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愛に至る病  作者: 深津条太
忌み嫌われる意識の行方
23/32

苺クレープ

 彼女は校門の前にいた。

 体重を門に預け、足元の白く小さな花を眺めていた。

「おい、明穂?」

 声を掛けると、明穂がゆっくりと顔を上げる。

「あぁ、やっと来たのね」

 彼女は少し切なげな顔をいつもの仏頂面に戻し、俺を睨んだ。

「行こうぜ。行先は――桃花がいた公園だろ?」

「少しは察しが良くなったわね。まだその程度だけど」

 ……いちいち棘のある奴だ。

 そんな彼女の背を追いながら、俺達は歩きはじめた。



 二人が睨み合っている。

「お姉さん、しつこいよ?」

「うふふ、知ってるわ」

 笑顔を浮かべる明穂は恐ろしい雰囲気を纏っている。

 対する桃花も幼い顔を引き締め、ぐっと明穂を睨んでいた。

「とりあえず話し合おうぜ、二人とも?」

 張り詰めた空気に耐え切れなくなった俺は二人の間に割って入った。ただ睨み合っているだけで事態は好転しないことは明らかで、実際にも五分は睨み合っていた。

「なら、どうすればいいのかしらね?」

 明穂は腕を組み、急かすように指を規則的に跳ねさせている。彼女の鋭い視線に多少の冷や汗をかきながらも、円満に話し合いが出来るように思考を巡らす。

 ……そうだ。ひとつだけあった。明穂の毒牙を簡単に引き抜くことが出来る場所が。



「ほらよ」

 明穂にそれを差し出す。

「ありがと」

 彼女は素直にそれを受け取った。そして、もうひとつを桃花にも渡す。

「お兄ちゃん、ありがとー」

 屈託のない笑顔を浮かべる桃花が、それを受け取る。

「それ、私のお金なんだけど」

 明穂がわざわざ毒づく。だが、それはもう諦めた。言葉と顔が一致していないから、大した効力もない。

 明穂の冷たい鉄仮面を易々と引き剥がすものは、――甘いスイーツしかない。

 だからこそ、このクレープ屋に誘ったのだ。

「お兄さん、お兄さん」

 いつもの店員さんがにやにやと手招きしている。

「お兄さんの周りはいつも華やかですねー、ハーレムですねー」

 ケラケラと笑いながら、店員さんは俺と藍が注文したクレープを差し出す。

「はい、お兄さんの分は両手に花にしておいたぞ」

 明らかに俺のクレープにおかしい量のイチゴが盛り付けられていた。

「感謝しづらいけど、ありがとな」

「またかわいい娘ちゃんを連れてくるんだぞー」

「……はいはい」

 にやにやと手を振る店員に別れを告げ、クレープ屋のワゴンから離れる。この店員、絶対に月穂と相性が良さそうだ……。

 苦笑いを浮かべる藍にクレープを差し出す。

「あーん」

「へっ!? あ、あーん」

 冗談のつもりだったのだが、藍が目を閉じて、口をぱくぱくと開閉させている。そんな藍の口に山のように盛り付けられたイチゴのひとつを放り込む。

「むぅ、なんか違う……」

「なにがだよ……」

 少しむくれながら、藍がイチゴを咀嚼する。

「じゃあ、ほら」

 イチゴの山と化した俺のクレープを差し出すと、藍がその山に齧り付く。

「おまえのやつも一口貰うぞ?」

 そう言って、藍のチョコクレープを一口齧る。

 これもうまいな。あの店員、味だけはまともだな。その代わりと言っていいのかわからんが、性格と思考回路に難ありだが。

 明穂を見ると夢中でクレープを頬張っていた。その様子を驚いたように眺めていた桃花が、俺に耳打ちする。

「お、お兄ちゃん? あの人、誰……?」

「驚くのも無理はないが、明穂だ」

 二重人格? と呟いた桃花も、クレープを一口食べる。

 既にクレープを平らげた明穂が俺をじっと見ている。正確には、俺の手の中にあるイチゴまみれのクレープを物欲しそうに眺めていた。

「……ほら、あーん」

「えっ!? うぅ、……あーん」

 プライドとデザートを天秤にかけた結果、デザートを取ったようで、明穂はかぷりとクレープに食いつく。

「ふふ、おいしいわよ」

 笑顔を浮かべる明穂が口に付いたクリームを人差し指で拭う。

 いつもこうなら楽なのにな。幸せそうにクレープを頬張る明穂を見て、叶うことのないであろう希望を抱く。

「なによ? そんなにじろじろ見て?」

 リスのようにクレープを頬張る明穂が、俺をじとりと睨む。

 なんでもない、と彼女の粘っこい視線を払いのける。

「ちょっと面白い人だね」

 小さな口でクレープを食べている桃花がくすっと笑う。

「あら、それは心外ね」

 クレープから口を離した明穂が渋い顔で返す。その姿はどこかいつもの明穂よりも幼い印象だ。

 そんな様子を眺めている藍は面白くなさそうに口を曲げている。そんな藍に桃花が近付き、耳打ちをする。

「お姉ちゃん、もっとアプローチしないとお兄ちゃんを取られちゃうよ?」

「桃花ちゃん!? な、なに言ってるのかな?」

「だって、お姉ちゃんは氷雨お兄ちゃんのことが――むぐっ!?」

「それ以上は止めようね?」

「……はい」

 桃花の口を塞いだ藍の声で桃花が凍り付く。彼女の顔からは血の気がさーっと引いていった。

 いつの間にか太陽は朱色に色付き、俺達の身体を赤く照らしていた。

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