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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第35話: 新しい勇者

◆シオン視点




 任務開始から十日目。


 魔王城が見えた。




 黒い石造りの城。資料通りだ。塔の数、門の構造、城壁の高さ——全て教会の記録と一致する。


 ただし。




 花壇がある。




 報告にはなかった。城門の脇に、赤と黄色の花が植えられている。季節外れのマリーゴールドだ。魔王城に花壇。自分の知識と一致しない情報。




「シオン隊長。あの花は——」


「分析不要。任務に集中」


「はい。問題ありません」




 ミーナが口を閉じた。自分の後方二歩、左側。回復役の定位置。


 右側にトール。大盾を構えている。規定通りの前衛配置。




 三人とも白い鎧。聖教会の正式装備。傷ひとつない。


 先代勇者パーティの失敗を受け、教会は今回の派遣に万全を期した。装備は最高級品。食料は二十日分。荒野の入口までは聖騎士の護衛が付いた。境界の荒地には教会の補給拠点が新設され、水と食料を補充できた。


 ——先代は三日間の荒野を、ろくな装備もなく越えたと聞く。教会が何も与えなかったからだ。


 今回は違う。教会は本気だった。




 自分は第二勇者パーティのシオン。勇者選定の儀において聖なる光を受けた者。魔王の討伐を命じられている。


 随伴する二名——回復担当のミーナ、前衛のトール——は選定者ではない。教会が任務支援のために配属した要員だ。通常、勇者は一名で派遣される。先代パーティでは選定者が三名同時に現れるという異例の事態があったと記録にある。教会はそれを参考に、今回は随伴制を採用した。


 先代勇者レオンが任務を放棄した。教会はそう報告した。魔王に取り込まれた裏切り者。自分はその失敗を回収する。




 それだけだ。




 城門に近づく。門番がいる。


 鱗のある肌。人間ではない。魔族だ。




「止まれ! 何者——」


「自分は聖教会第二勇者パーティ隊長、シオンです。魔王の討伐を命じられています」




 聖剣を抜いた。


 光はない。だが刃は研ぎ澄まされている。教会の鍛冶師が仕上げた正規品だ。




 門番が後ずさった。伝令が走る。


 想定通り。報告が上がる。迎撃部隊が来る。戦闘開始まで推定四分。




 四分。




 その間に周囲を確認する。


 城壁に破損はない。守備兵の数は少ない。だが——匂いがする。


 何かが焼ける匂い。甘い。




 パンの匂いだ。




 魔王城からパンの匂いがする。


 資料にはなかった。






◆レオン視点




「——勇者パーティが来た、だと?」




 昼飯を食ってる最中だった。


 ガルドが焼いたパンを、ちぎって、シチューにつけて、口に入れた瞬間に——ドルガが食堂に飛び込んできた。




「正門だ。三人。白い鎧。聖教会の紋章がある」


「…………」




 パンを置いた。


 手が震えてないか確認した。——震えてない。大丈夫だ。




「レオン。お前が行く必要はない。ヴェルザが——」


「行く」




 立ち上がった。




 行かなきゃダメだ。


 あいつらが誰かは知らないが——聖教会が送り込んだってことは、俺と同じだ。


 孤児で、選ばれて、送り出された。




 俺と同じ。




 廊下を走った。——走るなって、あのおばちゃんに何回怒られたか。


 足音が響く。


 正門に向かう。




 門を出た時——もう、ヴェルザが立っていた。




「ヴェルザ」


「来るな、勇者。お前は魔王の——」


「うるせぇ。見せろ」




 ヴェルザの横をすり抜けて、門の外を見た。




 三人。


 白い鎧。新品の装備。傷ひとつない。


 ——俺たちは違った。ボロボロの服。刃こぼれした剣。三日間飲まず食わずで、立ってるのがやっとだった。教会は俺たちに何もくれなかった。


 こいつらには——全部やったのか。




 先頭に立つのは——ガキだ。


 俺より背が低い。黒髪。灰色の目。




 目が死んでる。




 俺が初めて魔王城に来た時——俺の目はどんなだった?


