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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc3: 魔王と勇者の遠足

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第27話: 帰りたくない

◆レオン視点




 朝食の後。


 みんながそれぞれ動き出した頃、俺はリーゼとガルドを呼んだ。




「——ちょっと来い」




 行き先は決めていなかった。ただ、誰にも聞かれない場所がよかった。


 よしこの耳に入らない場所。ヴェルザにも。カインにも。




 結局、城の西棟の空き部屋に入った。


 使われていない客間。埃っぽい空気。窓から朝の光が差し込んでいるけど、どこか薄暗い。窓の外で、荒野の乾いた風が鳴っている。




「……で?」




 リーゼが壁に寄りかかって、腕を組んだ。


 いつもの顔。何も読めない目。




「あ、あの……レオン、どうしたの? 急に……」




 ガルドが部屋をきょろきょろ見回している。図体がでかいから、空き部屋が狭く見える。




「……」




 俺は窓際に立った。


 石の窓枠に手を置いた。冷たい。




 ——昨日のカインの言葉が、まだ耳に残っている。




 『帰還せよ』。




 軍人の声。命令の声。


 あれは「お願い」じゃない。「帰れ」だ。




「……お前ら、聞いただろ」




「……カイン隊長の話?」




 リーゼが小さく頷いた。




「……聞いた」




「ぼ、僕も……聞きました……」




 ガルドの声が震えている。こいつは嘘がつけない。体がでかいくせに、感情が全部顔に出る。




 沈黙。




 埃が光の中を漂っている。




「——帰りたくねぇ」




 言った。




 リーゼとガルドの方を向いて、はっきりと。




 前に——よしこに言ったことがある。中庭のベンチで、二人きりの時に。


 でもあれは、ほとんど独り言だった。力の抜けた声で、自分でも信じてないみたいに。




 今は違う。




「俺は、帰りたくねぇ」




 声が、思ったより大きかった。


 空き部屋に響いた。埃が揺れた気がした。




「王都に帰って、また教会の犬やるなんてごめんだ。——お前らだってそうだろ」






◆リーゼ視点




 レオンが、こっちを見ている。




 緑の目。いつもは怒っているか、照れているか、どちらかの目。


 今日は——どちらでもなかった。




 まっすぐだった。




「……」




 私は壁に寄りかかったまま、腕を組んだ手にわずかに力を込めた。




 帰りたくない。


 レオンが、それを言った。




 ——知ってた。


 この人がそう思っていることは、とっくに知っていた。




 あの日、中庭のベンチで、よしこと話していたのを見た。遠くからだったけど——レオンの背中が震えていたのは、見えた。




 でも、私たちの前で口にしたのは——これが初めてだ。




「……私も」




 言った。


 思ったより簡単に出た。




「……私も、帰りたくない」




 ガルドが息を飲んだ。


 レオンが——少し、目を見開いた。




「……ここのごはんが美味しいから、じゃない。——それだけじゃない」




 自分でも驚くくらい、言葉が出てくる。


 普段は言わない。聞かれても「……別に」で済ませる。




 でも今は——言わなきゃいけない気がした。




「王都に戻ったら、私はまた『勇者パーティの魔法使い』に戻る。教会に報告書を書かされて、次の作戦を渡されて——」




「……リーゼさん」




「——私は、あそこでは道具だった」




 ガルドが黙った。


 レオンも。




「分析魔法が使えるから、パーティに入れられた。私個人に価値があったんじゃない。能力に値札がついていただけ」




「……」




「……ここでは、違う」




 声が——少し、掠れた。




「ここでは、よしこが……あの人が、名前で呼ぶ」




 リーゼちゃん、って。


 (^^)をつけて。




 魔法使いでも、分析担当でも、没落貴族の娘でもなく。


 ただ「リーゼちゃん」と。




「……だから、帰りたくない」




 天井を見上げた。


 埃っぽい空気。薄い光。




「……でも」




 ここからが、本題だ。




「帰りたくないけど——帰らなきゃいけない理由がある」




 レオンが舌打ちした。


 わかっているから、舌打ちするのだ。この人は。




「……勇者の肩書きがなくなったら、私たちは何者でもない。レオンは孤児。私は没落貴族の娘。ガルドは——」




「……徴兵された農家の子」




 ガルドが、小さく言った。




「勇者パーティという枠から出たら、私たちには何も残らない。身分も、住む場所も、食べていく手段も」




 それが、現実。






◆ガルド視点




 僕は——泣いていた。




 いつの間にか。


 リーゼさんの話を聞いていたら、涙が出ていた。




「お、おい、ガルド……」




「ご、ごめん……ごめんね……」




 手の甲で涙を拭く。でも、止まらない。




「な、泣くなよ……」




「だ、だって……リーゼさんの言う通りだから……」




 勇者パーティを辞めたら、僕には何もない。




 村に帰っても——あの村にはもう僕の畑はない。教会に「戦士適性あり」って言われて、半ば連れていかれたんだ。帰る場所なんて、最初からなかった。




「僕も……帰りたくない……」




 声がぐしゃぐしゃだ。情けない。190センチもあるのに。




「ここが好きなんだ……台所が好きで……ハーブの世話が好きで……ガルくんって呼ばれるのが……」




