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愛に至る病  作者: 深津条太
礎となる愚者達へ
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いつもの世界が崩れる出会い

「……ろ!起きろー!」

「うわっ!?」

 足を蹴られた痛みで飛び起きた。が、その勢いのまま視界が回転していく。そのまま床に激突し、情けない声が漏れる。

「……おーい?大丈夫?」

 俺の顔を覗き込んでいるのは、幼馴染みである藍だ。

「あぁ、なんとかな」

 痛む背中を擦りながら身体を起こすと、教室には未だに談笑を続けている数人がいるだけだった。帰りのホームルームで居眠りをしていたら、寝過ごしたらしい。

「帰りに何か食べてくか」

 空腹感にふと提案してみる。

「あんまり食べ過ぎると夕食食べれなくなるよ?」

「それを一昨日のおまえに言ってやりたい」

 一昨日、帰りにふたつもソフトクリームを買って、夕食が食えなくなったのは誰だったか。

「あれはソフトクリームがおいしいから、いけないんだよー!」

「はいはい。クレープでも食おうかな?」

「あ!クレープならおいしいお店知ってるよ!」

 キラキラ輝いた目で、藍が俺の手を掴んだ。俺の手を砕かんとばかりに握り締めたまま、ぐいぐいと引っ張っていく。

「さあ!行こう!」

 意気揚々と引っ張る藍に引きずられるように教室を後にした。



 地面に白いタイルが敷き詰められた商店街を藍と二人で歩いている。

「あっ!あそこだよ!」

 楽しげに藍が駆け出した。人波をものともせず、一人で突き進んで行ってしまう。

 そんな藍を眺めていると、すれ違った少女とぶつかってしまった。


「――え? あぁ、ごめんなさいね」

 長い黒髪を靡かせる彼女が小さく頭を下げた。その少女が着ている制服に、俺は眉をひそめる。

「あれ、その制服……?」

「あら、その制服?」

 互いに目を合わせる。

「あなた、何年生なのかしら?」

「二年だが……」

「三年よ、後輩くん」

 彼女が誇るように言い放った。

「そうだな」

「あら、それだけ?」

 先輩の鋭い瞳が少し丸くなる。

「ああ、それだけだが」

「まあいいわ。次はそっちの彼女とお話してなさい」

 先輩の視線を辿り、後ろを振り向く。

「氷雨はナンパしてるのかな?」

 目の据わった藍が俺の後ろに立っていた。

「違う! 落ち着け、藍っ!」

「……なーんてね、明穂先輩をナンパなんてしないよね」

 藍がけろりと纏う雰囲気を変える。

「ん? 知り合いか?」

「え? 明穂先輩を知らないの……?」

 驚いたような表情を浮かべた藍が俺の肩をガクガクと揺する。

「容姿端麗、成績優秀な完璧美人の明穂先輩をっ!?」

 そう言われ、目の前の先輩を見る。

「まぁ、確かに美人だよな」

「面と向かってこんなに言われたのは初めてだわ……」

 明穂が呆れ果てた様子でため息を吐いた。

「あ、そうだ。明穂先輩もクレープ食べますか?」

「えぇ、元々そのつもりで来たんだもの」

「一緒に食うかってことだよ」

 一瞬、明穂のこめかみがピクリと引き攣るが、すぐに元に戻る。

「あなた、失礼な後輩ね」

「おまえの察しが悪いからだろ?」

 俺と明穂が睨み合う。

「次のお客様どうぞー?」

 店員のお姉さんが引き気味に手招きをしている。

「ほ、ほら!氷雨も先輩も行きますよ!」

 ぐいぐいと引っ張られながらクレープの屋台の前に行くと、明穂がさっさと注文を終えてしまう。

「はい、いつものですー。いつもありがとうございます」

「いえいえ、美味しいから来ているんですよ」

 明穂は悠々と店員と会話を交わす。

「おい、藍。今、いつものって言ったよな?」

「き、聞き間違いだよ、きっと」

「常連で何が悪いのよ?」

 あからさまに嫌そうな顔をしながら俺を睨め付ける。

 なんで俺だけなんだ!?

「お連れ様もどうぞー」

 言い返そうとも考えたが、店員さんの笑顔に牙を抜かれ、明穂と同じクレープを注文した。

「またお越しくださいねー」

 にこりと送り出されている間も、俺と明穂は睨み合いを続けていた。



 だが、そんな睨み合いもクレープを口にした途端、終わりを迎えた。

「うまッ!?」

「さすがは先輩がハマるだけありますねっ!」

「ふふ、そうでしょう」

 この時、俺はこの先輩を初めて尊敬した、気がした。

 でも、クレープと彼女はどうしても違和感がある。

「この商店街で一番美味しい店よ」

 明穂先輩が胸を張って、どこか誇らしげに言い切った。



 だが、突然、彼女から一気に血の気が引いた。

「――ッ! 今日はこれで失礼するわ。放課後デートを楽しんで」

 明穂が焦っているかのように走り去っていく。先程までの気品を疑うくらいの慌て方だった。

「で、デートっ!?」

 俺の隣では藍がパクパクと口を開閉させていた。こいつはいつ見ても飽きないな。

「おーい? 帰るぞー?」

「あっ! 氷雨? 待って! 待てってばー!」

 追いついた藍が隣に並ぶ。

「最近、人通り少なくないか?」

 普段は溢れ返るように人がいるはずの通りには、まばらにしか人がいなかった。

「……あの事件じゃない?」

「……そうかもな」


 ――あの事件。

 俺達の町で最近起きている殺人事件だ。犯人も手口も意図すら不明。ただ、共通点がひとつあった。被害者は全員、正体不明の『誰か』に怯えていたということだ。

 そんな正体不明の殺人者がいるかもしれない地域を出歩く人も少ないのだろう。

「今日も家に来るのか?」

「当たり前じゃん!氷雨が夕食作るの?」

「助かるけど、さすがに夜道は危ないしな……」

「わたしは大丈夫だよ。それは氷雨が一番分かってるでしょ?」

 確かに、藍は運動神経抜群で、喧嘩も負けなし、小学生の頃は『破壊マシン』とか呼ばれていた。

「じゃあ、俺が送ってくよ」

 藍はきょとんと俺を眺める。

「……うん。ありがと」

 藍が珍しく静かになり、しおらしく俯いていた。

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