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愛に至る病  作者: 深津条太
戯れの狂気
32/32

楽しみいっぱい

 強引に手を引かれ連れていかれた先は駅前の大通り。事件が起きているとはいえ、かなり多くの人が歩いていて、立ち並ぶ店からは様々な音楽が聞こえている。家の近くの商店街とはまた違った賑やかさが包み込んでいた。

 その人波の一部になっている俺達も色々なものに目移りしながら、歩道を歩いていく。

 彼女に視線を移すと笑顔を浮かべながら、俺の腕に手を絡ませて引っ張っている。無邪気な子供のような笑顔だった。

「少年はどこ行きたーい?」

 唐突に振られた質問に、言葉が詰まり、つい、ありきたりな答えが口から滑り出る。

「おまえが行きたい場所でいいぞ」

 その言葉に月穂の瞳が輝く。わくわくが見え透きそうな視線を泳がせながら、うーんと唸る月穂。しばらくして思いついたように俺を見た月穂がにっこりと微笑む。

「少年と一緒に歩いてるだけでも楽しいよね」

 埒が明かない。そう思った俺も何かないかと、街並みを見回していく。ファミレス、本屋、喫茶店、CDショップ……。二人できょろきょろと不審者に見えなくもないくらいに見回しながら歩いていると、唐突に腕を引かれる。

「あれに決めた!」

 跳ねるような声で月穂が指差したのは、昼間からピカピカと喧しいネオンの光るゲームセンターだった。

「あんなところでいいのか?」

 俺の疑問に、月穂は大きく頷く。……本人が満足ならそれでいいか。

 店内に入ると、いかにも物珍しいものを見るような目で辺りを見回す月穂。ゲームセンターなんて来たことがないのだろうか。間の抜けた感嘆の声まで漏れている。

「少年、これどうやるの? 一緒にできるの? できるなら一緒にやろう!」

 はしゃぎながらマシンガン気味に言葉に喋りながら、両替機を撫で回す月穂。でかでかと書いてあるからよく見てみろ。

 指摘してやると、耳の先まで真っ赤に染める月穂という、珍しい情景を拝むことができた。

「もっと早く行ってよー」

 さっきので熱も少し冷めたのか、頬を膨らませながら、俺の後ろをとことこと着いてくる。この人に主導権を握れるなんてあまりない体験だ。

「これなぁに?」

 首をかしげる月穂がクレーンゲームのガラスケースを、爪の先でとんとんと叩く。その視線はウサギのぬいぐるみに釘づけだ。

 クレーンゲームを彼女に説明すると、キラキラと輝く視線で手本を要求された。

「これで横に移動して、こっちで縦移動だ。そうすると、あとは勝手に……、あっ」

 アームは月穂が欲しそうにしていたぬいぐるみから一つ手前のブタのぬいぐるみの服を引っ掛け、そのまま持ち上げていく。何事もなく取り出し口に繋がる穴の上に止まったアームが、ぬいぐるみをポトリと落とす。

「すごーい!!」

 ぐわっと抱き着いてきた月穂をなんとか受け止め、そのブタのぬいぐるみを取り出す。どうしよう。イラナイヨ、コレ。

 月穂にあげようと思い振り向くと、すでにアームを操作していた。彼女の操作するアームは、まるで彼女の腕そのものであるかの様に、わずかな狂いもなくウサギのぬいぐるみに向かっていく。そのままぬいぐるみの脇を挟んだアームが順調に持ち上がっていく。

「おまえ、本当に初心者かよ……?」

 彼女の動きにはミスも無駄もなかった。もちろん一発ゲットだ。

「横の誤差が0.64秒、縦が0.58秒あるなんてずるいよね!」

 ウサギのぬいぐるみを抱いた月穂が、ねーっと同意を求めてくる。ひょっとして俺がやってたときに確認してたのか? まず、そんな詳細な数値、機械なしで計測できるものなのか?

「先に少年がやってくれなかったら取れなかったよー。二人の力を合わせた結果だね!」

 彼女の異常な能力を見せられ、引き気味に相槌を打つことしかできなかった。



「楽しかったよ!」

 ウサギのぬいぐるみをぎゅーっと抱き締めながら、満面の笑みを俺に向ける月穂。

「デート記念にこのツラレミアも飾るよ」

「ツラ……なんだって?」

「ツラレミア。野兎病の病原菌だよ。知らない?」

 知るわけがない。ツラレ……なんとか、なんて聞いたこともない。しかも病原菌って……。ぬいぐるみが可哀想だ。

「で、月穂。おまえの家ってどっちだ? 送っていくぞ?」

「ううん。君の家と真逆だからいいよ。少年の優しさだけ受け取っておくよ」

 最後にと抱き着いてくる月穂。彼女を引き剥がしながら今日のことを回想し、悪くない一日だったと呟けた。彼女には届いていない、と思う。

「じゃーねー」

 ぬいぐるみの腕を振りながら月穂が歩いていく。すぐに人波に飲まれて見えなくなる。

 満足感とほんの少しの心地よい疲労を感じながら、俺も帰るために歩きはじめた。



「ふぅん。それで、月穂さんと遊んでたの?」

「まあ、そうなるな」

 帰ったら、毎日毎日なぜか家にいて、我が家の料理を作っている藍に今日の出来事を話す。

「あー、心配して損した。もうわたし帰ろっかなー?」

「悪かったって。今度一緒に遊びに行ってやるからいい加減に機嫌直してくれって」

 なぜかむくれてしまった藍をなだめる。

「二人で?」

「嫌なら誰か誘ってもいいぞ?」

「違うって! 二人でもいいの?」

「いいけど。楽しいかは保証しないぞ?」

 藍は約束だからね! と言うとキッチンへ行ってしまった。機嫌は直った、のだろうか? 誰も使わない椅子に腰掛けるブタのぬいぐるみにこっそり問い掛けるが、答えは返ってこなかった。

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