 怒ってた。怯えてた。意地張ってた。少なくとも——何かはあった。




 こいつの目には何もない。




「自分は第二勇者パーティ隊長、シオンです」




 声に感情がない。報告書を読み上げるような口調。




「先代勇者レオン殿。あなたは任務を放棄し、魔王側についたと報告されています。自分はあなたの身柄も確保する命令を受けています」


「…………」




 先代勇者。


 身柄確保。




 こいつ、本気で言ってんのか。




「おい。お前——」




 その時。




 後ろから、聞き慣れた声がした。




「ちょっと待ち」




 振り返った。


 よしこが歩いてきた。魔王のローブ。漆黒の髪。深紅の目。——だが足元はスリッパだ。




 シチューの匂いがした。食堂から直接来たのだ。




 よしこがシオンの前に立った。


 175cmの魔王が、160cmの少年を見下ろす。




 ——いや、見下ろしてない。


 しゃがんだ。




 よしこがしゃがんで、シオンと目線を合わせた。




 保育園で何百回もやってきた動作。


 子どもの目を見る時は、しゃがむ。上から見下ろさない。


 よしこの体が覚えている。




「あんた、名前は?」


「自分はシオンです。魔王の——」


「シオンくんか(^^)」




 シオンの言葉を遮った。


 自然に。穏やかに。まるで朝の出席確認みたいに。




「後ろの子は?」


「……回復担当のミーナです」


「ミーナちゃん(^^) そっちの大きい子は?」




 トールが一瞬、目を泳がせた。シオンを見た。シオンは何も言わない。




「……トール、であります」


「トールくんか(^^) 大きいなあ。ガルくんと同じくらいやん」




 ヴェルザが後ろで「魔王様……」と頭を抱えている。


 俺もだ。




 でも——わかる。


 あの時の俺も、こうだった。ボロボロで、腹減って、意地張って——そしたらこのおばちゃんが「お手て洗おうね」と言った。




 シオンが聖剣を構えた。




「任務です。魔王の討伐を命じられています」




 完璧な構え。教会の正規訓練。型は正確だ。


 ——俺より上手い。




 よしこは立ち上がらなかった。


 しゃがんだまま、シオンの顔を見て——笑った。




「……ごはん食べた?(^^)」




 シオンの剣が、一瞬だけ、止まった。




「……質問の意図が不明です」


「意図なんかあらへんよ(^^) お昼まだやろ。ちょうどシチュー作っとったんよ」




 ミーナが後ろで何か言おうとした。口が開いて、閉じた。


 トールの腹が鳴った。




「…………」




 沈黙。


 シオンが聖剣を下ろさない。よしこが立ち上がらない。




 どっちも動かない。




 俺は——知っている。


 あのおばちゃんは絶対に引かない。目の前に腹を減らした子どもがいる限り。




「……作戦の変更はありません。任務を遂行——」




「ヴェルちゃん(^^)」




 よしこがヴェルザを振り返った。




「お客さん3人増えたわ。シチュー足す準備してくれる?(^^)」


「魔王様。この者たちは我々を討伐しに来たのですが」


「せやから。ごはん食べてからにしてもらお(^^)」




 ヴェルザが天を仰いだ。


 300年仕えてきた四天王筆頭の、完全な敗北の表情。




「……かしこまりました」




 シオンの目が、ほんの一瞬——揺れた。




 灰色の目に、何か映った。


 何が映ったのかは、わからない。




 でも俺は知っている。


 あのスープを飲んだら——もう戻れない。






◆シオン視点




 想定外の事態が発生している。




 魔王が——しゃがんだ。


 自分と目線を合わせた。


 名前を聞いた。




 教会の訓練では、こういう対応は想定されていなかった。


 魔王は攻撃してくる。あるいは部下に命じて排除する。そのどちらかだ。




 ごはんを勧められる想定はない。




 腹の音が聞こえた。トールだ。三日間の荒野越えで消耗している。食料は十分だったが——温かいものは食べていない。十日間、携行食だけだった。




