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短編集

かもめよかもめ空を飛べ

作者: ラテ

かもめよかもめなぜ空飛ぶの

わたしをおいて、どこまで行くの

かもめよかもめわたしは嫌い?

わたしはあなたが大好きよ

かもめよかもめわたしのもとに帰ってきてよ

わたしはひとり、さびしいの


鉛筆の芯がポキッ、と音をたてて折れた。

もう二十三回も夏を経験しても、やはり夏は暑くて集中できない。

私は鉛筆を投げ出し、畳の上に寝転がった。長い間机に向かっていたから、少し背中が痛い。

扇風機の風にあたりながら目をつぶると、鳥のチュンチュンという鳴き声がきこえてきた。仲間を呼ぶかのような鳥の鳴き声は、夏を感じさせる。夏は暑いが、こういった鳥のかわいらしい鳴き声をきくことができるので、私は夏が好きだ。

でも……。私のかもめの鳴き声はきこえない。会いたくて会いたくてたまらないのに。どうしても会いたいのに。

私は今、恋をしている。遠い空の彼方を飛ぶ、群れのなかのたった一羽のかもめに。

かもめは夢と希望を抱いて空を飛ぶ。たとえ翼がもげても、嵐にあっても、それは変わらないだろう。

だからこそ私はかもめを応援している。夢を叶えてほしいとも思っている。でも……。

私は机の上の原稿用紙を見た。そこには一生懸命飛び続けるそのかもめに向けて、私の想いがつづられている。

さびしいよ、会いたいよ。私は自分の目に涙がたまるのを自覚した。


私が詩の続きを書こうとしたとき、プルルルと携帯電話が鳴った。詩といっても趣味で書いているだけだが。

電話に出ると、杉田里美からだった。里美は私の大学時代の友人で、今でもよく会う。

「はい」

私はわざとぶっきらぼうに電話に出た。それもわざわざ顔の見えない電話ごしにとびっきり不機嫌な顔をしてだ。

しかし鈍感な里美にはわからないだろう。

「あ、彩、彼とはうまくやってる?」

やはり里美は相変わらずの高いテンションで聞いてきた。こっちは今そのことで悩んでいるのというのに。

「彩、聞いてる?あ、もしかして別れた?」

「うるさいわね!」

私はついつい怒鳴ってしまった。そうとうストレスがたまっていたのだろう。

その瞬間だけ、なぜか鳥の鳴き声がやんだように感じた。

「別に怒らなくてもいいじゃん」

携帯電話の向こうからはふてくされた里美の声がきこえてくる。里美はたぶん、ふくれた顔をしているだろう。まあ、突然怒鳴られたら無理もない。

「ごめん、つい…」

私はぼそっと言った。

「まあいいけど、それより仕事の方はどうなのよ。うまくいってるの?」

私の仕事は出版社につとめるOLだ。入社後しばらくはオフィスレディという名前がかっこいいなどとうかれていたが、不景気な今の世の中となってはそんなことは一言も言えない。

「あんまり……」

「あんたそれでよく生活していけるよね。いつになったらうまくいくのよ」

「それは……まだわからない……不景気だし」

「まあ頑張りなよ!」

里美はそう言うと早々に電話を切った。プー、プーという音だけが私の耳に残った。


私が里美の紹介で三島航平と出会ったのは去年の十月のことだ。

秋風が吹きはじめたその日、昼ごはんを食べに、私は航平と里美と、三人でレストランに来ていた。

どうやら航平と里美は高校時代の先輩後輩の関係にあるらしく、航空は私と里美の一歳上だった。

「あー!」

レジで私が大声で叫んだので里美は身構える姿勢になった。店員も少しぴくっとなった。

「ちょ、ちょっと何よ?」

「お財布忘れちゃったのよ。あー、どうしよう……」

すると航平が口元に手をおさえてくすくすと笑った。

「あ、松野さん。お金なら俺がだしますよ。最初からそのつもりだし」

「で、でも……」

「いいよいいよ」

私が困った表情をして眉をひそめていると、里美がにやりと笑って手を挙げた。

「はいはいはーい!先輩、私の分も出してくれるんですか?」

「まあな。」

このとき私は、航平を見ていると何だか申し訳なく思ったので、礼をしておいた。

「あの…ありがとうございます。」

すると航平は「いえいえ」とだけ言って微笑んだ。

その日、私は航平とはほとんどしゃべれなかった。しゃべったとすれば、料理の感想くらいだ。航平は航空会社につとめているそうで、熱心に仕事について語っていた。

今思うに、もちろんそこには初めて会った人だから人見知りしてしまった、という理由もあったのだろうが、航平が誠実でいい人だとわかってみとれてしまったから、というのが大きかったのだと思う。

