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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc2: 魔王城のおやつの時間

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第17話: 勇者の剣

◆レオン視点




 中庭。朝。




 素振りをしている。




 剣を振り下ろす。もう一回。もう一回。




 ——だめだ。




 わかってる。


 俺の剣は、我流だ。基礎がない。




 ストリートで生き延びるために覚えた剣。型もへったくれもない。振り回して、当たればいい。それだけだった。




 勇者に選ばれて、聖剣を渡された時も——誰も教えてくれなかった。


 「勇者なら使えるはずだ」って。




 使えるかよ。




 聖剣は——ただの古い剣にしか見えない。刃こぼれだらけ。柄の革は擦り切れてる。


 選定の儀の時に一瞬光っただけで、それ以来何も起きない。




 でも、捨てない。


 これは——俺に与えられた、唯一のものだから。




 振り下ろす。




 ……足がふらつく。


 重心がずれてる。自分でわかる。でも、直し方がわからない。




「——体幹が弱い」




 声がした。




 振り向くと——ヴェルザが立っていた。




 魔王軍の黒い軍服。銀髪が朝日に光る。金色の目がこっちを見ている。




「勇者。貴殿の素振りは、力任せだ。足の位置が悪い。腰が回っていない。——よって、一撃の威力が半分以下に落ちている」




「……」




「見ていられぬ」




 ヴェルザが腕を組んでいる。




 ——見ていたのか。


 いつから。




「……うるせぇ。お前に関係ねぇだろ」




「確かに関係ない。勇者の剣など、私が気にかける道理はない」




 ヴェルザが背を向けかけた。




「…………」




 ——くそ。




 言え。


 口が——開かねぇ。




 奥歯を噛んだ。ぎり、と音がした。


 拳を握った。爪が手のひらに食い込む。




 リーゼが体調崩した時、何もできなかった。ベッドの横に座って、額の汗を拭くことしかできなかった。


 ガルドが泣いてた時も、俺はただ——部屋の外で壁を殴ってた。




 俺は「勇者」だ。


 みんなを守るのが、俺の仕事だ。




 なのに——守る力がない。


 我流の剣じゃ、ダメなんだ。わかってる。ずっと前からわかってた。




 認めたくなかった。


 敵に頭を下げるなんて。




 ——でも。あの人たちを守れないのと、プライドが折れるのと、どっちが痛い。




「……教えてくれ」




 声が出た。


 小さく。でも、確かに。




 ヴェルザが足を止めた。




「……今、何と」




「……剣を。基礎を、教えてくれ」




 頭が下がった。


 勇者が、四天王に。頭を。




「……俺は我流だ。基礎がない。わかってる。このままじゃ——守れない」




「…………」




「……頼む」




 沈黙。




 雀の声がする。


 風が吹いて、中庭の木の葉が揺れた。




「——かしこまりました」




 顔を上げると——ヴェルザが、真っ直ぐこちらを見ていた。






◆ヴェルザ視点




 ——何をしている、私は。




 勇者に剣を教える。


 それは——魔族の敵を育てるということだ。




 勇者は、魔王を倒すために存在する。


 聖剣は、魔族を滅ぼすために作られた武器だ。


 その剣の扱いを、魔王軍四天王筆頭が教える。




 ——あり得ない。




 先代魔王であれば。


 いや、魔族の歴史において、こんなことは一度もなかった。




 だが——




 あの少年の目を見てしまった。




「……守れない」




 あの時の声。




 あれは——脅威ではなかった。


 ただの、17歳の少年の声だった。


 誰かを守りたくて、自分の無力に気づいて、頭を下げた。




 ——よしこ様なら、何と仰るだろう。




 わかっている。




「教えたれ」




 と仰るだろう。笑いながら。(^^)を浮かべて。




「……」




 中庭に、二人。




 向かい合う。




「では始める。まず構えを見せよ」




 勇者——レオンが、剣を正面に構えた。




 ……ひどいものだ。




 握りが浅い。手首の角度が悪い。肩に力が入りすぎている。


 これでは、打ち合いの衝撃で剣を弾かれる。




「握りを直す。まず、柄の下三分の一を利き手で——そうだ。もう一方の手は上。力は七対三。下の手で方向を決め、上の手で力を伝える」




「……こうか?」




「違う。もっと下だ。——そこだ」




 レオンの手を直接掴んで、位置を矯正した。




 ——触れてしまった。


 勇者の手に。




 硬い手だ。17歳にしては。


 剣ダコがある。だが配置が悪い。我流の証拠だ。正しい持ち方をしていれば、ここにはできない。




「足は肩幅に開け。右足を半歩引く。膝を——そう、軽く曲げる。腰は低く」




「……きつい」




「当然だ。これが正しい体の使い方だ。貴殿は上半身だけで振っていた。剣は全身で振るものだ」




 レオンが歯を食いしばった。


