8話 呪物ショップ① 高いコーヒー
私は冬という現象はあまり好きではない。なぜなら、出かけるために沢山着込まないと寒くて風邪をひくからだ。そして帰宅した時にタマネギの皮を剥くように服を脱ぐのが手間で仕方ない。
一方で、冬の空気は好きだ。乾燥していて、冷たくて、どの季節よりも空気が澄んでいるような気がする。暖かいものを1番美味しく食べられるというのも良い点であろう。ともあれ、私は毛糸のマフラーに顎を埋めながら、自転車を漕いでいる。いつもとは少し気分を変えてみよう。そう思えるのも冬の空気のせいであろうか。
私が普段利用している店舗以外にも、自転車で行き来できる範囲に中古品ショップはいくつかある。
一つは夫が経営しているアンティークショップ。もう一つは駅直結の複合施設4階にあるチェーンの中古ショップ。そして今、向かっている個人経営のリサイクルショップの3店舗である。
リサイクルショップは駅から1番遠くフリーマーケットで訪れた神社の近くにある。そして私の家から1番近い。にもかかわらず足が向かない理由はわからない。ただ、なんとなく行かないだけである。
しばらく自転車を漕ぎ、私は店に着いた。午前11時30分からしか開店しないというのが、この店の大きな欠点であることを思い出した。今の時刻は10時30分である。
他に用事もないので、近くの喫茶店に入ることにした。昭和からそのまま切り出して来たような佇まいのその店が開いているかは分かりづらかったが、手作りのドアプレートは『OPEN♪』と私に告げている。ドアを押してみたが開かず、引くと開いた。
ドアに吊るされた竹の鳴子がコロンコロンと音を立てる。カウンターの奥に座っていた初老のマスターは、まるでキッチンから虫が出てきた時のように飛び上がって驚いた。
「い、いらっしゃいませ……えーと、開いている席にどうぞ」
閑古鳥が鳴いている、という言葉にぴったりな空間だった。マスター以外店には誰もいない。客が来ないのが日常になってしまっていて、だからあんなに驚いてしまうのか。少し悪いことをしたな。と私は少し申し訳ない気持ちになった。
ラミネートされた厚紙のメニューには、手書きで『当店はコーヒー専門店です。自信のある一杯以外は提供しません。当店自慢のコーヒーを是非どうぞ』と書かれている。裏面には『コーヒー 850円』とだけ書いてあった。なかなか硬派な専門店である。
「あの、コーヒーひとつください」
と声をかけると、マスターはコクコク頷いてお湯を沸かし始めた。やる事もないので窓の外を眺めていると、再び竹の鳴子がコロンコロンと鳴った。
マスターが、カウンターの奥で「ヒィッ」と小さく悲鳴をあげている。一体どれだけ客が来ない店なんだ。と私は呆れた。
店に入って来たのは、ゆりえだった。
「あれ? どうしたのこんなところに」
「それはこっちのセリフなんだけど」
この人と同じのを、とマスターに告げてから、ゆりえは私の向かいに座った。
「もしかして、あのリサイクルショップが開くの待ってるの?」
私が問いかけると、ウン、とゆりえは頷いた。
「あたし、そこの店長に頼まれて来たんだよね」
ゆりえ……娘は霊媒師のようなことをして生計を立てているようだが、仕事についての話を聞くのは初めてだった。
「そこのリサイクルショップって、界隈ではそこそこ有名な呪物ショップで。あんまり耐性のない人とか、知識のない人は寄り付かない方が良いのね」
初耳である。
「この神社がこっちに移転してからすぐにできた店だから、50年は歴史がある由緒正しい店なのよ。何かあったらすぐに神社にお祓いしてもらえるっていう合理的な理由でできた店なんだよね」
「へぇ」
そんな素敵なお店を今まで見落として来たなんて、私はなんと愚かだったんだ。と後悔した。そして同時に、疑問が湧く。
「そんないい店、どうして見落として来たのかな」
良いものか悪いものかはさて置き、私には目に見えないものを判別する程度の感覚があり、それを生かしたフィールドワークをするのが趣味である。そういった品物が多く置かれている店であれば、私が通わないはずはない。
「……それが今日の依頼。そして、あたしが個人的に調査していることにも繋がる」
お待たせしました。とマスターがコーヒーを持ってくる。それなりに値が張っただけはあり、良い香りがする。
ゆりえは卓上のざらめをスプーンで山盛り三杯ほどコーヒーに入れ、よくよく息を吹きかけてからそのままテーブルにカップを戻した。
「まさかお母さんと被るとは思わなかったよ。やっぱり逃れられないか……」
意味深な呟きの後、喫茶店を出るまでゆりえは一言も喋らなかった。
ちなみにコーヒー代は私が払った。コーヒー二杯で税込1870円。コーヒー飲まなければロクシタンのハンドクリームが買えたのにな……と少し後悔した一方、久しぶりに娘とゆっくりコーヒーを飲む時間を買ったと思えば妥当なような気もした。
私たちは上着とマフラーに身を固めて、冬の中に戻っていく。




