床に落ちなくなった日
町では、努力が硬貨の形をしていた。
朝になると、人はそれぞれの机や床や畑に向かい、力を入れたり、我慢したり、考え込んだりすると、足元に小さな円盤が落ちた。
銀色でも金色でもなく、色は毎回ちがう。
誰も数え方を知らないが、店ではそれが通じた。
パン屋では、重さで受け取った。
重い努力は腹にたまると言われていた。
薬屋では、表面の傷を見られた。
ひび割れの多い努力は、効き目が強いらしい。
学校では、子どもが努力を床にばらまき、先生がそれを集めて袋に入れた。
袋は開けられない決まりだった。
私は郵便局で働いていた。
努力を封筒に入れ、別の町へ送る仕事だ。
宛名はあっても、送り主は書かれていない。
努力は人にくっつかない。
だから失くしても、盗まれても、誰のものでもなくなる。
昼休み、同僚はよく言った。
「今日は稼いだ」
彼は肩を回し、ため息をつく。
そのたびに、足元で小さな音がした。
私は拾わなかった。拾うと、拾った分だけ疲れる気がしたからだ。
町には貧しい者はいなかった。
努力さえあれば、何でも手に入った。
家も、時間も、静けさも。
幸福という言葉は使われなくなった。値段がつけられないからだ。
ある日、窓口に老人が来た。何も持っていなかった。努力も、袋も、音も。
「送りたいものがある」
彼はそう言って、空の封筒を差し出した。
「中身は?」
「昨日まであった」
規則では、空は送れない。
私は断ろうとした。
だが、そのとき床に落ちたはずの努力が、逆に床から立ち上がった。
円盤が、薄い影のように揺れ、私の足首に触れた。
冷たくも熱くもなかった。
それから、音が消えた。
努力が落ちなくなった。
町は一日、静かだった。
人々はいつも通り動き、力を入れ、我慢したが、床は何も返さなかった。
店は閉まらなかった。
パンは焼かれ、薬は並び、学校は続いた。
誰も理由を聞かなかった。
夕方、私は机の引き出しを開けた。
中には、古い努力がいくつか残っていた。
色はもう動かない。
数えられないまま、ただそこにあった。
使っても、減らなかった。
夜、家に帰ると、隣の部屋から声がした。
何かを数える声だったが、単位が分からない。
耳を塞ぐと、声は続いた。塞がなくても、続いた。
翌朝、床には何も落ちていなかった。
それでも人は歩き、働き、黙っていた。
通貨のない町で、値段だけが残っていた。




