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6話 フリーマーケット③ 手紙

フリーマーケット ③手紙

元来、記憶というものは曖昧で。人間は忘れる生き物であることを忘れてはならない。

しかし丸1日分の記憶を失ってしまった時は、なんらかの事故か、病気を疑った方が良い。そのどちらでもない場合は何者かに意識を乗っ取られていることも視野に入れた方が良いだろう。

私の場合は、最後の選択肢を視野に入れる必要がありそうだ。


マリコさんへ

突然のお手紙失礼致します。こんなことが起きるなんて。ワタシ自身も全く信じられないことなのです。きっとこれは、あのカメラが原因なのでしょうね。

気がつくとワタシはあのソファに座っていて、窓に写っているのは知らない人……貴女の顔でした。ワタシ混乱してしまって……思わずあの写真館から飛び出したんです。

外に出てみたら、知っているようで知らない景色が広がっていました。八百屋さんはギラギラした看板の知らないお店になっていましたし、お肉屋さんは自転車屋さんになっていました。

夢でもみているような気持ちで彷徨っているうちに、倉庫のような趣の建物に導かれるように辿り着きました。そこは使い古しの物を売り買いできるお店のようで『中古品ショップ・ツクモ』と看板を掲げていました。なんとなく入りづらくて入り口のところでマゴマゴしていたら、若いお嬢さんに声をかけられたんです。


「お母さんの体で何をしてるの」

「え?」

膝の破れたジーンズをスラっと履いて、サングラスがよく似合うお嬢さん。肩に掛かるくらいの髪はよく手入れされていて、見惚れるほど艶がありました。

「私のお母さんの体をどこに持っていくつもりか、聞いてるんだけど」

「あなた、このひとのお嬢さんなのね。ごめんなさい。まだワタシにもよくわからなくて」

「わからない? ……なるほど」

ワタシの持つカメラを見て、彼女は何かに納得したようでした。

「こうなった事情はまだよく分からないけど、あなたが悪意を持っていない事はわかったわ。ここはあまり良くない場所だから、離れた方がいい」

彼女はワタシの手を引いて、どこかに向かって歩き始めました。ワタシはおぼろげな記憶を辿るような気持ちで、彼女について行きました。


彼女に連れられてついたのは、小さなアンティークショップでした。

先ほど訪れた『中古品ショップ』とは違って、落ち着いた雰囲気のお店でした。

陳列された高級そうな壺や巻物、彫刻や家具には几帳面な字で一つ一つ値段がつけられており、天井まであろうかという高い棚には、一面に古書が詰め込んでありました。

まさにアンティークショップといった感じで、壁一面に大小さまざまな時計が掛けてありました。時計は、どれも同じ夜7時を指しています。

「お父さーん、探し物があるんだけど!」

お嬢さんが店の奥に向かって声をかけると、奥から眼鏡をかけた背の高い男性が、ひょっこりと顔を出しました。

黒縁の眼鏡がよく似合っていて、カーキ色のセーターはとても暖かそうでした。

店主さんはワタシの顔を見て、少し意外そうな顔をしました。

「マリコさんがうちの店に来るなんて珍しいね。うちの品物は興味が引かれないなんていって、いつもはきてくれないじゃない」と、店主の男性が微笑みます。この体の持ち主が『マリコさん』だということが、この時初めてわかりました。

「ごめんなさい。ワタシ、今はマリコさんの体をお借りしていて」

ワタシが正直に答えると、店主さんは納得したような顔をして頷きました。

「なるほど、ユリエの探し物はこれ関連か」

「ユリエ?」

「ああ、言い忘れていましたね。ユリエは、僕とマリコさんの娘なんですよ」

お嬢さんのお名前が『ユリエさん』であることも、この時初めて知りました。


店主さん、いや、マリコさんのご主人に案内されて向かった店の奥にはシンプルな丸いテーブルが置かれていました。

テーブルの上はぽっかりと片付いていて、凪のようでした。

「ここはお客さんとの商談をしたり、急な来客の時にお茶を出すために開けてありましてね」

どこからか出てきた紅茶からは、とても良い香りがしました。凪のテーブルの上に、船が走るようにカップが3つ並びます。

「まずは状況の整理をしましょうか。あと、貴女自身のお話も聞きたいですね」


ワタシは話しました。マリコさんが写真館でカメラのシャッターを切った瞬間から、ワタシがこの体をお借りしていること。ワタシ自身もどうしてこうなったか分からないこと。『中古品ショップ』の前でユリエさんと出会い、ここに連れてこられたこと。