 だが、言われた通りに膝を曲げた。




 ——素直だな。


 普段は「うるせぇ」しか言わないくせに。




「振れ」




「……おっ」




 ブン、と空気を切る音。


 さっきまでとは——明らかに違う。




「もう一度」




 ブン。




「体重が乗っている。悪くない」




「…………」




 レオンが、少しだけ目を見開いた。


 ——褒められ慣れていないのだろう。




「繰り返せ。百回」




「百!?」




「型は反復で身につく。百でも足りないくらいだ」




「……くそ。わかったよ」




 レオンが振り始めた。




 一回。二回。三回——




 黙々と。


 歯を食いしばりながら。




 私はそれを見ている。




 ——見ている場合か。




 この少年が強くなれば。


 聖剣が覚醒すれば。


 魔族にとっての脅威が増す。




 300年、魔族のために戦ってきた。


 先代魔王に仕え、人間との戦争を生き延びてきた。




 ——百二十年前の大戦。聖騎士団との決戦で、副官のザイツが斬られた。聖剣の光に焼かれて、跡形もなく。


 私の目の前で。


 あの光は——今も瞼の裏に焼きついている。




 その私が——聖剣を持つ勇者を、鍛えている。




 裏切りだ。


 ザイツに。同胞に。300年の死者たちに。




 ——だが。




 レオンの剣を見た。




 五十回を超えたあたりで、汗が飛び散り始めた。


 息が荒い。足が震えている。


 でも止めない。




「……六十一……六十二……」




 数えている。声に出して。


 字を覚えたばかりの少年が、数字を。




「六十三……」




 ——この少年は。




 弱い。


 弱いが——努力を知っている。


 ストリートで生き延び、我流で剣を覚え、仲間を率いて魔王城まで来た。




 その少年が、「守れない」と言った。


 誰を守りたいのか——聞くまでもない。




 リーゼを。ガルドを。


 そして恐らく——




 よしこ様を。




「七十八……七十九……」




 レオンが剣を振る。


 繰り返すたびに、少しずつ——型が身についていく。




 才能がある。


 紛れもなく。




 基礎がないだけで、体の使い方のセンスは本物だ。正しく教えれば——化ける。




「……九十七……九十八……」




 そして。




「九十九——百ッ!」




 最後の一振り。


 レオンの目が——一瞬だけ、変わった。歯を食いしばった顔の奥に、何か——守るべきものを見据えるような光が走った。リーゼとガルドの顔が浮かんだのか。それとも——


 レオンが聖剣を振り下ろした瞬間——




 光った。




 刃が、淡く。


 一瞬だけ。


 白い光が、刃こぼれだらけの聖剣の表面を走った。




「……!」




 私は息を呑んだ。




 レオンは——気づいていない。


 汗だくで膝に手をつき、荒い息をしている。




「……今、剣が光りましたが」




「……はぁ……はぁ……知るかよ……」




「いえ。確かに光りました。聖剣が——」




「気のせいだろ……百回やったんだ……目がチカチカしてんだよ……」




 ——気のせいではない。




 あれは聖なる光だ。


 300年生きてきた魔族の私が見間違えるはずがない。




 聖剣は覚醒の途上にある。


 つまり——この少年に、その「条件」が揃い始めている。




 聖剣覚醒の条件。


 先代魔王の書庫で読んだ。一度だけ。忘れたことはない。




「守りたい人ができた時」。




 ——ザイツを焼いた光と、同じ光だ。


 あの時の聖剣は完全に覚醒していた。あの勇者にも、守りたい人がいたのだろう。




 この少年にも——もう、いるのか。




 リーゼを。ガルドを。


 そして恐らく——よしこ様を。




 私が守るべき主を、勇者が守ろうとしている。


 ——それは脅威か。それとも。




 私は何を育てているのだ。




 魔王を守る勇者か。


 魔王を倒す勇者か。




 ……わからない。




 だが、わからないまま——




「もう百回やるぞ」




「はぁ!? マジかよ!」




「型は身体に刻め。考えるな。繰り返せ」




「……くそっ……わかったよ……!」




 ——もう少しだけ、教えてやることにした。








 稽古が終わった。




 レオンが地面に大の字に寝転がっている。


 二百回の素振り。17歳の体にはきつかっただろう。




 私も隣に——


 いや、座った。地面に座るのは品位に欠けるが、立っているのも不自然だった。




「……よ」




 声がした。




「二人ともお疲れさん(^^) ほら、食べ」




 よしこ様が——




 握り飯を持ってきた。




 大きな竹の皮に包まれた、丸い握り飯。たくさん。


 塩と、中に具が入っている。匂いで——肉味噌だとわかる。




「……いつからいらしたのですか」




「五十回目くらいから(^^) すごいやん、二人とも」




 ——見られていたのか。


 勇者に剣を教えているところを。




「ヴェルちゃん、ありがとうな(^^) レオンくんに付き合ってくれて」




「ヴェルザです。——私は、ただ……見るに堪えなかっただけです」




「うんうん(^^) 優しいなぁ、ヴェルちゃんは」




