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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc3: 魔王と勇者の遠足

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第29話: 人間の街

◆ガルド視点




 光が弾けて——景色が変わった。




 ピプの転移門。一瞬の浮遊感のあとに足が地面を踏む。土の感触。草の匂い。夏の終わりの、どこか甘い風。




「つ、着いた……?」




 目を開けた。




 ——丘の上だった。




 見下ろすと、石造りの街が広がっている。赤い屋根。白い壁。煙突から煙が上がっている。通りを行き交う人の姿が小さく見える。




「ピプ、お手柄やで(^^) ちゃんと着いたな」




「きゃはは! ボクの転移門は正確無比だよ!」




「座標が五十メートルずれておりますが」




「細かいこと言わないでよヴェルザー!」




 ヴェルザさんが溜息をついた。でも、五十メートルのずれで済んだのはすごいと思う。




 僕は——街を見下ろして、息が止まった。




 赤い屋根。畑の緑。遠くに風車。




 似ている。


 僕の故郷に——似ている。




「……ガルド?」




 リーゼさんが隣で声をかけてくれた。




「だ、大丈夫……ちょっと、似てるなって……」




「……そう」




 リーゼさんは何も聞かなかった。ただ隣にいてくれた。




「ガルくん」




 よしこさんの声。




「お弁当の時間は後や(^^) まず行こか」




「は、はい……!」




 ——お弁当の時間。


 その言葉で、少しだけ楽になった。






◆メル視点




 街に降りる前に、やるべきことがございますわね。




「皆さま、少しお待ちくださいませ」




 扇子を広げた。紫色の魔力が、扇子の隙間から漏れ出す。




「幻影の衣でございます。魔族の特徴を隠しますわ」




 指を鳴らした。




 ドルガ殿の角が消える。赤黒い肌が、人間の肌色に。体格は変わらないが——角と牙がなくなっただけで、「大きな人間の男性」に見える。




「……チッ。気持ち悪りぃ」




「ドルガ殿、我慢なさいませ。街中で角を出していたら大騒ぎですわ」




 ヴェルザ様にも幻影をかける。長い銀髪はそのままだが、金色の瞳を青に変え、尖った耳を丸く。




「……違和感がある」




「お美しさは変わりませんわよ、ヴェルザ様」




「お世辞はいい」




 ピプ殿の羽根を消す。小さな子どもにしか見えなくなった。




「ボクの羽根ー! 返してー!」




「街を出たらお返ししますわ(^^)」




「よしこ様は……」




 魔王様を見上げた。銀髪と赤い瞳。小さな角。




「よしこ様の髪を黒に、瞳を茶色に、角を隠しますわね」




「おお(^^) 前の自分みたいやな」




 幻影をかけた瞬間——魔王様が、普通の人間のおばちゃんに見えた。


 いえ。この方は元々、普通のおばちゃんでいらっしゃいましたわね。




「……ふむ。違和感がないのがかえって不気味ですわ」




「なんでやの(^^)」




 カイン殿と勇者の三人はそのままで問題ない。人間ですもの。




「では参りましょう。幻影は半日は持ちますわ。ただし、強い感情で魔力が昂ると——解けることがございます」




「気をつけるで(^^)」




「……魔王様が一番危険でございますわ」




 扇子の陰で、小さく笑った。






◆ドルガ視点




 街に入った。




 人間の街。


 人間の匂い。人間の声。人間のガキどもが走り回っている。




「…………」




 250年生きて、人間の街に足を踏み入れたのは——初めてだ。




 いつもは戦場で会う。剣を交え、牙を剥き合う。


 それが——今は並んで歩いている。角を隠して。牙を消して。




「ドルガくん、あの屋台見て(^^) なんか美味しそうなもん売っとるで」




「……フン。人間の飯など興味ない」




 ——少し、気になる。


 肉を焼く匂いがする。スパイスの匂い。何かの甘い匂いも。




 ガキが走ってきた。五、六歳くらいの小さいやつ。




「わぁ! おっきい!」




 目を見開いて俺を見上げている。




「…………」




「おっちゃん、すっごいおっきいね!」




 ——おっちゃん。


 250歳の四天王第二席を、おっちゃんと呼びやがった。




「おい、ガキ。俺に近づくな」




「えー、なんでー?」




 ガキが引かない。むしろ近づいてくる。




「ドルガくん(^^)」




 よしこが横から手を伸ばした。




 ——飴。


 蜂蜜飴だ。よしこが城で作っているやつ。いつ用意した。




「ドルガくん、この子にあげて(^^)」




「……なんで俺が」




「大きい人からもらった飴は、特別なんやで(^^) 保育園でもそうやった」




「…………」




 飴を受け取った。


 ガキの前に手を出した。




「……ほら」




「わー! ありがとう!」




 ガキが飴を受け取って、目を輝かせた。




「おっちゃん、やさしいね!」




「……フン。さっさと行け」




 ガキが走っていく。


 振り返って、手を振っている。




「ばいばーい!」




「…………」




 俺は——手を振らなかった。


 振るわけがない。




「ドルガくん(^^)」




「なんだ」




「ええ顔しとるで(^^)」




「してねぇ」




「しとるしとる(^^)」




「してねぇっつってんだ」




「ふふ(^^)」




 ——別のガキが寄ってきた。三人。




「ねーねー、おっちゃん、飴もっとある?」




「…………」




 よしこを見た。


 よしこが飴を三つ、手のひらに乗せた。




「……ほら」




「やったー!」




 ガキどもが走っていく。今度は三人揃って手を振っている。




 俺は——




「…………」




 ——手が、少しだけ動いた。


 振ったわけじゃない。


 痙攣だ。




「ドルガくん(^^)」




「黙れ」






◆よしこ視点




 ふふ(^^)




