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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc2: 魔王城のおやつの時間

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第15話: 雨の日のおかゆ

◆リーゼ視点




 雨の音がする。




 目を開けた。天井が揺れている。


 ——違う。揺れているのは、私の視界だ。




 体が熱い。


 頭が重い。




「……っ」




 起き上がろうとして、腕が震えた。


 力が入らない。




 窓の外を見る。灰色の空。雨が斜めに降っている。


 魔王城の石壁に、雨粒がぶつかる音。




 ——朝だ。




 朝ごはんの時間だ。




 行かなきゃ。




 みんな待ってる。


 よしこが「リーゼちゃんおはよう(^^)」って言ってくれる。


 ガルドのスープがある。レオンが無言で椅子を引いてくれる。




 行かなきゃ。




 体を起こす。




 ——視界が白くなった。




「…………」




 ベッドに倒れ込んだ。




 ダメだ。立てない。




 額に手を当てる。


 熱い。自分でもわかるくらい。




 ——風邪だ。




 雨の日に体を冷やした。昨日、中庭で分析魔法の練習をしていて、雨に気づかなかった。




 ……問題ない。




 寝ていれば治る。


 食べなくても動ける。


 前もそうだった。旅の途中で熱が出ても、一人で耐えた。




 孤児院でも。


 路上でも。




 熱が出たら、隅っこで丸くなって、治るまで待つ。


 誰にも言わない。


 言っても——誰も来ないから。








 コンコン。




 扉を叩く音。




「リーゼちゃーん? おはよう(^^) 朝ごはんできとるで」




 ——よしこの声。




「…………」




 返事をしなかった。


 寝たふりをすれば、諦めて戻るだろう。




「リーゼちゃん?」




 扉が開いた。




 ——鍵、かけてなかった。




「……」




「リーゼちゃん、朝ごはん来ぃひんから——」




 よしこが部屋に入ってきた。


 足音が近づく。




「……問題ない」




 声を出した。かすれていた。




「……ちょっとだるいだけ。すぐ——」




 よしこの手が、額に触れた。




「…………」




 温かい手。でも私の額の方がずっと熱い。




「あかんやん、熱あるで」




 ——関西弁。




 でも、すぐに取り繕わなかった。よしこは私の額に手を当てたまま、目を細めている。




「……体調が優れぬようだな。……うん、38度は超えとるな、これ」




 取り繕った。けど混ざった。




「……問題ない。寝ていれば——」




「問題あるで(^^)」




 よしこが毛布を引き上げて、私の肩までかけた。




「ここでじっとしとき。おかゆ作ってくるから」




「……食べなくても」




「あかん」




 よしこの声が、少しだけ厳しくなった。




「熱がある時こそ食べるんや。体が戦っとるんやから、栄養いるで」




「…………」




「すぐ戻るから、おとなしくしときや(^^)」




 よしこが出ていった。


 足音が廊下に消える。




 ——来た。




 来てくれた。




 朝ごはんに来ないだけで、部屋まで。




「…………」




 天井を見上げる。


 雨の音が続いている。






◆よしこ視点




 あかん、リーゼちゃん、顔真っ赤やった。




 わては厨房に駆け込んだ。




 おかゆを炊く。水多めで、とろとろになるやつ。塩は控えめ。梅干し——はないから、この世界にある酸味のある果実の漬物を添えよう。


 卵を一つ溶いておく。おかゆが炊き上がったら最後に混ぜる。




「魔王様?」




 ヴェルちゃんの声。




「リーゼちゃんが熱出してん。おかゆ作るわ」




「それは——大丈夫でございましょうか」




「大丈夫やけど、あの子、絶対『問題ない』って言うて無理するタイプやから(^^)」




 ヴェルちゃんが少し考えて——




「……薬草を用意しましょう。解熱の効果があるものが薬庫にございます」




「ヴェルちゃん、ありがとう(^^)」




「ヴェルザです」




 ヴェルちゃんが出ていった。




 ——ほんまは優しい子やな、あの子も。300歳やけど。




 おかゆが炊き上がった。


 溶き卵を回し入れる。ふわっと固まる。




 器に盛る。果実の漬物を小皿に。


 お盆に載せて——




 あ。




 レンゲ忘れた。取りに戻る。


