とある老錬金術師の話
ここはとある町の、うらぶれた通りにある冒険者ギルドだ。冒険者といえば海千山千の成功を夢見る若者が集う場所――そんな御大層なものではない。百年も昔の、魔法技術が未熟な時代ならいざ知らず、かつては力なき存在だった人々が剣を持ち魔法を用いて未開の大地を切り開いて数千年。
かつては危険な魔物どもを生み出す大迷宮に怯えて暮らした人々の中から一人の異端児――神の奇跡と呼ばれるほどの大錬金術師が現れた。
それまで不衛生で雑多な暮らしを営み、大迷宮や魔物どもからもたらされる素材を加工することで様々な道具類を生み出し、ささやかな日々を営むだけだった人間たち。
だが、神の寵愛を受けた若者は人々の暮らしを一変させるような様々な魔道具を生み出し、さらには各地で小競り合いを続けるだけの存在でしかなかった領主諸侯を連合させることで国家基盤の編成に着手。それと同時に多くの人々を養えるだけの、農耕技術や作物を開発していた。
一度基盤が整えば、次は未開の大地を切り開くための準備に邁進する。彼が生み出した多くの武具や魔道具は簡易で誰もが扱いやすい半面、使う者は野盗崩れと同じくらいの粗野で野蛮な冒険者たち。
そんな彼らを一から鍛えなおし、力無き多くの民を軍隊として組織再編した錬金術師は語る。
――今こそ、この世界と大地を神に選ばれし我ら人のこの手に収めるべし。偉大なる主神と慈悲深き神々の恩寵が我らにあらんことを――!!
それまで形骸化していた教会組織に新たなる教義と浄化の奇跡をもたらした錬金術師は一つにまとまることを知らなかった人々に神への信仰を与え、その焔は瞬く間に燃え広がり、未開の大地を照らしつくすほどであったという。
各地の大迷宮攻略が進む傍ら、各地で自らもその陣頭指揮をとりながら、後進育成のための仕組み作りを生涯の楽しみとした錬金術師は多くの弟子を持ち、彼らに自らの知識や技術を伝達するのと同時に、教育機関や徒弟制度の構想まで託していたという。
まるでこの世界には存在しえなかった考えをもたらす錬金術師を恐れながら、従う多くの若者たち。今や瀟洒な宮殿を築き、神のごとくふるまう王国貴族に仕える弟子たちは誰が師の後継となり、その栄耀栄華をわがものとするのか。
いつしか、そんな暗闘も各地で繰り広げられたのである――。
最後にして最大の大迷宮が多くの犠牲を払いながらついに完全攻略されたその時、恐るべき魔物どもを打ち倒す最前線にいた大錬金術師が行方知れずとなった。最後まで彼についていけず、撤退を命じた師の言葉を伝えた弟子たちは自らがその後継であると宣言しあい、のちに大きな戦乱を招くこととなる。
その戦いで、多くの小国が滅び去り――巧みに各地の諸勢力を糾合したいくつかの大国が勃興する。それらは有力な諸侯や優れた力を持つ錬金術師たちを擁する王家であった。
優れた知識を生かすには魔力の扱いに長けた錬金術師の血を取り込むことが王家の安泰につながる。黎明の初期にそれらを実行していた王族たちが今や、覇権を争う大国へと成長しているのだ。
最後の大迷宮が攻略されてより百年、世界は飛躍的に豊かになり文明は急速に爛熟期を迎える。かつては貧しかった人々が、平安を謳歌するさまを一人の老いた錬金術師が静かに見つめていた――。