 ドルガくん、ええ顔しとったな。角がなくても、ドルガくんはドルガくんや。子どもは正直やから、怖い人には近づかへん。近づいたいうことは——この子は怖くないってわかったんやな。




 屋台通りに出た。




 いい匂いがする。肉の串焼き。スープ。パン。焼き菓子。




「カインくん、おすすめどれ?(^^)」




「……あの串焼きは王都でも有名です。——いえ、私は案内役であって……」




「遠足の案内役は大事やで(^^) ほら、みんなの分買おか」




 財布は——ない。




「あの……お金」




「メルちゃんが用意してくれとったんや(^^)」




 メルちゃんが扇子の陰から金貨を数枚出した。どこから調達したか聞かん方がええ気がする。




 串焼きを買った。全員分。




「はい、レオンくんの分(^^)」




「……別に頼んでねぇし」




 受け取った。かぶりついた。二本目に手を伸ばした。




「リーゼちゃんも(^^)」




「……ありがとうございます」




 リーゼちゃんが小さく噛んだ。目が——少しだけ広がった。美味しいんやな。




「ガルくん、どれがいい?(^^)」




「あ、あの、僕はスープも飲みたいです……!」




「両方買おか(^^)」




「えっ、いいんですか……!」




「遠足やもん(^^) 好きなもん食べ」




 ガルくんが串焼きとスープを両手に持って、幸せそうに食べとる。




 ヴェルちゃんがスープを上品に飲んどる。メルちゃんが焼き菓子を品定めしとる。ピプが「これ何!? 甘い! もっと!」って騒いどる。




 ドルガくんが——壁際で串焼きを齧っとる。美味そうに齧っとる。




「ドルガくん、美味しい?(^^)」




「……まずくはない」




「せやろ(^^)」




 カインくんの部下が三人ほどついてきとる。カインくんが「食事をとれ」と指示したらしい。串焼きを食べながら、ちらちらこっちを見とる。




 ——人間と魔族が、並んで屋台で食べとる。




 国境がどうの、戦争がどうの——そんなん関係ないやん。




 お腹空いたら食べる。美味しかったら「美味しい」って言う。




 それだけのことや。






◆レオン視点




 串焼きを食べた。三本食べた。




 美味かった。屋台の肉なんて、昔は盗み食いしたことしかなかった。金を払って、正面から買って食べるのは——初めてかもしれない。




 街を歩く。




 石畳の通り。商店が並ぶ通り。子どもが走り回る通り。




 ——知ってる景色だ。




 王都じゃないけど、似ている。人間の街はどこも似ている。


 石の壁。木の扉。洗濯物が干してある。犬が寝てる。




 似てるけど——違う。




 ここには、よしこがいる。




 横を歩いている。のんきな顔で。屋台のおっちゃんに「美味しかったでー(^^)」って手を振っとる。幻影で角は消えてるけど、中身は完全におばちゃんだ。




 ヴェルザが後ろで警戒してる。ドルガがさっきからガキに囲まれてる。メルが情報を集めてる。カインが「報告書に何と……」って呟いてる。




 ——こいつら、遠足だな。ほんとに遠足してやがる。




「レオンくん(^^)」




「……なんだよ」




「この街の近くに、あんたの孤児院があるんやろ?」




「…………」




 足が——止まった。




 知ってたのか。メルから聞いたのか。カインから聞いたのか。




「別にこの街じゃねぇ。もっと王都寄りだ」




「そうなんや。——行ってみたいか?(^^)」




「…………」




 行きたい——なんて、思ってない。


 あんな場所。ボロボロの建物。冷めた粥。汚い毛布。


 あそこに戻りたいなんて、一度も——




「…………行ってみたい」




 言っちまった。




 また——言っちまった。


 前も「帰りたくない」って言った。今度は「行ってみたい」。


 よしこの前だと、どうしても——本音が漏れる。




「ほな、行こか(^^)」




 よしこが——当たり前みたいに言った。




 当たり前みたいに。




「カインくん、孤児院の場所わかる?(^^)」




「……孤児院。王都東区の第三孤児院であれば、ここから半日の距離ですが——」




「半日かぁ。ピプ、転移門いける?(^^)」




「座標がわかれば一発だよ!」




「カインくん、座標——」




「……了解しました」




 カインが地図を広げた。ピプが覗き込んだ。




「ここだね! 行くよー!」




 光が弾ける。




 俺は——光の中に足を踏み入れた。




 8歳で飛び出した場所に。


 9年ぶりに——戻る。


 胸の奥で、何かがきしんだ。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第29話「人間の街」。魔王御一行、人間の街に降り立ちました。


ドルガと子どもたちのシーンが好きです。250歳の四天王が「おっちゃん」呼ばわりされて、飴を配っている。角を消しても牙を消しても、ドルガはドルガのままです。子どもは嘘をつかないから、怖い人には近づきません。近づいたということは——わかっているんですね、この人が怖くないって。


メルの幻影魔法で全員人間に化けました。よしこは幻影をかけた瞬間「前の自分みたいやな」と笑います。この人は元々、普通のおばちゃんです。魔王になっても変わらなかった。


屋台で全員が並んで食べるシーン。人間と魔族が、同じ串焼きを食べている。国境も種族も関係なく、「お腹空いたら食べる」。よしこが作りたい世界は、案外シンプルです。


そしてレオンが「行ってみたい」と口にしました。8歳で飛び出した孤児院に、9年ぶりに戻ります。


次回、第30話「孤児院」。Arc3で最も重い話です。よしこが——無言になります。


ブックマーク・評価・感想をいただけると、ドルガと一緒に飴を配ります(^^)

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