暁に遷ろう夢
――愛の為に死ねるのか?
俺の頭の中で渦巻いた言葉だ。
……意識が薄れる。
手が真っ赤だった。これはおれの血だろうか?
腹からはたくさんの血が流れ続けていた。
そして、まだそいつは目の前にいる。妙に据わった眼でじっとおれを睨んでいる。
動かない身体が煩わしい。
男が一歩踏み込んだ。おれの身体はもう動きそうにない。
それを察したのか、また一歩近付いてくる。
「……ッ!!」
再びナイフが突き立てられた。刺さった腕からはまた血が噴き出す。勢いよく噴き出した血は舗装された道路を赤く染める。
そいつがまた切りつけてきた。肩が切られる、腕が切られる、腹が、足が、胸、頬……。
刹那、クラッカーのような破裂音が響いた。
突然の出来事にそいつは口をパクパクと金魚のように動かす。ナイフが手から滑り、身体も地面に崩れ落ちる。
その破裂音が拳銃によるものというのを理解したのは、その手がおれの身体を包んだ時だった。
男はその手に無いはずのナイフを振り回す。だが、その動きはすぐに鈍り始め、動かなくなった。
静けさが残った暗い路地には、ヒトであった『それ』が横たわり、血だらけのおれを抱き締める女がいるだけだ。
その柔らかい腕の締め付けがさらに強くなる。その女がおれの耳元で囁く。
「安心していいよ。助けてあげるから」
声はか細く震えていたが、彼女の顔を見ることすらままならない。
細く綺麗な手がおれの頭を優しく撫でた。
「手、……きれいだな」
「ふふ、口説くつもり?」
甘く染み入るような甘美な声が痛みを忘れさせる。
「ほら、――おやすみなさい」
その声に誘われるように意識は薄く、空気に溶けていった……。
そして、女は呟いた。
「私、愛のために、死ねるかしらね――?」