痛みと声
シューティング対決の結果は、俺達がこの遊園地の歴代ランキングに載るほどの圧倒的な点差で勝利を飾った。最下位はどうやら明穂が足を引っ張ったらしく、藍と明穂らしい。
「だから嫌って言ったのよ……」
明穂が未だにブツブツ言っているが、最早言い訳にしか聞こえない。ちなみに藍もなんとも平凡なスコアだった。
美香と桔梗は奮闘したらしく、週間ランキングの端っこに入れたと喜んでいた。
問題は肝心の罰ゲームだ。先のコーヒーカップの仕返しもせねばなるまい。
「よし、これだな」
この遊園地のマスコットの猫を模した猫耳を二人に手渡す。ちなみにマスコットが猫の理由は、ネズミに勝つからだとか。
「これを着けてから、猫の真似して写真撮るぞ」
「絶対、やらないわよ」
「罰ゲームだから、拒否権はないんだよ。お金は俺が払っといたからさ」
不機嫌でむくれている明穂に猫耳を押し付ける。藍はすでに装着し、ノリノリではしゃいでいる。
「ほら、撮るぞー」
明穂は嫌々、猫耳を装着している。
「ほら、隣ではしゃいでる藍を見習って」
「いえーいニャー!!」
藍はいつものアホ加減を発揮し、ノリノリでポーズを決めている。
「明穂ー、撮るぞー」
「……にゃあ」
顔を真っ赤に染めながら、手を猫のように丸めた。
「お兄さんお兄さん、わたしが撮ろうかー?」
「ん?」
そこにいたのは、あのクレープ屋のお姉さんだった。あのときと同じエプロン姿だ。このパーク内に出店しているらしい。
「その代わり、クレープ買ってねー」
「……商売上手め。それじゃ、頼むよ」
彼女にカメラモードにした携帯電話を手渡し、明穂達のところに並ぶ。
「明穂ちゃーん、もっと大きくポーズしなきゃー」
「うぅ、……にゃ、にゃあ」
ようやく観念したのか、自暴自棄なのか、さっきより大きな動作で腕を動かす。
「それじゃ、撮るよー。みんなも入ってー。はい、ポーズ!」
電子音と共に、フラッシュが焚かれる。
「しっかり撮れたよー!」
お姉さんから携帯電話を受け取る。
「明穂先輩かわいい!」
そこには真っ赤な顔で猫の真似をする明穂が写っていた。
「よし、みんなに送るな」
明穂だけは終始、その写真を見ようとしなかったが、勿論送りつけてやるつもりだ。
「それじゃ、買いに来てねー」
お姉さんは手を振りながら、仕事に戻っていった。
「そろそろ観覧車乗らないとな。そしたらクレープ食おう。な、明穂?」
「うるさいわよ……」
すっかり不機嫌なようで、無言で俺の横を歩いている。でも、このままの方が安全じゃないか?
「あなた、ろくでもないこと考えてない?」
さあな、と誤魔化しながら観覧車までの道中、大したことのない話をしつづけた。
「おかしいだろこれ……」
左に藍、右側に明穂、そして膝の上には桃花。それに対し、対面には美香と桔梗の二人だけ。もちろん観覧車のゴンドラはこちら側に傾いている。
「ベキン! って外れそうだよねー」
「……冗談でも言うんじゃない」
想像して悪寒が走る。
「案外怖がりなのね」
くすりと少し機嫌の直ったらしい明穂が笑う。
「いや、なんか想像するとぞくっとするだろ?」
「ならないわよ」
明穂があっさりと俺の意見を一蹴する。こいつは死ぬのを覚悟しながら生きてるような気がしてきた。
「なによ、それ」
また読まれていたらしい。冷めきった瞳が俺を睨む。
「おぉ! 高いよー!」
桃花が茜色に染まりはじめた景色を見下ろす。そこには俺達の住んでいる街も含まれている。その小ささに自分の弱さを感じる。
「目線を上げなさい。もう少しだけ前を見てなさい」
明穂が俺の顔を軽く押し上げた。
――そこには綺麗な茜色の太陽がただ浮かんでいた。
「虚しいものばかり見ても、その足を止めてしまうだけ。見るのなら希望の湧くものを見るようにしてみたら? それがあなたの背中を押してくれるはずだから」
明穂の手のひらが、俺の頭に乗せられた。
「氷雨君には期待してるのよ? だからこんなところで挫けてる暇なんてないわ」
「あぁ、これからもこき使われるんだよな」
「その通り」
明穂の視線は太陽から離れることはなく、その輝きを見つめていた。
「わたしも氷雨をこき使うよー」
藍が腕に纏わりついてくる。
「アタシもお兄ちゃんをこき使うー」
桃花も俺の上で暴れ出す。
「おまえら! 揺れるから止めろって!?」
「あなた達、どれだけはしゃいでたのよ―?」
クレープを焼いていたお姉さんが笑い出す。観覧車に乗ってました、とは言えないくらいの疲労が身体を襲っていた。
「ひとまず、俺のはオススメをひとつ……」
みんながわいわいと注文しはじめる。さっさと逃げ出し、それをひとり遠くから眺めていると、桃花がクレープを握りながら駆け寄ってくる。
「はい、お兄ちゃんのだよ」
クレープを差し出される。それを受け取り、一口齧る。
「わがまま聞いてくれてありがとうね」
「気にすんなよ。ほら」
桃花が屈託のない笑顔を見せる。俺はその頬に付いたクリームを拭き取ってやる。
「ん、ありがとー」
そう言ってクレープに齧り付いた桃花はさっそく口を汚していた。
「ねぇ、なんでそんなに優しいの?」
唐突な質問に、俺はクレープを食べる手を休め、考える。だが、答えが出はしなかった。ぼんやりとした義務感なのだろうか。
「さあな。なんとなく、だよ」
曖昧な答えを隠すように、言葉を濁すしかなかった。
「お兄ちゃんは守るものが分からないけど見捨てることもできないから、人に優しくしてるの?」
桃花の言葉が微かに心を震わせる。
「自分でも分からないけど、そうじゃない気がするんだ……」
それが桃花に向けたのか、自分に言い聞かせるためなのか。それを今の俺にはわからなかった。
桃花もそれが嘘でないと感じたのか、そっか、とだけ呟くと黙って俺の隣に腰掛けて、沈みゆく太陽をぼんやりと眺めていた。