 シチューの匂いが城門から漂ってくる。




 自分の任務は明確だ。魔王を討伐する。先代勇者の身柄を確保する。




 だが——。




「シオン隊長」




 ミーナの声が聞こえた。いつもの声だ。だが——わずかに震えている。




「このスープの匂い——分析の必要は、ありますか」


「…………」




 分析。毒物検査。罠の可能性。


 教会で教わった通りの手順。




 だが、あの女性の目は——。




 深紅の目だった。魔王の目だ。


 なのに、笑うと——自分が知らない種類の光が宿った。


 温かい、という表現が最も近い。自分の語彙では、それ以上の分析ができない。




「……作戦を一時中断する」




 自分でも想定していなかった言葉が出た。




「トール。ミーナ。武器を収めろ」


「は、はい! 了解であります!」




 トールが即座に盾を下ろした。——早い。命令を待っていたように早い。


 ミーナが小さく息を吐いた。




 あの赤毛の少年——先代勇者が、城門に寄りかかって、こちらを見ていた。




 腕を組んで。




 何かを——笑っている、ように見えた。




「……何がおかしいのですか」


「別に。——お前、素直じゃねぇか」


「自分は教会の命令に従っているだけです」


「ああ。それが素直ってことだ」




 意味がわからない。




 先代勇者が背を向けた。




「来いよ。あのおばちゃんのシチューは美味いぞ。——腹減ってんだろ」


「……了解しました、先代勇者殿」


「殿はいらねぇ。レオンでいい。——同じ勇者だろ」


「…………レオン、殿」


「だからいらねぇっつってんだ」




 腹は減っている。


 それは事実だ。


 事実の認識は任務に支障をきたさない。




 城門をくぐった。


 パンの匂いが強くなった。




 花壇のマリーゴールドが、秋の風に揺れていた。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第35話「新しい勇者」。Arc4「聖教会の子どもたち」が始まりました。


白い鎧、新品の装備、傷ひとつない聖剣。シオンたちは、レオンたちとは真逆の姿で魔王城にやってきました。


レオンたちは——ボロボロで、腹を減らして、意地張って。

シオンたちは——完璧で、整えられて、表情がない。


教会は本気でした。先代の「失敗」を受けて、今度は装備も食料も護衛も万全。荒野の補給拠点まで新設した。レオンたちには何もくれなかったのに。この差がまた、切ない。


シオンだけが選定の儀で聖なる光を受けた「本物の勇者」で、ミーナとトールは教会が付けた随伴要員です。通常は勇者一名で送り出すところ、レオンたちの三名同時選定を参考に「三人体制」を模倣した。ただし聖なる光に選ばれたのはシオンだけ——レオンたちの「奇跡」は、まだ唯一のままです。


全然違うのに、よしこの目には同じものが映りました。ごはんを食べていない子。


レオンの時もそうでした。よしこは最初に「お手て洗おうね」と言いました。今回は「ごはん食べた?」でした。よしこにとって、勇者も魔王も関係ない。お腹が空いている子がいたら、まずごはんです。


ところでトールの腹の音は、よしこのシチューに負けた最速記録かもしれません。ガルドですらもう少し粘りました。


Arc4は「鏡」のアークです。シオンはレオンの、ミーナはリーゼの、トールはガルドの鏡像。「もしよしこに出会えなかったら」の世界線がやってきました。


次話「この子も」では、よしこがシオンたちの目をもっとじっくり見ます。そしてミーナのスープが——温かいです。


ブックマーク・評価をいただけると、よしこがシチューをおかわりしてくれます(^^) 感想もお待ちしています!

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― 新着の感想 ―
新章ありがとうございます! 教会は懲りないですね〜 魔王城への勇者派遣が自分達の存在意義と盲目になってますね⋯ そんなに成し遂げたいなら、お偉方上層部が来ればいいのにw 老害哀れなり(^^)
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