表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛に至る病  作者: 深津条太
忌み嫌われる意識の行方
25/32

偽りだらけの景色

 午前の授業が終わり、昼休みになると学校中が騒がしくなる。藍もその一人で、鼻歌交じりに俺の席まで机を運んでくる。

「お腹空いたねー」

 藍が赤い弁当の包みを広げて、小さく赤い弁当箱の蓋を開ける。中身はご飯とミニトマトやハンバーグなどの色とりどりなおかずで半分ずつに分けられている。

「相変わらずの料理スキルだねー」

 ガガガ、と大きな音を立てながら、美香が机を引きずってくる。その後ろで桔梗が音を立てないように、そろろそろりと亀のような速さで机を動かしていた。

「まあ、毎日毎日、飽きずに氷雨君のご飯作ってれば上手くもなるよねー」

 美香がニタニタと笑う。

「そういう美香はどうなのさー?」

 むすっとむくれる藍が美香の弁当を指差す。

「はっはっは、今日のはなんと桔梗が作ってくれたのだ!」

 胸を張った美香が隣にちょこんと座る少女の肩をポンポンと叩く。美香の弁当はどれも手作りらしき卵焼きやポテトサラダなんかが綺麗に小さな弁当箱に詰められていた。

「美香ちゃん、恥ずかしいこと言わないでよ……」

 頬を赤らめた桔梗が美香をぽかぽかと何度も叩く。

「ごめんごめん、悪かったって」

 叩かれている美香は笑って誤魔化そうとしているのか、へらへらと適当に謝っている。

「これ食べて落ち着きなよー」

「んー! んぐーーっ!」

 美香が怒る桔梗の口にご飯を無理矢理詰め込む。白米を口いっぱい詰められた桔梗はもごもごと咀嚼しながら、美香の肩を叩きつづけている。その様子を見て、俺は正直な感想を述べた。

「お前ら仲良いな」

「「どこがッ!!」」

 綺麗にハモったのが恥かしかったのだろう、顔を赤らめて互いにそっぽを向いてしまう。

 

「ふふ、とっても楽しそうね」

 そこへ新たな声が加わった。また甘いものが詰まっているであろう弁当箱を手にした明穂が、俺達の教室に現れる。

「……おまえ、友達いないのかよ?」

「いるわよ。だけど今は事件の方が大事なの」

 渋い顔をした明穂が俺を睨んだ。

「まだ調べてるんですか?」

 何気なく言った美香の言葉に、明穂の眉がピクリと引きつる。

「当たり前でしょ。あなた達と違って遊びじゃないもの」

 毒の混ざった明穂の言葉に美香が噛みつく。

「アタシだって遊びじゃないです! 人が死んでるんですよ!?」

「どうでしょうね。他人の死なんて、大して関心がないのが人間の性ですもの」

「先輩は機械人間なんですか? 誰かをちゃんと想ったことある?」

 明穂と美香の言い争いに、周りからの視線も徐々に集まってくる。

「二人ともやめろって。周りの奴らに聞かれてるしさ」

 彼女らを一度座らせ、落ち着かせる。

「ごめんなさい、言い過ぎました……」

「私こそ、大人げなかったわ」

 二人はすぐに頭を下げる。互いに喧嘩を続ける気はあまり無い様で胸を撫でおろす。

「美香、悪いな。こいつの身内が関わってそうだからピリピリしてんだよ」

「あら、あなたは美香さんの味方をするのかしら?」

「そんなこと言ってないだろ?」

「……ふふ、そうね。あなたはこの全員の味方、ですものね」

 明穂がくすりと微笑む。そして、視線だけを上げ、壁掛け時計を確認する。

「少し急いで食べた方が良さそうね」

 彼女の指摘の通り、もう少しで昼放課が終わろうとしていた。昼飯を急いで食べた俺達は、何か言葉を交わす時間もないまま、各々がそれぞれの場所に戻っていった。



 夕暮れに染められる道路を、俺と藍の二人で歩いていた。

 明穂は桃花の能力を調べるために一人で調査をすると言って、帰ってしまった。

 そして、俺達は桃花を捜しにあの公園まで足を運んだが、公園には桃花どころか、人ひとりいなかった。

 その帰り道で俺は唐突に肩を叩かれた。

「やあ、少年と藍さん」

 気付かぬ間に後ろに立っていたのは、明穂を事件に執着させる原因である彼女の姉だった。

「よう、暇人。こんなところで待ち伏せか?」

「あらあら。偶然に決まってるじゃん」

 月穂はにこにこと笑顔を浮かべたまま、俺の頭を撫で回す。すぐにその手を払い除けるが数秒経つとちゃっかりと俺の頭の上に戻ってくる。

「何がしたいんだよ?」

「少年の頭を撫でていたいんだよ」

 そのまんまじゃないか。これ以上は無意味な応酬だと思い、話題を変える。

「なんでここにいやがるんだ?」

「むぅ、少年は冷たいなぁ。偶然だって言ってるのに。うーん、とりあえず遊びに行こっか」

 月穂ががっちりと俺の腕をホールドした。どうやら拒否権はないみたいだ。

「だそうだ、藍。行こうぜ」

「……そうしよっか」

 にっこりと月穂を一瞥した藍が答えた。



「――ぜえ、なんで、こんな目に……?」

 俺は何故か、高台までの長い階段を駆け上がる羽目になっていた。二人はぴょんぴょんと子供のように駆け上り、俺の遥か先で楽しそうに跳ねている。

「少年! 遅いぞー!」

「氷雨ー! 早くーっ!」

 頂上では既に登り切った二人が手を振っている。相変わらず無茶苦茶な体力してやがる……。

「はい、少年。お疲れ様ー」

 登り切った俺に、月穂から自販機で買ったであろうオレンジジュースを差し出される。

「あぁ、ありがとな」

 ふっと笑った彼女が高台の柵に体重を預ける。

「ほら、見てごらん。この街の景色を」

 月穂の視線の先には、海に沈む太陽と赤く色付いた街が一望できた。大したものもなく、だだっ広く感じていた街は手で掴めそうなくらい小さい。俺はその景色にいつの間にか見入ってしまっていた。

 その景色を見ていた月穂が目線をゆっくりと上げながら、話を始める。

「この小さな街にはね、様々な感情が入り乱れてる。恨み、悲しみ、殺意、喜び、嘆き、怒り、そして愛。それらが入り交じった複雑な感情もいっぱいね」

 話を中断した月穂の細く白い指が、風で散った彼女の髪を掬う。それから話を再開させる。

「事件と向き合うなら、必ず絡まった複雑な感情を解いていく必要もあるはず。でも、――少年の感情は、そのまま解かないでいてほしいな」

 ぽんと俺の背中を押した月穂は小さく消え入りそうに、――がんばれと囁き、階段を降りていった。


 階段を悠然と降りていく彼女の姿はいつもよりしっかりと、大人びて見えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