一房垂れた前髪でさえ彼を彩る一つの要素にしかならない。彼を構成する一つ一つは全て炎を思い起こさせ、付いたアダ名は「轟炎」。学園最強の炎の使い手。現生徒会長であった。


「あんたの出番はまだ先でしょうに」

「遅ぇから迎えに来たんだろうが」

「あー、そうですか」

「全く、寄り道もいいが、限度を覚えさせねぇとなぁ」

「あはは、心中お察しします」


 廊下の先は暴風域。王単体でなんとかなるであろうが、それでクイーンが気付くかはまた別問題である。

 王は傍に控えていた女生徒に目配せし、それに頷いた彼女は颯爽と荒れ狂う風に近付いた。

 掌を風にかざし、撫でるように動かす。それを数回、繰り返す頃には風はすっかり止んでしまった。


「ご苦労、ルーク」


 王が彼女の頭を撫でる。幸せそうに目を細めて、その暖かさを感受する様は全くもって微笑ましい。

 見えているだろうに、王は彼女の反応を一切無視し、クイーンの元へ足を進める。薄情だが仕方ない。線引きは必要なのだ。

 同じルークということもあり、チームメイトがフォローに走るのを後目に、ビショップは廊下を覗き込んだ。

 序列第三位(クイーン)序列第一位(キング)、本気で全面対決になれば、被害は先程の比ではないが。


「……お早いお着きね」

「お前が遅いから、迎えにきたんじゃねぇか」

「すぐ終わったもん」

「それじゃねぇよ。みそっかすといちゃいちゃしやがって」

「してませんー」

「油を売ってるから絡まれるんだ。自覚しろ。第三位」

「しょうがないじゃない。今回の挑戦者は私だもの。慎重になるのは決して愚策じゃないわ」


 一理あるとみたのか、王の追求が一端止む。そして振り返り、ビショップを見やる。

 ビショップはため息を一つ。こき使うのはクイーンもキングも同じなのだと、似たもの同士の彼らを羨んでみたりした。


「みそっかす! 状況報告!」

「俺はあんたのチームじゃないんですけどね! ……えっと、うちの残存数はクイーンを合わせて六。ポーン二名と一のナイト、二のルークが脱落。で、あんたんことの残存数は二。まだ続けますか?」

「いい。……まぁよかろう。今日の勝ちはくれてやる」

「そりゃあどうも」


 キングが負けを認めた瞬間にスピーカーから試合終了のアナウンスが流れた。試合は常に各所に設けられたカメラによって撮影されている。映像は校庭の光学スクリーンへ送られ、同時に運営委員会が監視をしている。前者は参考の為に希望する生徒が観戦する為に。後者は重大なルール違反や悪質なプレイを規制する為にある。


「ほら、帰るぞ」

「はぁい。ご褒美は夕飯のデザートね」

「……分かった」


 (第一位)女王(第三位)は背後の荒廃など目に入らぬとでも言うように、すっかり二人の世界に入っている。先程のいがみ合いが嘘のように仲睦まじく、女王は王の腕に自身の腕を絡ませていた。


「はぁあ、許嫁でもあれだけラブラブしてりゃあ、結婚も安泰だよなぁ」

「まぁな。ただ、試合中とのギャップがなぁ。あのお転婆、治らないものかね」


 今日も振り回されに振り回されたティーパーティーが終了した。

 校内で破壊、崩壊が発生した場所は運営委員会から修復班が派遣されている。

 戦場のようであった場の空気はすっかり祭りの後のそれになってしまった。


「終わった………」


 E組(みそっかす)のビショップからすれば、パーティー中に起こる戦闘はまるで別次元の話である。チームはハイクラスの通称を持つS、A、B組から選ばれることが大半であった為、E組の配属が決まったときからビショップはティーパーティーの参加など他人事と考えていた。

 しかし彼の才能が女王の目に止まり、やっかみと共にチームへの起用が決まったのは実に三ヶ月前。更に更新時期が過ぎ、連投は確実と見込まれている。

 まだまだ続く受難の日々を思い、ビショップは頭を抱えるのだった。


—了—

ダイジェスト版のためあまり専門用語はださないように気をつけましたが至らない点等ございましたら、コメントをよろしくお願いします。

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