思い出の聖蹟桜ヶ丘(東京・多摩地区の耳すま舞台)でのプロポーズ
1 同じ空の下で
高校まで、俺たちは同じ街に住んでいた。
同じ多摩川の風を吸い、同じ京王線の音を聞いて育った。
けれど大学進学を機に、二人とも地元を離れた。
進学先は、**東京大学**文科二類。
信じられない偶然だった。
寮は都心、文京区本郷。
赤門の近くの、古くて真面目な雰囲気の学生寮だった。
地元に戻ることはほとんどなくなった。
授業、サークル、友人、アルバイト。
都心の生活は刺激的で、時間があっという間に過ぎていった。
そして大学二年の冬、俺たちは恋人になった。
きっかけは覚えていない。
ただ、気づいたら隣にいるのが当たり前になっていた。
2 お台場の観覧車
三年の春、二人でお台場へ行った。
海の匂いと、広い空。
そのとき乗った観覧車の中で、俺は妙な感覚を覚えた。
頂上に差しかかったとき、美咲がぽつりと言った。
「なんかさ、私たち、このままずっと一緒にいる気がする」
俺も、同じことを思っていた。
夜景が広がる。
小さくなった東京の街。
ガラス越しの世界が、未来のように見えた。
そのとき初めて、「結婚」という言葉が、現実味を持って胸に浮かんだ。
3 地元へ帰る
卒業後、俺たちはそれぞれ都心の企業に就職した。
だが住む場所は、あえて地元に戻した。
親孝行をしたかった。
それに、やはりここが落ち着く。
朝、京王線で都心へ向かい、夜は多摩川の風の中へ帰る。
忙しい毎日が少しずつ安定してきた頃、俺は決めた。
プロポーズしよう。
場所は、決まっていた。
聖蹟桜ヶ丘しかない。
4 夕暮れの河川敷
休日、久しぶりに駅前で待ち合わせをした。
「やっぱり落ち着くね」
美咲がそう言う。
駅前のシンプルな景色。
高すぎないビル、広い空、遠くに見える川。
東京・多摩地区特有の、ゆったりとした空気が流れている。
俺たちは多摩川の河川敷へ向かった。
夕方。
オレンジ色に染まる空。
高架の上を京王線が走る。
ゴトン、と規則正しい音が響く。
「きれいだね」
「うん、素敵だ」
並んで座り、他愛のない話をする。
学生時代のこと、会社のこと、将来のこと。
心臓が少しずつ速くなる。
5 高台へ
「ちょっと、登ってみない?」
俺はそう言って、坂道へ向かった。
あの映画の舞台になった高台。
『耳をすませば』で、雫と聖司が語り合った場所。
坂は相変わらず急だった。
息を切らしながら登る。
頂上に着いたとき、夜景が広がった。
街の灯りが宝石のように瞬いている。
「やっぱり、ここ最高だね」
美咲が笑う。
俺はポケットから小さな箱を取り出した。
指が震える。
「美咲」
彼女がこちらを見る。
「俺と、結婚してください」
箱を開ける。
夜景の光が、指輪に反射する。
一瞬の沈黙。
そして。
「……はい」
涙声だった。
俺は心の底から、ほっとした。
この街で育ち、この街で告白し、この街で未来を誓う。
それが、俺たちらしいと思った。
6 青山の結婚式
数か月後。
東京・青山の式場で、盛大な結婚式を挙げた。
親も友人も、みんな笑っていた。
白いドレスの美咲は、あの日の高台よりも輝いて見えた。
こうして俺たちの結婚生活が始まった。
7 橋の上で
ある休日。
「久しぶりに、あの橋を自転車で渡ろうよ」
俺が提案した。
聖蹟桜ヶ丘と府中市をつなぐ、多摩川の大きな橋。
歩道と自転車道が長く伸び、川の上を一直線に走る。
風が強い。
川幅が広い分、空も広い。
途中まで来たとき、美咲が言った。
「ちょっと怖いかも……」
確かに高い。
横を見ると、水面が遠い。
「大丈夫。俺がついてるから」
そう言うと、美咲は小さく笑った。
橋は長い。
ゴールは遠く見える。
ペダルをこぎながら、俺は思う。
――俺たちも、この橋みたいだ。
終わりが見えない。
でも、確実に前へ進んでいる。
遠い先にある景色は、まだ分からない。
でもきっと、悪くない。
俺たちも、このゴールの遠い橋の先のように、終わりの見えない結婚生活を最大限満喫するんだ。
結婚生活はまだまだこれからだ。頑張る!
そう心の中でつぶやきながら、俺はペダルを強く踏み込んだ。
隣には、美咲がいる。
東京・多摩地区の空は、今日も広い。
そして俺たちの未来も、きっと同じくらい広い。