「……優しさではございません」




 ——優しさなのかもしれない。


 わからない。




 レオンが起き上がって、握り飯を手に取った。




 一口、かぶりついた。




「…………」




 二口目。三口目。




「……うまい」




 小声で言った。


 よしこ様には聞こえないくらいの——




「ん(^^)?」




「何でもねぇ!」




「ふふ(^^) はいはい」




 よしこ様が笑っている。


 ——聞こえている。絶対に聞こえている。




 私も握り飯を手に取った。


 一口。


 塩の加減が、ちょうどいい。肉味噌が、稽古後の体に染みる。




「……美味でございます」




「よかった(^^) いっぱいあるで。ガルくんが肉味噌作ってくれたんや」




「ガルドが」




「うん。上手になったでぇ(^^)」




 ——勇者パーティの戦士が作った肉味噌を、四天王筆頭が美味いと食べている。




 異様だ。




 勇者と四天王が並んで握り飯を食べている。


 中庭で。汗だくで。




 300年——こんな光景は、一度もなかった。




 先代魔王の時代。


 食事は黙って摂るものだった。


 味など関係なかった。栄養を補給する行為に過ぎなかった。




 だが——今。




 隣で勇者が握り飯を頬張っている。


 向かいでよしこ様が笑っている。


 握り飯の中の肉味噌は、18歳の戦士が作ったものだ。




「……不思議なものでございます」




「ん? 何が(^^)?」




「……いえ。何でもございません」




 不快ではない。


 それだけは——確かだ。




 リーゼとガルドが中庭に来た。


 リーゼの顔色はもう良くなっている。ガルドが「リーゼさん、無理しないで……」と付き添っている。




「リーゼちゃん、もう大丈夫なん?」




「……問題ない。握り飯、食べていい?」




「どうぞどうぞ(^^)」




 リーゼが、レオンの隣に座った。




「……レオン。汗だく」




「……稽古した」




「……そう。頑張ったんだ」




「……別に」




 リーゼが小さく笑った。


 レオンが目をそらした。




 ガルドがにこにこしながら握り飯を食べている。




「よしこさん、肉味噌の味、大丈夫でしたか……?」




「ばっちりやで(^^) ヴェルちゃんも美味いって言うてたで」




「ヴェルザです」




「ヴェ、ヴェルザさんが……! えへへ……」




 足音がした。小さな、遠慮がちな足音。


 ティアが——水の入った瓶を持ってきた。




「あ、あの……稽古の後は、喉が渇くかと思いまして……」




 尻尾がもじもじ揺れている。




「おう……サンキュ」




 レオンが何気なく言った。ティアの手から水を受け取りながら。




 ティアが——固まった。




「…………」




 尻尾が、ぴたりと止まった。


 それから——ぱたぱたぱたぱた。




 勇者に——お礼を言われた。


 120年間、誰にも言われなかった「ありがとう」を。




「ど、どうも……し、失礼します……!」




 ティアが小走りで去っていった。水瓶を置き忘れて。




「……何だあいつ。変な奴」




 ——変ではない。


 あの子にとって、今のは——大きなことだったのだろう。




 ——六人で、握り飯を食べている。




 雨上がりの中庭。


 水たまりが光っている。


 空はまだ曇っているが、雲の切れ間から薄日が差し始めた。




 私は——




 握り飯のもう一つに手を伸ばした。




「ヴェルちゃん、おかわり?(^^)」




「ヴェルザです。——はい。もう一つ、いただきます」




 不快ではない。




 むしろ——




 この時間を、守りたいと思っている自分がいる。




 勇者を鍛えたことが裏切りなのか。


 それとも——




 この食卓を守ることが、忠誠なのか。




 答えは、まだ出ない。




 だが——握り飯は、美味かった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第17話「勇者の剣」。レオンとヴェルザの話です。


二百回の素振り。レオンは文句を言いながら全部やりました。この子は根性だけはある。そして百回目の最後の一振りで、聖剣が光った。レオン本人は気づいていません。でもヴェルザは見た。


聖剣覚醒の条件は「守りたい人ができた時」。レオンの中に、もうその気持ちがある。リーゼを、ガルドを、そしてよしこを——守りたいと思っている。本人は絶対に認めないでしょうけど。


ヴェルザの葛藤が好きです。勇者に剣を教えることは、魔族への裏切りかもしれない。でも、よしこなら「教えたれ」と言う。そしてヴェルザは教えてしまう。300年の忠誠と、今この場所にある温かさの間で揺れている。


最後のヴェルザの独白——「この食卓を守ることが、忠誠なのか」。まだ答えは出ない。でも握り飯は美味い。それだけが確かなこと。この物語は、答えが出ない問いを食卓の上に置いたまま進んでいきます。


次回、第18話「策士と令嬢」。メルがリーゼに魔法を教え始めます。そしてティアの120年の空白に、策士が初めて計算なしで怒ります。


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