「……」




「魔王さまが、『ガルくん、今日のごはん何にする?(^^)』って聞いてくれるの……あれが、すごく……」




 嬉しかった。


 毎朝、嬉しかった。




「僕は戦えない。剣も振れない。盾も重くて持てない。——でもここなら、料理ができる。パンが焼ける。スープが作れる。みんなが『美味しい』って言ってくれる」




「……ガルド」




「僕にとって、ここが——」




 言葉が詰まった。


 涙で、声が出ない。




 レオンが——溜息をついた。




 でも、いつもの苛立った溜息じゃなかった。




「……わかってんだよ、そんなこと」




「え……」




「俺だって同じだ。字を覚えて、剣の稽古つけてもらって、ハンバーグ四個食って——」




 レオンが窓の外を見た。




「ここが居心地いいなんて、んなもん、最初からわかってんだよ」




「……」




「問題はそこじゃねぇ」




 レオンが振り返った。




「帰りたくねぇ。でも——カインの命令は王国の命令だ。無視したら、俺たちは逃亡者になる」




「……そう。勇者が魔王城に居座ったとなれば——教会は次の勇者を送ってくる。今度は討伐じゃなく、私たちの排除も含めて」




 リーゼさんの声は冷静だった。泣いていない。この人はいつも冷静だ。




「……つまり、このまま残ったら、みんなに迷惑がかかる」




「……」




 沈黙。




 長い沈黙。




 窓の外で、鳥が鳴いた。




 ——僕は、鼻をすすった。




「……でも」




「ん?」




「僕は……答えを出さなきゃいけないのは、わかってる。でも……今すぐじゃなくてもいいよね……?」




「……」




「だって、レオンが言ったんだよ。帰りたくないって。リーゼさんも言った。僕も言った。——三人とも、同じ気持ちだってわかっただけで……今は、それでいいんじゃないかな」




 レオンが——口を開けた。


 何か言おうとして——やめた。




 リーゼさんが、かすかに唇を動かした。


 笑った——のかもしれない。この人の笑顔は小さすぎて、いつも見逃しそうになる。




「……ガルドにしては、まともなこと言うじゃねぇか」




「え、えへへ……」




「……同意。今日は、ここまででいい」




 リーゼさんが壁から背を離した。




「……ただ、時間はない。カインがいつまで待ってくれるかわからない」




「……ああ」




 レオンが頷いた。




「でも——三人で決める。一人で抱え込むのは、なしだ」




「……」




 レオンがこっちを見た。リーゼさんを見た。




「約束しろ。勝手に決めるな。三人で決める」




「……わかった」




「は、はい……!」




 それだけだった。


 大した約束じゃないのかもしれない。




 でも——三人が同じ部屋で、同じ言葉を言った。


 帰りたくない、って。


 それだけで——胸の奥が、少しだけ軽くなった。








 空き部屋を出た。




 廊下は明るかった。朝の光が石壁を白く照らしている。




 レオンが先に歩いていく。いつもの背中。ぶっきらぼうな歩き方。




 リーゼさんは黙って隣を歩いている。




 僕は——二人の後ろをとことこ歩きながら、思った。




 お腹が空いた。




 朝ごはんはちゃんと食べたのに。


 泣いたせいかな。泣くとお腹が空くんだ、僕。




「……ねぇ、二人とも」




「あ?」




「……何」




「……僕、おにぎり作ってくるね」




「……は?」




「泣いたらお腹空いたから……二人の分も作る」




 レオンが振り返った。


 呆れた顔。——でも、口元が少しだけ緩んでいた。




「……好きにしろ」




「……梅干しがあるなら、入れて」




「うん! あとね、昨日の焼き鮭の残りがあるから、それも入れるね!」




 台所に走った。


 190センチの体が、廊下をどたどた駆けていく。




 ——答えは、まだ出ていない。




 でも。




 お腹が空いたら、ごはんを作る。


 それが、僕にできること。




 よしこさんが教えてくれたこと。




 考えるのは——おにぎりを食べてからでいい。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第27話「帰りたくない」。よしこが一度も登場しない、珍しい回です。


この話は、三人だけで書きたかった話でした。


レオンは第22話「手紙」で、よしこに「帰りたくねぇ」とこぼしています。でもあれは二人きりの、ほとんど独り言のような告白でした。今回は違います。仲間の前で、はっきりと。「俺は帰りたくねぇ」と。


リーゼが「私も」と言いました。この子が自分から気持ちを語るのは、作中でも数えるほどしかありません。「名前で呼んでくれる」——たったそれだけのことが、この子にとってどれだけ大きかったか。


ガルドは泣きました。この子はいつも泣きます。でも今回の涙は、弱さじゃなくて正直さです。190センチの大男が泣きながら「ガルくんって呼ばれるのが嬉しかった」と言う。それを笑える人は、この物語にはいません。


答えは出ていません。「帰りたくない」と「帰らなきゃいけない」の間に、まだ三人は立っています。


でもガルドが言いました。「三人とも同じ気持ちだってわかっただけで、今は、それでいい」。


そしてお腹が空いたから、おにぎりを作りに行った。


考えるのは、おにぎりを食べてからでいい。——よしこが教えたのは、きっとそういうことです。


次回、第28話「遠足のしおり」。よしこが動きます。「ほな、直接話しに行こか(^^)」。


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