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愛に至る病  作者: 深津条太
忌み嫌われる意識の行方
22/32

意図する答え

『――三階から飛び降りたということです。被害者はストーカー被害を友人に相談していたという話もあり、頻発している連続不審死事件との関連も視野に入れ捜査しているとのことです。被害者は、友人からも優しいと評判の生徒で――』

 テレビに映し出されたのは、控えめに笑うあの女生徒の顔。あの時の死に顔とは、違った顔だった。落ちる直前に見せた、恐怖に塗り固められ、錯乱した彼女の顔とは別人のようだった。

「人っていうのは、簡単に変わるものよ。憎悪や悲しみ、喜びや苦しみですぐに変化してしまう。それが人間の防衛本能。

――逃げるって人にとって大事なことなのよ」

 いつの間に来たのか、明穂が俺の後ろでテレビを見ていた。

 彼女は、何かをあきらめたような顔をしながら、優しく諭すように話す。

「いや、エプロン姿で言われてもな」

 明穂は制服の上に淡い桃色のエプロンを着ている。

「汚れちゃったら困るでしょ?」

 同じようなエプロンを着た藍がキッチンから顔を出す。無論、明穂にエプロンを貸したのは彼女だ。

「明穂先輩、手伝ってもらっていいですか?」

「ええ、すぐ行くわ。食事前に考え込んで、気分を損ねないように気を付けることね」

 ぽん、と俺の肩を叩き、明穂はキッチンに入っていく。



「――まったく……、あなたの精神を疑うわよ……」

 戻ってきた明穂がため息を漏らす。

「なにがだ?」

 明穂に返事を返しながら、画面の中で這いずるゾンビを撃ち抜いていく。

 テレビの前まで歩いてきた明穂が、無言でゲーム機から延びる電源プラグを引っこ抜いた。

「あっ!なにしやがる!?」

「まったく、少しでも心配した私がバカだったわ……」

「気分転換にはゲームかマンガが相場だろ」

 もう一度、ため息を吐いた明穂が、無言でキッチンに戻っていく。

 すると、キッチンから藍が顔を出す。

「先輩がどうしようもないって言ってたんだけど、氷雨、なにしたのさ……?」

「別にゲームとマンガの素晴らしさについて、あいつに話そうとしただけだ」

 あぁ、と藍は納得したような苦笑いを浮かべる。

「まあいいや。もうすぐ出来上がるから、食器とかお願いね」

「あぁ、まかせとけ」



 食器棚から、茶碗や皿を取り出す。

 こっそりキッチンを覗くと、楽しそうに料理を作る二人の姿があった。事件を調べているときの張り詰めた表情でなく、柔和な笑顔を見せている。

 顔を上げた明穂と目が合うと、むっと表情を変え、はやく持って行けと、視線で急かされる。空いている左手で返事をし、テーブルに皿を並べていく。

 テーブルに置かれた皿は、いつもよりひとつ多い。

 ここに並ぶ皿が一組増えてから、何人の人が死んでいったのか。その中には俺達の代わりとなり、死んだ人も含まれているだろう。

「そんなに皿を見つめて、何を考えてるのかしらね?」

 そっと肩を撫でられる。

 明穂の囁きが、俺の思考を絡めとる。

「とりあえず保留にしておきましょうよ」

 ことり。

 そう囁いた明穂の手から料理の盛り付けられた皿が置かれる。

「藍さんにその顔を見せたら、いたずらに心配事を増やすだけよ」

 微笑む明穂の細く長い指が俺の頬を優しく突く。


「――ホント、似合わねえな」

 そのエプロンも、その態度も。

「ふふ、知ってるわよ。でも、お馬鹿さんに内輪で揉め事を増やされないようにしないといけないのよ」

「おっかなすぎて、起こす気にもならねえよ」

 互いに皮肉を笑い合う。

「なに話してるの?」

 そこに、おかずの盛られた皿を持った藍がキッチンから戻ってくる。

「時間を浪費するだけの、本当にたわいもない話よ」

 明穂はくすりと小さく笑ってから、食卓の椅子を引き、そこに座った。俺と藍も彼女に続き、席に座る。

 おいしそうな料理の匂いが空腹をさらに加速させる。

「「「いただきます」」」

 三人の声が重なり、それを合図に俺達は料理を食べはじめる。

 各々がそれぞれの好きなように食べ進めていく。

「ねえ、二人共?」

 箸を止めた明穂が視線を俺達に向ける。

「あの女の子の能力、本物だと思うかしら?」

「あそこまで当ててきたんだ。桃花が嘘を吐いてるだけには見えない」

 そこで、明穂がくすりと笑う。

「でも、上手く辻褄を合わせることなんて簡単なことよ? 例えば、今だって、私は『女の子』としか言っていないのに、なぜ桃花さんの話になったのか」

「今日会った中で女の子なんて桃花しかいないからだろ?」

「それは、――あなたが重要だと位置付けた人だけよ。本当に女の子に会ったのはそれだけか、思い出してみなさい。商店街のアーケード、田んぼのあぜ道、駅……。どこかで他の女の子に会ってるかもしれないわ。あなたの思い込みを使って、情報を引き出していけば、知っていると装うことなんて容易いことなのよ」

「でも、あれは…………」

 俺の反論を手をかざすだけで止める。今の明穂にはそれだけの凄みがあった。

「私は感想じゃなくて、意見を聞きたいのよ。客観的な考察をね」

 どうぞ、とばかりに、かざした手を翻す。

「……正直、わからない。なにもかも、突拍子過ぎて着いていけてねえよ」

「わたしも氷雨と同じです。情報が少なすぎますから」

 そう、と明穂は大きな息をひとつ吐き出す。

「じゃあ、話を変えましょう。桃花さんの能力が本物だとしたら、――利用するべき、かしら?」

「おまえ――ッ!?」

「いいたいことはわかるわ、氷雨君。でも、被害者から話が聞けるのなら、それはかなりの近道になると思わないかしらね?」

 そのときの明穂の笑みは、悪魔的なものにしか見えなかった。


 ――解決のためなら手段は問わない。それは、明穂の心を明確に映した微笑みだった。

「私は利用させてもらうわ。その方が便利ですもの」

 彼女の笑みに背筋が凍る。

「強要するのは賛成できないし、同意の上なら賛成できますよ」

 藍が折衷案のようなものを提示した。

「……じゃあ、藍さんの意見でいいかしら、氷雨君?」

 明穂は反論もなしに、俺に意見を求める。――まるで、初めからこの意見を待っていたかのように。

 俺はそれに頷くことしかできなかった。

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