レストランで昼食を終えたあと、駅前で私と里美は航平と別れた。

「じゃあ」

航平が言うと里美も「じゃあ」と言った。

「さようなら。」

私も言っておいた。

航平は手を振ったあとくるりとターンして、人混みの中に消えていった。その日は駅がかなり混んでいたので、航平が人混みにまぎれるのはものすごくはやかった。

「ねえ」

航平が見えなくなってから、里美が聞いてきた。里美は私の方は向かず、人混みの中を見つめている。

「何?」

「先輩どう?」

里美は少しためらいがちにきいてきた。こういうときのくせで、里美は自分の爪をかんでいる。

「どうってどういうこと?」

「だから、先輩はあんたとしてはアリかナシかどっちってこと!」

「ふつうにいい人だったけど…」

「本当?」

里美はなぜかうれしそうな顔をした。顔が異常なほどににやにやしている。

「ど、どうしたの?」

私が疑問に思って聞くと、里美は言った。

「いやさあ、先輩ってけっこういい男じゃん。でも仕事に熱心すぎて女にすぐに愛想つかされちゃうのよ」

「そうなの?」

「で、先輩は今でも独身なのよ。でもそろそろ気にしてきたみたいであたし可哀想に思ってさ。」

「で、三島さんに私を紹介したわけ?」

「うんうん」

と里美はにこにこして頷いた。

「お願い、また会ってくれない?」

そう言って里美は両手を合わせた。目をきつく閉じており、本気だということが感じとれる。

「別にいいけど」

「やったー!」

そのあと、私は里美と別れて家に帰った。家ではその日あったことを思い出しながらまた会えるのかあ~、と思うと少しうきうきした気分になった。

次はちゃんと話せるといいなと、心から思った。


それからも私は里美といっしょに航平と会うことが多くなってきた。そのたびに航平は空の仕事を語ってくれた。私はそんな航平に恋をした。

航平とは徐々に打ち解けていって、何とかまともに話すことくらいはできるようになった。三島さんといるときって楽しいかも、と思うときも多々あった。

やがて二人で会うことの方が多くなった。打ち解けていった二人に邪魔をしまいという里美の気遣いもあったのだろう。

二人で会うことが増えてから、私はよりいっそう航平のことを好きになった。

会社にいるときも、家にいるときも、いつでもどこでもだ。

でも、そのたびに胸がいたくなった自分を私は覚えている。せつなくて、せつなくて。

どうせ片思いなんだろなあと思うと涙がこみ上げてくる。

一度、航平の前で泣いてしまったこともある。

航平は、なぜ泣いているのかわからないようで困っていた様子だったが、それでも優しくしてくれていた。

でも、「どうしたんだい?」と聞く航平に、私は「何でもない」としか言えなかった。

ついには航平の差し出してくれたハンカチを鼻をかむのに使ってしまった。

その日の夜、私はひとりベッドの上で泣いた。シーツは涙でぐしょぐしょに濡れていた。どうせ片思いなんだ、片思いなんて…。


航平と初めて会ってから半年がたった四月、私は航平を海辺のレストランに誘った。

片思いだということはわかっていても、自分の気持ちを伝えておきたくなったのだ。航平も怪しむ顔は見せず、それは実現した。

「あのね、私……」

決意はかたかったのだが、いざとなると好きだの一言言うのも緊張する。

「どうしたんだい?」

「あのね、私」

私はすうっと大きく息を吸って、言った。

「わ、私、三島さんのことが好きなの」

航平は驚いた顔をした。航平のきりっとした瞳がこっちを見てくる。しかしすぐに笑顔になって言った。

「俺も好きだ」

その瞬間、私はとても興奮した。うれしかった。でも、航平の顔は何だか少しぎこちない。

その表情が、航平に何かあるというのをさとっていた。

「どうしたの?」

私が言うと航平は一度、目をつぶり、また開けてから言った。

「実は、明日から航空会社の方で海外研修があるんだ。それが終わってから俺から告白しようと思っていたんだ。困ったなあ」

彩にとって衝撃的だった。知らないことばかりだったのだ。

初めての両想いだった。でも、ようやく結ばれたのに会えないという悲しみの方が重くのしかかってきた。

「それでもいいのかい?」

「うん!」と私は涙をこらえて無理矢理に笑った。

でもやっぱり感情がおさえきれない。私はこらえきれず大声で泣いた。自分でも驚くような子供のような声だった。

そのまま私は航平の胸に抱きついた。あたたかい…。航平はやさしく私を抱きしめてくれた。

航平は私の唇に自分の唇を近づけてきた。私は航平のされるがままに、航平を受け入れた。

やわらかい感触だった。しばらくぼーっとして、気がついたら唇が重なっていたという感じだった。これが私のファーストキスだった。


今思い出しても恥ずかしいような出来事を回想し、私は一人で頬を赤くした。頬に手をあてると熱かった。やだあたしったらと思いつつもあのときのことを想像してしまう。

でもやっぱり……。あのときのことを想像すると、明るい気分になった。

よし、続きを書くぞ!私はふたたび原稿とむきあった。


でもやっぱり……

かもめよかもめ空を飛べ

空飛ぶあなたが大好きだから(完)

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