 ついでにお水も。




 ——よし。




 リーゼちゃんの部屋に戻る。






◆リーゼ視点




 扉が開いた。




 おかゆの匂いがした。




 ——鼻でわかる。米の匂い。卵の匂い。塩。ほんのり甘い果実の酸味。




 ……いい匂い。




「はい、お待たせ(^^)」




 よしこがお盆を持って入ってきた。


 ベッドの横に椅子を引いて座り、お盆を膝に載せた。




「起きれる? 無理なら横のままでもええで」




「……起きる」




 体を起こした。背中に枕を当ててもらう。




 よしこの手が、また額に触れた。




「……まだ熱いな。でもさっきよりはましかも」




「……」




 よしこがレンゲにおかゆをすくって、ふぅふぅと息を吹きかけた。




「はい、あーん(^^)」




「……自分で食べられる」




「ええから(^^) 熱ある時は甘えとき」




「…………」




 甘える、という言葉の意味を、私はよく知らない。




 レンゲが口元に来た。


 口を開けた。




 おかゆが舌に触れた。




「…………」




 温かい。


 やわらかい。


 やさしい味。




 体の中に、染みていく。




「……美味しい」




「よかった(^^) もう一口いこか」




 ふぅふぅ。


 はい、あーん。




 ……子ども扱いだ。


 16歳の魔法使いに、「あーん」はない。




 でも——




 嫌じゃなかった。




「リーゼちゃん、昨日雨の中で練習しとったやろ」




「……」




「鼻利くから魔法の練習で集中してたんやろうけど、体冷やしたらあかんで」




「……ごめんなさい」




「謝らんでええ(^^) 次から気ぃつけたらええだけや」




 ——次から。




 次がある、ということ。


 また同じことをしても、怒らないということ。




 旅の途中で体調を崩した時——




 レオンは「遅れるぞ」と言った。


 悪気はない。彼なりの心配だったのかもしれない。でも、私は「すみません」と言って歩き続けた。




 孤児院では。


 熱を出しても、誰も気づかなかった。


 ベッドの隅で丸くなって、一人で治した。


 翌朝、「起きろ」と言われて起きた。それだけ。




 路上では。


 体調を崩したら、それは死に近づくことだった。


 弱みを見せたら奪われる。だから、隅っこで、息を殺して、治るのを待った。




 ——誰も来なかった。




 一度も。




「……よしこ」




「ん?」




「……誰かに心配されるのは、初めて」




「…………」




「熱が出て……誰かが来てくれたのは……初めて……」




 ——あれ。




 目が、滲んだ。




 おかしい。


 泣く理由がない。


 おかゆを食べて、心配されて——それだけなのに。




 ——止めろ。




 私は自分に命じた。


 泣くな。泣いてどうする。泣いたところで何も変わらない。


 孤児院で泣いても誰も来なかった。路上で泣いたら財布を盗まれた。


 涙は、何の役にも立たないと——知っているはずだ。




「リーゼちゃん」




「…………」




「泣いてええよ(^^)」




「……泣いてない」




「泣いてるで(^^)」




「…………泣いて、ない……」




 涙が、頬を伝った。


 止まらない。


 止めたいのに。止められない。


 ——止めなくていいと、言われたから。




「しんどかったな(^^)」




 よしこの手が、頭に置かれた。


 大きくて、温かい手。




「ずっと一人で頑張ったな。しんどかったな」




「…………」




「もう大丈夫やで。しんどい時は、しんどいって言うてええんやで」




「……言ったこと、ない」




「ほな、今日が最初やな(^^)」




「…………」




 声が出ない。


 涙が止まらない。




 体が熱いのは熱のせいだ。


 でも、胸が熱いのは——




 違う。




 これは——




「……し、しんどい」




「うん(^^)」




「……しんどい、です」




「うん。よう言えた(^^)」




「……しんどかった……ずっと……」




「うん。うん。知っとるで」




 よしこが頭を撫でてくれた。




 ゆっくり、何度も。




 雨の音がする。


 おかゆの湯気が立っている。


 よしこの手が、温かい。




 ——ああ。




 こういうのを、なんて言うんだったか。




 ……安心。




 多分、これが「安心」だ。






◆よしこ視点




 リーゼちゃんが泣き止んだ。




 泣き疲れて、少しうとうとしている。




 おかゆは——全部食べた。


