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愛に至る病  作者: 深津条太
礎となる愚者達へ
3/32

命代え

 テーブルに並べられた夕食、向かい側には藍が座っている。

「今日も美味そうだな」

 俺も藍も一人暮らしで、しかも俺の料理センスは皆無。気が付いたら、藍に夕食を作って貰うことになっていた。

 何気無くテレビに目を向けると、あの事件の話題だった。

 しかし、見飽きたものでなく、新しいニュースだ。

「……藍」

「……うん」

 交差点にトラックが横転している。ぼかされてはいるが、いくつも血溜まりが出来ていることが確認できる。

 しかし、問題なのはそこではない。

 時間と場所だ。監視カメラの時間は、俺達がいつもそこを通る時間を表示していた。

 きっと、クレープを食べたいと言い出さなかったら、あの血溜まりの仲間入りをしていただろう。

「……冷める前に食べちゃおうよ」

 藍がぎこちなく笑い掛けてくる。だが、藍にも馴れないのだろう。

 ――俺達の代わりの生け贄がいたことは変えようもない事実なのだから。

 食事が終わってからも、会話は少なかった。

「じゃ、また明日ね」

「待てって、送ってくって言っただろ?」

 約束は果たさないとな。藍も断れないことがわかっているのか、黙って俯いていた。



 街頭の光がちらつく夜道、その中を二人で歩いている。先は街頭に照らされている場所以外は、真っ黒な闇に包まれていた。

 俯いたままだった藍が、ふと顔を上げる。

「ねえ、氷雨? わたしがさ、殺人者だったらどうしたい?」

 藍の瞳が俺を捉える。

「それでも、助けるよ。おまえのことだ、理由があってのことだろうしな」

「……氷雨は優しいね」

 藍が寂しげに笑う。


「――自分を滅ぼしそうなくらいに」

 藍の真意は計り知ることは出来そうにない。俺と藍は他人だ。心の内側までは読むことなんて出来っこない。

「……氷雨、ここまででいいよ!」

 藍がさっきとは違う、明るい笑顔を浮かべる。

「お、おう。それじゃあな」

それだけ言うと、藍は走っていってしまった。





「あら、奇遇ね」

「どの口が言ってるんだよ?」

 翌朝、丁寧に待ち伏せされていた。

 校門に寄り掛かっている彼女の姿は、想像以上に様になっていた。その姿には気品を通り越して、畏怖とすら感じ取れるほどの雰囲気があった。

 彼女が魔女のように気味悪く笑う。

「さて、単刀直入に聞くわね。――昨日のあれは、なにかしら?」

 にこりと笑う彼女は俺の瞳を覗き込む。

「は? なんのことだ?」

「――これでも同じことが言えるのかしら?」

 明穂が俺の腕を掴む。

 頭を直接擦り付けるようなノイズが、俺の頭を気味の悪い違和感と共に支配する。

「……な、にを――ッ?」

「私は記憶を読み取れるの。食べたものの味、誰かへの恨み、だれかへの愛の深さまでね」

 でもね、と彼女は口を吊り上げる。

「あなたの心だけは読めないのよ――」

 また、ザリッと頭をノイズが駆け巡る。

「まあいいわ。今度は教えて貰うわよ」

 彼女は長い黒髪を靡かせながら、歩き出す。周りの生徒も彼女に視線を寄せるが、それを無視するように進んでゆく。

 それさえも俺の心を逆撫でしていた。



「氷雨、どうしたの?」

 昼休み、弁当を食べていると、藍が俺の顔を覗き込んでいた。

 午前中ずっと俺を苦しめたノイズは今もまだ、頭の片隅をのたうち続けている。

「……なんでもない」

 藍は俺の異変を感じ取っているのだろうが、厄介事に巻き込むわけにはいかない。

「氷雨のバカ!」


 箸が一本、俺の顔に当たり、机に落下する。もちろん、藍が投げたものだ。

 藍は小さい頃から、怒るとなんでも物を投げる癖があった。

「すぐ自分だけで抱え込むんだからっ!」

「いたっ!」

 また箸が額にぶつかる。

「わかった! わかったから! 話すから弁当は投げるな!」

 弁当箱を掲げる藍を間一髪で制止する。

「嘘はわかるからね?」

 弁当を置き直した藍が俺に釘を刺す。

「明穂だよ。朝、あいつに捕まったんだよ」

「えっ? 明穂先輩が男子なんて、話し掛けることすら有り得ないことだよっ!」

 ガタンと藍が勢いよく立ち上がる。

「いや、普通に有り得たんだが……?」

「他の男子が知ったら殺しに来るかもね」

 屈託なく笑う藍が恐ろしく見える……。

「ろくなことなかったけどな」

 心を覗かれそうになり、頭痛を残されただけだ。

「なぁ、藍。あいつに秘密はあると思うか?」

「氷雨、――秘密のない人なんていないよ。みんな隠して生きてるんだよ」

 暗い影を差す藍が俺の瞳を覗き込む。

「おまえの秘密は?」

「昨日、また体重が増えたんだよーっ!」

 明日で世界が滅ぶと言われた時のような、絶望的な顔で二の腕を掴む。至極どうでもいい内容だった。



 夕焼けに染まる空を見上げる。

「なにカッコつけてるのよ?」

「げ」

 そこには黒髪を靡かせながら明穂が立っていた。

「普通の生徒はとっくの前に下校してるわよ?」

「ふん、ただ寝過ごしただけだよ」

 その時、間の抜けたような大声が聞こえてきた。

「氷雨ー!お待たせーっ!」

 校舎からぱたぱたと藍が走ってくる。

「あらあら、優しいのね」

 勝ち誇ったような顔で明穂が微笑む。いちいち嫌味な奴だ。

「明穂先輩も一緒だったんですか?」

「たまたま会っただけよ」

 藍には優しい先輩気取りのようだ。

「あら、完全に読み取れないとは言ってないわよ?」

「……服越しでも効くんだな」

「えぇ、おまけに一部のタブーに触れなければ、邪魔もないみたいね」

 確かに朝みたいなノイズは感じなかった。入り込まれているという違和感はあったが。

「いわゆる心の声だけみたいね」

 どこまでが心の声かわからないが、そんなに深くまでは調べられないらしい。

「嫌がらせには使えるけれど」

「うわ、ドSだ……」

「褒めてるのかしら?」

「どうやっても褒め言葉にはならないぞ」

 ねえ、と藍が控えめに声を掛けてきた。

「暗くなっちゃうし、歩きながら話しません?」

「えぇ、そうね。ありがとう、藍さん」

「えっ!? いえ! そんなこと!」

藍は照れながら手を慌ただしく振る。

「おまえ、楽だよな」

「なんのことかしら?」

「人がどうすれば喜ぶのかも、すぐわかるんだからさ」

 明穂は思いの外、うんざりしたような顔をし、鼻で笑う。

「知るべきでない秘密を知ってしまうのは、辛いものよ?」

「…………」

 初めて見た悲しげな顔をした明穂が顔を逸らした。

「あなたも極力は人の秘密を探ることのないようにしなさい。でないと、その相手を傷付けることになるわよ。

――再起不能にさせるほどにね」

 チクリ、と胸のどこかに小さな痛みが走った。

「……あぁ、気を付けるよ」

 俺はありきたりな返事しか返すことが出来なかった。

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