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愛に至る病  作者: 深津条太
贄となる幼い希望たち
10/32

賑わう景色

 何が起ころうと、世界は廻り続けている。

 何が言いたいのかと言うと……、学校のテストが近いのである。

 事件で物騒だろうが、それを調べていようが、皆平等に定期試験はやってくるらしい。

「嘘だ……、試験範囲広すぎるだろ……ッ!?」

「絶望する前に勉強しなよ?」

「まだ二週間あるッ!」

「それで、いつも二週間後に死にそうな顔しながら徹夜で勉強してるじゃん」

 テスト前お決まりのやり取りが行われる昼休みであった。

「久し振りに食堂行かない? 食材切らしててお弁当も出来なかったからさ」

「じゃあ、そうするか」

「明穂先輩にはわたしが連絡しとくね」

 俺達は一階の食堂に向かう。食堂に近付くにしたがって、広がるおいしそうな匂いも濃くなっていく。

「うーん。わたし、どうしようかなー?」

 食券の販売機の前で藍が唸っている。後ろには行列が出来始めていた。

「俺は決まったし、先買うぞ」

 買おうと販売機に手を伸ばすと、藍の手が俺の手を押さえる。

「待って!!そばとうどんって、どっちがカロリー少ないの!?」

「知るか」

 そんなやり取りをしている間も行列は延びていく。

「あっ!氷雨っ!?」

 俺は無言で藍の財布から千円札を抜き取り、『うどん』を押してやった。販売機がうどんの食券を吐き出す。

「ほら、終わったぞ」

「また体重増えたら氷雨のせいだからね?」

「……はいはい」

 俺もさっさと親子丼の食券を買った。



「それはどうなんだ……?」

 藍のトレーには、美味しそうなうどんが置かれている。

 ――問題は飲み物だ。

「うどんと牛乳って、合わないだろ……」

「牛乳飲まなきゃ成長しないもん」

「……そうですか」

 藍の牛乳に向ける、きらきらと期待するような視線を見ていると、これ以上言えなくなってしまう。

「氷雨も親子丼好きだよね」

「あぁ、美味いからな」

「どこでも親子丼あったら食べてるよね」

「だって、鶏肉と卵の絶妙なマッチに、出汁が「はいはい。もういいよ」

 あまりにもたわいのない話を延々と続けていく。


「藍ー!隣空いてるー?」

 突然、藍の隣に女子が滑り込むようにトレーを置いた。

「桔梗も向かい空いてるし、座りなよ!」

 その女子の後ろに立っている少女が「あ、はい」と控えめな返事をしながら、俺の隣に座る。

すると、藍の隣の少女が俺に顔を近付けてくる。


「この人が噂の氷雨君かなー?」

「ちょ、ちょっと!?」

 隣の少女も遠慮がちに俺の顔を覗く。あわあわと手を振る藍を尻目に、その元凶であろう少女がこちらに向き直す。

「氷雨君だよね?アタシは隣のクラスの美香でーす」

 よろしく、と手を差し出してきた。

「なんで知ってるんだ?」

「だって、藍がいっつも君の話ばっかするんだもん」

「美ぃ香ぁぁあ――!?」

 怒れる藍を無視し、美香は嬉々として話を続けていく。

「藍がそんなに愚痴ってるのか。なんか悪いな」

「ほう、聞いてる通りだ」

「こいつは一体、なにを言ったんだ……?」

「うわー!気にしなくていいから!」

 首を傾げていると、藍が割り込んでくる。

「あ、こっちは桔梗ね」

 美香が俺の隣に座る青いカチューシャの少女を指差す。

「ど、どうも、き、桔梗です」

 上がり症なのか、分かりやすく緊張していた。

「同級生なんだし、緊張しなくていいぞ」

「す、すいません……」

 ぺこぺこと桔梗が頭を下げる。

「ごめんねー、男の子に馴れてないんだよー」

 笑いながら美香が説明してくれた。

「あぁ、大体わかった」

 そんな中に新たな声が追加される。

「あら、随分増えてるわね?」

 げ、この声は……。


「「明穂先輩っ!?」」

 新入りの二人が声を上げた。

「おまえ、本当に有名だったんだな」

「えぇ、動きにくいったらこの上ないわよ。ここ、空いてるわね?」

 明穂が藍の肩に手を置き、彼女の隣に座る。

「たしか、桔梗さんと美香さんでよかったわよね?」

 明穂がにこりと笑う。うわー、すごく胡散臭い。

