7話 フリーマーケット④ 写真
ワタシ達が放っておいても、時間というものは勝手に流れて過ぎてゆく。アンティークショップの外は深海のように暗くなっています。
ワタシが持っていたカバンには、封筒が一枚仕舞われていました。封筒の表面には『マバセ写真館』と掠れたハンコが押してあります。
「開けてみます」
封筒の中には、他愛のない写真ばかりが入っていました。日常の風景や小物、小さな子どもの写真ばかり。このカメラの持ち主の写真は何一つ入っていません。
「うーんハズレか」
ユリエさんの呟きに、マリコさんのご主人は写真を一枚一枚丁寧に見てから反論します。
「本当にハズレかな? どれもいい写真だよ。どれも良く撮れてる。これなんて、お祭りの雰囲気とかが伝わってきて、とても良い」
神社で蚤の市をしている時の写真でしょうか。犬型の箸置きを掌に乗せて、嬉しそうにしている女の子が写っています。
「これがどれくらい昔の写真かは分からないけど、神社のバザーって昔からあったんだ」
「これは神社が移転する前のバザーだね。ほら、鳥居が石で出来ている。今の鳥居は木製だから、見分けがつくんだ」
「へぇ」
ご主人の博識さに少し驚きながら、ワタシはもう一度写真を見直しました。
風景、静物、出来事。それぞれ単体で見れば、どれも大したものじゃないかもしれない。でもこうして写真として瞬間を切り取って残せば、写真が失われない限り、ずっとその時間が残されていく。
改めて手元の写真を見てみると、お嬢さんとの幸せで素敵な日々を、なるべく綺麗に残そうという意志が感じられます。
この写真達の向こう側、他愛のなさの向こう側で、ワタシはようやくワタシの持ち主と再会できたような気がしました。
「ワタシ、実はやりたいことがわかったんです」
「わかった。やってみよう」
ワタシが何をしたいか言ってもいないのに、ユリエさんは頷いてくれました。
「ワタシがお二人にお願いしたいのは……」
翌日、ご主人が方々に依頼していた写真が次々と届きました。写真はどれも古く、しかしどれも状態が良く綺麗でした。
「うん、どれもこれも良い写真ばっかりだ」
とご主人は嬉しそうでした。
歴代の持ち主達の顔写真が何枚かと、その人たちが撮った風景や、家族、友人の写真もありました。
「古いものが多くて、全員分の写真は集められなかったんだ。昨日の今日じゃあ難しいところもあって……」
とご主人は申し訳なさそうに俯きます。感情が素直に出る人だな、とワタシは少し可笑しくなりました。
「いいんですよ」
「いやでも……」
「いいんです」
だってワタシは、写真の向こう側にいる人達と再会する方法を知ったのだから。写真が切り取った瞬間の永遠の、果てしない価値を知ることができたのだから。
「ワタシ、これですっかり満足できました。写真館で、この体をマリコさんにお返しします」
そういえば、朝になってからユリエさんの姿を見ません。
「ユリエさんにも、よろしくお伝えください」
「分かりました。では、またいつか」
ご主人とお別れして、ワタシは写真館へ向かいます。
写真館へ歩きながら、何枚か写真を撮りました。『中古ショップ・ツクモ』の出入り口、神社へ向かう参道の交差点、伐採された街路樹の切り株など。ワタシが見た美しい世界を、自由に写真が撮れるうちに切り取っておきたかったのです。
……最後になりますが、長い時間体をお借りすることになってしまって、申し訳ありませんでした。今、ワタシは写真館の前でこの手紙を書いています。
手紙を書き終えたら、ただのカメラに戻ります。気が向いたら、マリエさんの写真を見せていただけると、とても嬉しいです。
草々不一
長い長い手紙だった。私がこの手紙を読み終えるまで、夫は黙ってコーヒーを飲んでいた。
「そういえば、ゆりえは元気だった?」
「明日また来るって言ってたよ」
「そっか」
自分以外に体を奪われて、勝手に操縦されていたという出来事を実感できなかったのは残念だが、こうして手紙として残してもらえると何が起きていたか分かりやすくて良い。次以降、何かに乗っ取られるようなことがあったら手紙で状況を残してもらうことにしようかな、と私は勝手にルールを決めたのだった。
翌日、私は再び写真館に向かった。現像された写真を受け取って外に出ると、ゆりえが写真館の前で待っていた。
「お、ひさしぶり」
「あたしは久しぶりじゃない」
ゆりえは私と夫の一人娘で、私の父の才能を隔世遺伝で受け継いでいる。高校を卒業してから私の実家でなにやら修行をしてから、フリーの霊媒師として全国を飛び回っているらしい。が、具体的なことは何も教えてくれないし、こうして連絡もなく不意に帰ってくる。
「一緒に帰ろっか」
「うん」
彼女が小さい頃は、こうして並んで歩いたものだ。
「髪伸びたね」
「うん」
「今日は何食べたい? せっかくだし、久しぶりに料理しようかな」
「……お父さんが作ったご飯が食べたい」
「えーっ、なんでよ」
家に着くと、食卓の上に艶のある木枠の写真立てが置いてあった。どうやら夫が用意したものらしい。
現像された写真から一枚選んで飾ってみると、夫と娘はとても嬉しそうにしている。2人が飾って欲しい写真は間違っていなかったようだ。
写真の中では、私と夫と娘が、少し緊張した面持ちで並んでいる。カメラに緊張する一見微笑ましい家族写真だが、この写真の私は私じゃない。
「せっかく素敵な写真なのに……」
私は何度も手紙を読み返しながら、悔しさを噛みしめた。そして、これよりももっと素敵な写真を撮ってみせるぞ! とカメラに向かって決意表明をするのだった。
キッチンからカレーの匂いがしてくる。外はすっかり晴れて、暖かい日差しがカーテンの形に影を作っている。




