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愛に至る病  作者: 深津条太
忌み嫌われる意識の行方
20/32

幾重もの叫び

 いきなり何を言ってるんだ……?

 俺の目の前にいるのは、ただの小学生くらいの子供だ。前髪が鬱陶しいのか、ゴムで纏められていて、ふらふらとちょんまげのように風に揺られている。

「この声、気にしないのは、お兄さんが初めてだよ?」

 少女が驚きを隠さずに独特の声を漏らす。

「あぁ、風邪でも引いてるのか?」

「これが普通なの!」

 もう、と息を吐いた少女の肩の力が抜ける。

『アタシは桃花。とうかって読み方だよ』

 慣れた手つきで少女がメモ帳に丸い文字を書き連ねていく。しかも、丁寧に名前に読み方の説明付きだ。

 よろしくね、と微笑み、柔らかそうな手を俺に差し出す。

「氷雨だ。よろしくな」

 その小さな手を取り、言葉を返す。しかし、彼女が最初に差し出した一文……。


 ――死人の声が聞こえる。この文に、さらなる厄介事の予感を感じる。明穂や藍の相手をしているだけでも手に負えていないというのに……。

「誰か死んじゃったの?」

 ぞわり。

 生ぬるい夕風が背筋を撫でる。

 さっきの現場を見たからなのか、血の臭いが想起される。

「氷雨お兄ちゃん?」

「あぁ、なんでもない」

 頭を振って、幻想の鉄臭さを追い払う。明穂の読心とはまた別の異物感を振り払い、桃花に尋ねる。

「死者の声が聞こえるってどういうことだ?」

 少女の顔から表情が消え去り、無感情な笑みが残る。

「そのままの意味だよ?――聞こえるはずのない声が頭に響いてくるの。今も、『なんで? どうして?』って泣き声があっちから」

 少女は迷いなく、細い指でまっすぐある方向を指差す。それは高校の方向に間違いなかった。

 その声はきっと、あの転落死した女生徒のものだろう。

 桃花はさらに言葉を紡ぎつづける。

「身体が痛いって、苦しいって、弱い自分が憎いって言ってるよ、――ずーっと」

 彼女の言葉に身の毛がよだつ。

「ぐちゃりって、その瞬間に氷雨お兄ちゃんを見たって。あと、髪の長い女の人とお団子頭の女の人も」

 髪の長い女とお団子頭、恐らく明穂と藍のことだ。

「落ちた瞬間って、何も感じないんだよって」

「……もう、いい」

 腹の底からこみ上げる胃酸を抑えながら、桃花の言葉を遮る。

 既に日は沈み、街灯の光が影を地面に薄く描いていた。


「あ。アタシ、帰らなきゃ」

 桃花はにこりとその表情を和らげると、公園の入り口へと駆けていく。俺は喉の奥にこびり付く嫌な酸味を感じながら、それをただ無言で見送っていた。



「その子供の話は初耳ね」

 明穂が興味深そうに微笑む。この顔の次の言葉は大体、ろくでもないことに決まってる。

「じゃあ、もう一回会ってきたらどうかしら?」

 ……言わんこっちゃない。もう一回、あの話を聞かされなくちゃいけないのかよ?

「今回は私も藍さんも行くわ、それでいいわよね?」

 はい、と藍が明穂に賛同する。二人の中で結論は出来てしまっているようで、俺の意見が入り込む隙間なんてありはしない。

 そんな俺の様子を見かねたのか、藍が気の毒そうに口を開く。

「氷雨、自殺の対応とかなんかで、テスト中止になったんだって!」

「ホントかッ!?」

 これで家でマンガを読める――っ!

「これで調査がはかどりそうね。

……はぁ、あからさまに絶望的な視線を向けないでくれるかしら?」

 いや、向けない方がおかしいだろ。

 俺のユートピアはこのジト目の先輩にあっけなく崩された。

「鬼!悪魔!」

「褒めないでくれる?照れるでしょう?」

 加虐的な笑みを浮かべた明穂が、俺に一歩近づく。

 ザザザ……。

 頭の中でノイズが幾重にも重なる。

 警戒しておくべきだった。この人がやられっぱなしのはずがなかった。う、吐きそう……。

「これで懲りたでしょう?」

 脳みそが変形でもしてそうなくらいの違和感を残して、明穂が俺を解放する。

 そんな俺たちの様子を藍は実に冷ややかな目で見ていた。

「やっと終わった?」

 子供の喧嘩をひとしきり見終わったときのような、とことん呆れた顔で藍が尋ねてくる。

「えぇ、終わったわよ」

 悶える俺の代わりに、明穂が清々しい笑顔で答える。

「ほら、氷雨。行くよ?」

 藍の肩を借り、やっとの思いで歩き出す。


 明穂は俺達の二歩先を先導して、歩いていく。その足は、間違いなくあの公園へと向いていた。

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