 藍の肩に触れたときにでも藍から読み取ったのだろう。

「覚えてくれてたんですか!?」

 騙されるな、そいつは心を読んでるだけだぞ、と言いたかったが、明穂の裏しかない笑顔が俺に釘を刺してきた。

「……私、名前言ったかな?」

 桔梗がぼそりと小さく呟いたが、俺にしか聞こえなかったらしく、種明かしをしてやりたいが、ややこしくなりそうだから言えないのが残念だ。

「そんなことばっかりやってるから性格悪くなるんだぞ?」

「あら、あなたに言われてもなんとも思わないわよ?」

 事情を知らない二人は、頭の上に『?』を浮かべたように首を傾げる。

 明穂は一般にデザートと呼ばれる食べ物ばかりがいっぱいに置かれたトレーから、プリンを取る。

 それには二人も唖然としていた。

「先輩は甘いもの好きなんですね!」

 一拍置いてから美香が話す。

「えぇ、美味しいんですもの」

 ご機嫌な明穂が笑みを浮かべながら返事をした。

 明穂は世間体というか、猫を被るのが特段に上手かった。この場面だけを切り取ると、とてもいい先輩だ。本当にこの場面だけだが。

「じゃあ、今度、私のお気に入りのクレープでも食べに行きましょうか」

「いいんですか?」

「もちろんよ。みんなで食べた方が美味しいわよ」

 二人の明穂に対する印象は最高だろう。勿論、二人は彼女の裏の面を知らないからだ。

 明穂が二つ目のパフェに手を伸ばす。

「そんなに食べても太らないんですか?」

 美香が何気なく尋ねる。

「しっかり運動すれば大丈夫よ。生憎、私はかなり歩く必要があるから」

 理想を並べたような言葉に美香が唸る。

「完璧美人ですねー」

「そんなことないわよ。人間に完璧なんてないんだから。

――誰にだって尻尾を出すときはあるわよ」

 言わずもがな、月穂のことなのだろう。

「そう考えてるところもすごいですね!」

 彼女の事情なんて知るはずのない二人は、明穂に憧れの目を向けている。

「……そろそろ戻りましょうか」

 食堂に掛けられた時計を見ると、次の授業が始まる約十分前だった。

 明穂のトレーには空になったプリンやパフェ、フルーツ盛りの器がいくつも重なっていた。

「楽しかったわ、ありがとうね」

にこりと笑う明穂に二人は一礼し、二人も立ち上がる。

「藍、氷雨君、行こっか?」

 それぞれ空の皿の乗ったトレーを返却し、それぞれの教室へ戻っていく。返却し終わった時には、すでに明穂は教室に戻ってしまったようで、四人で教室まで向かう。

「二人はどうやって明穂先輩と知り合ったの?」

「クレープ屋で偶然会ったの。制服だったから話し掛けられて、一緒に食べたんだー」

 昼食を食べて満足げな美香に、能力とか、刺々しい態度とかはうやむやに誤魔化した説明を藍が返す。ふーん、と特に掘り下げることもなさそうな内容に美香が頷く。

 そこで、彼女の目の色が大きく変わる。

「藍とはいつ、どこで、どんな風に会ったのかなー?」

「美香ぁぁぁああ!?」

 藍が慌てて瞳の輝く美香の口を塞いだ。それを引き剥がそうと、美香も暴れ始める。

「大変ですね」

 今まで、ずっと聞く側だった大人しめな同級生、桔梗が苦笑い気味に口を開く。

「……あぁ」

 それでも、事件に関わり始めて、この日常が少しだけでも救いになっている。

 すれ違う生徒の会話が、件の事件の話題で盛り上がっていた。きっと彼らの中でそれは誇張、改変を繰り返し、ただのエンターテイメントになっているのだろう。

 そして、藍と美香のじゃれ合いを見ながら、桔梗に話し掛ける。

「やっぱり、一歩離れて見るのが一番だな」

「残念ですけど、君は関係者みたいですよ?」

 藍と美香の視線が俺に突き刺さる。

「氷雨君は大人しい子が好きみたいだよん?」

「えぇっ!?」

 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人の視線に晒され、ため息を吐く。


「……仕方ない。行ってくるわ」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 傍観者から一歩進み、騒動の中心へ足を踏み出した。

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