「あなたは、何者なの?」

ユリエさんの率直な質問に、ワタシは言葉を詰まらせました。ワタシは、ワタシ自身のことを何も知らなかったのです。

「……わかりません。ワタシ、何もわかりません」

「何かやらなければいけないとか、どこかに行かなければとか。そういう強い目的意識みたいなものはある? おぼろげでもいいから、思い出みたいなものとか」

ユリエさんに質問されて、ワタシは今一度自分の中を見つめます。

「……どこか、色々なところを、誰かと一緒に旅したような気がします。その誰かは、いつも素敵な景色や美しいものをワタシに見せてくれて。ワタシ幸せだったんです」

昔のことを思い返してみると、ある光景が浮かんできました。四畳半ほどしかない作業所。小さな工場で、ワタシは生まれました。

四畳半ほどの狭い空間から始まって、ワタシは転々と居場所を変えながら、転々と主人を変えながら旅をしてきました。どの主人も、壮大な景色や旅先の光景は見ても、自身のことには無頓着で。

「ワタシ、自分の主人の顔が見たかった。ワタシを色んな場所に連れて行ってくれる、ワタシの持ち主達の顔が見たかったんです。マリエさんが鏡を使って顔を写してくれて、ワタシ嬉しかった。そして……ずっと溜め込んでいた、この気持ちが溢れてしまった」

「そっか。やっぱりあなたは、カメラの精なんだ」

ユリエさんは、納得が行ったように頷きました。そして、いい? とワタシの顔を覗き込みます。

「未練を残した霊や精というものは、その未練を晴らしてあげれば成仏したり、落ち着くのが大抵なの。あなたの場合は、自分自身の持ち主を見てみたい、という未練があるわけで。その持ち主さん達の写真が残っていれば簡単なんだけど……」

「そうだね。問題はカメラさんが1950年代の生まれだということだね」

ワタシとユリエさんの会話に、ご主人が参加します。

「ここ最近のカメラであれば、カメラに残ったログや製造コードから、ある程度は持ち主を絞ることが可能だ。でも、カメラさんは1950年代の、しかも製造数の少ないオリカワ工業の生まれだ。ここに辿り着くまでの50年間の持ち主の写真を全員分入手するなんて、普通は不可能だ」

「『普通は』ね……」

と小声でユリエさんが呟いたのに気づいたのは、ワタシだけのようでした。

「僕は幸い古物の流通に少し関わっているし、交友関係はそれなりに広いつもりだ。僕ができるだけのことをするから、君たちにはしばらく待っていて欲しいんだ」

それからご主人は、電話をかけたり、手元の機械(スマホと言うらしい)を操作しては手帳に何かを書き留めたりし始めました。

店に訪れた人と世間話をしたり、隣の店主から売れ残ったパンをもらったり。何をしているかは分かりませんが、電話口の内容から察すると、次々と持ち主を見つけているようでした。

「すごいでしょ」

ユリエさんは、頬杖をついてご主人の働きを眺めています。

「うちのお父さんに見つけられないものはないよ。お父さんのモノ探しは、異能の域にあると言ってもいい」

「すごい……」

「すごいんだってば。本人は自覚してないけどね」

ご主人の作業は、夜中まで続きました。

「明日の朝には、歴代の持ち主の写真が集まるみたい。古い時代の写真はデータになってないから集めづらいね。いやぁ、運良く手に入りそうでよかったよ。ただね」

ご主人は、冷めた紅茶をちびちび飲みながら俯きます。

「このカメラの最後の持ち主の写真だけは、見つけられなかったんだ申し訳ない」

「いえいえそんな! ワタシこそこんなわがままに付き合ってもらって十分満足ですよ!」

ユリエさんが、サングラスの奥の瞳を光らせて

「満足してないでしょ」

と鋭く指摘します。

「本当に満足していたら、あなたはお母さんの体から抜けているはず。やはり写真を全て揃える必要があるんだ」

「確かに……」

ユリエさんの言うことはいつも正しい気がします。

ワタシは一体何が不満なのかな……とカバンの中のカメラを出そうとして、ワタシは写真館の封筒を見つけました。

写真館の封筒に入っているものといえば、まず間違いなく写真でしょう。ワタシ達は、固唾を飲んで封筒の中身を取り出しました。暗い窓に、ワタシ達3人が写っています。

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