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愛に至る病  作者: 深津条太
忌み嫌われる意識の行方
26/32

入り交じる疑心

 捜しても会えなかった桃花とは、数日後にあっさりと出会うことができた。

「お兄ちゃん、ひとり?」

「あぁ、藍は買い物だし、明穂はここのところ一人で嗅ぎまわってるみたいだからな」

 暇を持て余してあてもなく歩いていたら、桃花を見つけたのであった。

 桃花は特に変わった様子もなく、数日間公園にいなかった理由を聞くと、風邪を引いていたとなんでもないように答えた。

「お兄ちゃん達の電話番号を聞いとけばよかったねー」

 ごめんねーとにこやかに謝る桃花は元気そうで、俺の不安は解けていく。


「ひっ!?」


 突然、桃花の肩がピクリと跳ねる。

「ん?どうした?」

「えっと……」

 桃花がそそくさと俺の背中に隠れてしまう。その視線の先にはリードに繋がれた大きな犬がいて、のそりのそりとこちらに歩いてきていた。

「犬、怖いのか?」

 桃花がこくりと小さく頷く。その視線は犬の動きを追うように、その散歩中のその犬から離そうとはしない。

 その犬の飼い主が軽く会釈をしてきたので、俺も会釈を返す。すると桃花は俺の背から顔だけを出して、俺を真似るように小さく頭を下げた。

 それに反応したのか、犬が小さく吠える。その声に驚いた桃花が再び、顔を引っ込めてしまう。

 犬と飼い主がすれ違うまで、桃花は犬から隠れるように俺の周りを犬の動きに合わせながらじりじりと回っていく。まるで太陽と日時計の影のような動きに、つい噴き出しそうになるのを堪える。

「ほら、もう行ったぞ?」

 大型犬と飼い主が見えなくなったのを確認してから桃花に告げると、俺の背からひょっこりと顔を出す。おずおずと犬の去っていった方を向いて大きく息を吐き、ぴょんと俺の正面に躍り出る。

「ふぅ、怖かったよー」

 何度も犬の去った方を確認しながら、桃花が伸びをする。

 ふう、と息を吐いた桃花が俺の方に向き直り、そのしわがれた声で質問を投げかけてきた。


「ところで、――お兄ちゃん達はなんで、自殺事件のことを調べてるの?」

 そのときの彼女の声はとても恐ろしく聞こえてしまう。それと同時に、桃花の纏う雰囲気がどこか重いものに一変する。

 やはりこの少女も普通とは違う世界を経験しているだけはあって、何かを感じ取る力には長けているようだ。俺達が何をしようとしているのか、それを言葉の端々や話の中の雰囲気なんかで感じ取っているらしい。

「やっぱりあの事件って、何かあるんだね」

 顔をしかめた桃花が俺を見る。しかし、そのあとに呟いた一言が俺の心をさらにかき乱すこととなる。


「やっぱり死んじゃった人が『もっと』増えたのって、お兄ちゃん達が追ってるそれが原因なの?」


 背筋が凍り付いた感覚に、一瞬、呼吸すらも忘れてしまう。

「ちょっと待て、『もっと』ってどういう事だ? 事件の前からこの街には異常な死人がいたのか?」

 桃花は小首をかしげる。何かがおかしい、そんな予感が胸をかすめる。

「その話はあんまりしたくないんだけどね……」

「ということは、その能力を使えるようになった原因も関係あるのか?」

 苦虫を噛み潰したような表情の桃花が無言で頷いた。

「……そうか。変なこと聞いて、悪かったな」

 俺には慰めの言葉も、彼女を勇気づける励ましも思い浮かばなかった。俯いて黙ったままの桃花の頭をできるだけ優しく撫でることしかできなかった。

 でも、それだけで桃花の表情が少しずつ明るく戻っていく。

「……氷雨お兄ちゃんはなんにもわかってないよね」

 くすりと笑った桃花に、彼女の頭の上に置いたままの手を思いっ切り抓られた。

「また藍お姉ちゃんに怒られちゃうよ? ほら、帰ろ?」

 桃花の細く小さい手が、俺の手を力強く掴む。その影が長く道路に沿うように道の先まで伸びていた。

 今日は桃花を彼女の家まで送ったら帰ろう。

 そして明日、明穂を問い詰めてやる。月穂を追っている過程で街の異変に気付いていたはずだ。でも、それを黙っていた。それに気付くまで彼女は絶対にそれを喋らない。彼女は間違いなくまだ何かを隠しているはずだ。

 そこで俺は気付いた。これも仕組まれていたのではないのか、と。俺がそれに怒り、問い詰めに来ることもわかっていた。その上で、彼女は一人で動いている。

 そうだ。俺は勝手に除外していたんだ。


 彼女が、――明穂が『誰か』を操っているという可能性があるということを。


 それなら辻褄が合うことも多々ある。月穂を犯人にしようとしていること。事件について異常なまでに詳しいこと。そして俺達が『誰か』に追われていることも。

 そう考えると足がすくんでしまう。

「どうしたの?」

 桃花の年老いたようにかすれた声が耳に届く。

「……なん、でもない」

 今も俺は明穂の手の上で踊らされているんじゃないのかと不安がこみ上げてくる。

 その不安を紛らわせるように、足を無理矢理にでも進めさせる。

 ふと気付くと、いつしか桃花のマンションまで着いていた。

「……氷雨お兄ちゃん、またねー!!」

 桃花は心配そうな顔を隠して笑いながら、大きく手を振って、階段を駆け上がっていく。その風景を見た俺は、ふっと小さく笑った。


『――疑っても、疑心暗鬼になっちゃダメだよ』


 藍に忠告されていた言葉が脳裏をよぎった。

「あら、ずいぶんと晴々としたわね?」

「ずっと見てたのか?」

「いえ、あなたが来るでしょうから、ここで待ってたわ」

 ……ストーカーかよ、この女。

「あなたが聞きたがっていた桃花さんの過去を調べていたら、面白いことがわかったわよ」

 口角を吊り上げた明穂がメモ帳を取り出す。彼女はそのメモに書かれているであろうことを口にする。

「声を聞いたことはない。よく公園で見かける。家族関係は不明。いつからいるかも不明。全員が気が付いたらいたと言っているわ」

 一呼吸置いた明穂が、続きを話しはじめる。


「――つまり、彼女の過去は曖昧。どこで産まれ、どこで育ったのかは謎のままよ」


 いじわるそうに俺を見た明穂が、メモ帳を投げ渡してきた。そこには大量のデータが書き込まれていた。それをじっくりと見ていくが、桃花の過去を知っている者は誰一人としていなかった。

「でも、桃花がいることには違いないんだ。誰もそのことは否定できないさ」

「……ふふ、それもそうね」

 俺の言葉を聞いた明穂があまりにもあっさりと引き下がる。

「あぁ、調べる気が失せたわ。答えはあなた自身で見付けなさい。私は寄り道せず、また月穂を追うことにするわ」

「まかせろ。しっかりと調べてやるさ」

 がんばりなさい、と気怠そうに手を振った明穂の背を黙って見送る。

 やっぱり、明穂のことは全然理解できそうにないみたいだ。結局、聞きたいことは何も聞けぬまま、俺は帰路に着くことになった。

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