 泣きながら食べた。泣いて、食べて、また泣いて。




 ……ええ子や。




 この子は、ずっと一人で耐えてきた。


 熱が出ても。お腹が空いても。寂しくても。


 「問題ない」って言って、全部一人で処理してきた。




 16歳の女の子が。




 ——あかん。わても泣きそうや。




「……魔王様」




 廊下から小さな声がした。




 扉の隙間から覗くと——




 レオンくんとガルくんが、廊下で立っとる。




 入れへんのか。




 レオンくんが腕を組んで壁に寄りかかっとる。目を逸らしてる。


 ガルくんが両手を握りしめて、おろおろしとる。




「……リーゼ、大丈夫かよ」




 レオンくんが、ぼそっと言った。




「大丈夫やで(^^) 熱はあるけど、おかゆ全部食べたから」




「……そうかよ」




「……よしこさん、僕、リーゼさんにスープ作ります。元気出るやつ……!」




「ガルくん、ありがとう(^^) ほな、お昼にお願いしてええ?」




「は、はい!」




 ガルくんが厨房に走っていった。




 レオンくんは——動かない。




「レオンくん、入る?」




「……い、いや。別に。ただ通りかかっただけだ」




 ——この廊下は行き止まりやで(^^)




 でも、言わんとこ。




「リーゼちゃん今寝とるから、起きたら顔見してあげてな」




「……べ、別にそういうんじゃ——」




「うん(^^)」




 レオンくんが真っ赤になって去っていった。




 ——ほんまに素直やないなぁ。でもちゃんと心配しとるのが、ええ子やなぁ。




 部屋に戻ると、リーゼちゃんが薄く目を開けた。




「……よしこ」




「おはよう(^^) もうちょっと寝とき」




「……レオンとガルドの声がした」




「心配しとったで、二人とも(^^)」




「…………」




 リーゼちゃんが——




 ほんの少しだけ、笑った。




「……そう」




「ガルくんがお昼にスープ作ってくれるって。楽しみやな(^^)」




「……うん」




 リーゼちゃんが目を閉じた。




 コンコン。


 また扉。




「失礼いたします」




 ヴェルちゃんが入ってきた。


 手に小さな瓶を持っとる。




「薬草の煎じ薬でございます。解熱に効果がございます」




「ヴェルちゃん、ありがとう(^^)」




「ヴェルザです。——それと」




 ヴェルちゃんが、もう一つ何かを差し出した。




 毛布。


 ——あれ。これ、さっき薬を持ってきた時は持ってへんかったよな。


 つまり、薬を届けた後で、わざわざ取りに行ったってことや。東塔の備品庫まで——ここから結構歩くんやけどな。




「夜は冷えます。これを」




「ヴェルちゃん……ありがとうな(^^)」




「ヴェルザです。——では」




 ヴェルちゃんが毛布をベッドの上にそっと置いた。


 何か言いかけた。口が開きかけて——閉じた。


 結局、何も言わずに出ていった。




 ——さりげないなぁ。不器用やなぁ。




 リーゼちゃんの上に毛布をかけた。




 薬を枕元に置いて、起きた時に飲めるように。




「リーゼちゃん」




 寝ている顔に、そっと言った。




「安心して寝とき(^^) わてがおるから」




 雨は、まだ降っている。


 でも、この部屋は温かい。




 ——大丈夫。




 この子はもう、一人やない。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第15話「雨の日のおかゆ」。リーゼの話です。


リーゼは16歳です。孤児院で育ち、路上を生き延び、教会に「勇者の仲間」として拾われた。体調を崩しても誰にも言わず、一人で隅っこに丸くなって治してきた。「問題ない」が口癖なのは、問題があっても誰も助けてくれなかったから。


「誰かに心配されるのは初めて」——この一言が、この話の全てです。


おかゆって不思議です。特別な料理じゃない。米と水と塩だけ。でも、熱がある時に誰かが作ってくれたおかゆは、世界で一番おいしい。それは味の問題じゃなくて、「心配してくれる人がいる」という事実の味なんだと思います。


レオンとガルドが廊下で待っているシーンが好きです。入れないんですよね、照れくさくて。でもちゃんとそこにいる。「通りかかっただけだ」——行き止まりの廊下で。よしこはちゃんと気づいてるけど、言わない。それが大人の優しさ。


ヴェルザの毛布は、何も言わずに置いていくところがいい。300歳の不器用な優しさです。


次回、第16話「子ども組と大人組」。ピプの空間魔法鬼ごっこにティアが巻き込まれます。城中を駆け回るコメディ回です。


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