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みちしるべ



「ジンフィズです」



 マスターはカクテルを作ってくれた。



 それは、三角形のグラスではなく、タンブラーグラスで並べられた。



 フィズ (fizz) とは、炭酸水の泡のはじける《シャーッ》という音を表わす擬音語である。スピリッツやリキュールに甘味(砂糖)、酸味レモンなどを加えてシェークし、炭酸水で割った飲物を【フィズ】と言う。



「サッパリした口当たりでしょう。マスカットを少量、加えてあります。ケーキを食べながらと言うのは珍しいケースなので少し工夫してみました」



「あっ、これ、おいしいっ! ねえねえ、マスター。この人ったら、女性と付き合ったことがないんですって。草ばっかり食べてるからよ。だからね……あたしが、いろいろと教えてあげなくちゃ、しょうがないと思うの」



 秋奈が真顔で言う。



「い……いろいろって」



 僕は、秋奈とマスターの顔を交互に見た。





「ふむ。そうですな。男が一人前になるには、あんなことや、そんなことも少しずつ、しっかりと覚えていかなくては。女と男は、そうして幸せを感じるように出来ています。……是非、そうしてあげて下さい。手を抜かず、腰が抜けるほど入念に、これでもかと言うほどに仕込んであげてください。今夜は眠れないかも知れませんな」



「マ、マスター」



 夏樹さんが遠くから笑っている。



「ほらね。マスターも賛成してくれたから、あなた、今日は、あたしんちに泊まってきなさい」



 秋奈は勢いづいている。



 こんなものなのだろうか?



 こんなに簡単に、初めて会った女性と一夜を共にしていいものなのか?



 そんな僕の戸惑いをマスターは見透かしたようだ。



「それも、縁です」



 マスターは、タンブラーグラスを掲げて、にこやかに告げた。





 マスターは、さっき夏樹さんに「誰かを幸せにする役割があるのです」と言った。



 幸せにしてくれる男を探してつかまえよなどとは言っていない。



 これは、大きな違いだ。



 秋奈は、「草ばかり食べているから彼女ができない。いろいろと教えてあげなくちゃしょうがない」などと言うが、それは、僕をバカにしたのではない。



 僕に好意を持ってくれたということだ。



 傲慢な物言いのようでいて、実は、それは彼女らしい優しさから発した僕へのアプローチなのだろう。



 マスターも、それに乗じて秋奈に、けしかけるようなことを言った。



 僕は、冗談で、からかわれたと思ったが、そうではないんだ。



 意味が解った。



 きっと、それは付き合う彼女が出来なくて、弱気になっていた僕へのエールだったんだ!





「マスター、ご馳走さまでした」



 秋奈に腕を引かれて、僕は店をあとにした。



「寒いわね」



「うん、寒いね」



「ねぇ、あたしが寒いって言ってるのよ。抱き寄せて体をくっつけなさいよ」



「えっ? あ、うん。そうか……じゃあ」



 僕は、どきどきしながら秋奈のウエストに手を回した。



「そう。それでイイのよ。あったかいでしょ?」



「うん、あったかい」



 こうなれたのはマスターのお陰だ。マスターがお膳立てをしてくれたからだ。不思議な人だ。



 店を振り返って視ると【みちしるべ】の看板が路地奥の正面で白く輝いている。



 そうかっ! 店の名前ではない。マスターそのものが【みちしるべ】なんだ。



 僕も、あんな人になれるだろうか?



 大きな水銀灯が照らす明るい歩道を、秋奈と体を寄せ合って歩いた。



 秋奈と眼を合わせると彼女はウインクしながらキスの口真似をする。端からは、きっとバカップルに見えるだろう。



 でも、愛らしい人だ。僕は秋奈の好意と期待を無にしてはならない。これからは秋奈が傍に居てくれる。この都会でも頑張れそうだ。いや、もしかすると、秋奈を幸せにすることが僕の役割なのかも知れない。



 忙しげに駅前を行き交う人混みの中で、僕等は暢気な恋人だった。



 バカップルでもいい。



 この人が僕の彼女です!



 僕は行き交う人に言ってあげたいほど誇らしく、幸せな気分だった。




―了―



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