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5話 フリーマーケット② 古いフィルム

 フリーマーケットで譲り受けたカメラを夫に見せると、夫は腰を抜かして驚いた。

「これは……1950年代の二眼レフカメラ黎明期に製造されたとても古いカメラだ」

「へぇー貴重なカメラなんだ」

「貴重なんてもんじゃない」

 夫は世界で1番愚かな生き物を見る目つきで私を見た。

「1950年代といえば四畳半カメラと言って、得体の知れない小さなメーカーが乱立して、質の低いカメラがたくさん作られた時代なんだ。その四畳半カメラの中でも伝説と言われるオリカワ工業の二眼レフ! それがこのカメラなんだよ」

 珍しく興奮する夫を見て、これは相当珍しいカメラなのだと分かった。

 よくよく探ってみると、確かに底面に『オリカワコウギョウ』と刻印がしてあった。

「そんなに珍しいなら価値がわかってる人が使えば?」

 と夫にカメラを渡そうとすると

「いや、価値があるものだということをわかって欲しかったんだ。くれぐれも! 丁寧に大切に丁重に扱ってくれ」

 と私に言った。

「ちなみに売ったらいくらぐらい?」

 と問うと、夫はしばらく考えて

「値段をつけられるようなものではない」

 と答えた。


 写真の現像というのは、思ったよりもすぐにできてしまうようで。フィルムを渡した翌日の朝には、すでに現像は終わっていた。

「現像自体は1時間くらいで終わったんだ。でもお店を閉めるギリギリだったから今日受け取りに来て貰ったんだ朝から悪いね」

「いえ、散歩のついでに来たので大丈夫です」

 それで、と私は店主に向き直る。

「あのフィルムには何が写っていたんですか」

「それは見てのお楽しみだよ」

 店主に促されるままに、窓際のソファに座った。写真館が栄えていた頃は、このソファで写真を撮る順番待ちをしていたのだろう。と私は夢想する。

 ソファに備え付けられた小さなテーブルの上で、渡された写真を確認することにした。

「僕は奥で作業してるから。帰る時は一応声かけてね」

 そう言い残して店主は店の奥に引っ込んだ。


 さて、写真である。

 鳥居、ひつじ雲、枯れた花を挿した牛乳瓶、雑草、蝶、階段、路面電車、濡れた道路、ハイヒール……他愛のない風景や静物のほかには、おそらく前の持ち主の子供だろうか。小さな女の子がアイスクリームを食べる様子や、滑り台の上に立つ姿、女の子と母親がベンチで居眠りをする姿などが残っていた。

 どの写真もどこか暖かく、微笑ましい。知らない誰かの知らない日常を垣間見るようで、私はなんだかくすぐったい気持ちになった。

 窓に、ニヤニヤ笑う自分の顔が写っている。このカメラがもし誰かの手に渡って、私のフィルムが残っていたら、その誰かはフィルムを現像するのだろうか。それともカメラの希少性に目が眩んで、裏蓋すら開けないのだろうか。そんなことを思いながら、私はガラスに写った自分の顔にカメラを向けて、シャッターを切った。





 36枚というのは、カメラに装填するフィルムの標準的な撮影可能枚数である。

 多少値引きが効いたとしても、1800円で36枚となれば、1シャッターで50円も掛かることになる。スマホでいくらでも写真を撮り放題な昨今、これはなかなか高価な趣味を始めてしまった。と私は少し後悔した。

 その貴重な36枚。私が想定していたよりもだいぶ早く消費してしまった。目についたものをどんどん撮影してしまったからだろうか。

 少しだけ後悔しながらフィルムを巻き上げて、写真館に現像してもらいに行った。

「この間はどうして帰る時に声かけてくれなかったの」

 店主は怒るでもなく私の顔を見る。

「あれ? 私帰る時に声をかけて……」

 そういえば昨日古いフィルムを現像して貰った写真を受け取ってから、今日までの記憶が曖昧だ。

「声かけてなかったかも。すみません」

「別にいいんだけどね」

 見た目通りおおらかな人で良かったな、と私は店主の下っ腹を見て思った。


 家に帰ると、夫がリビングで本を読んでいた。

「おかえり」

 どうやら私のことを待ち受けていたようだ。

「どうしたの? 改まって」

「いや、安心するなぁ。と思って」

 夫は、私のことを頭から足元までじっくりと見直して、頷いた。

「いやぁ安心するなぁ」

「さっぱりわからないんだけど」

 夫は困惑する私を見て、ポンと膝を打った。

「確かに色々説明しないとわからないこともたくさんあるだろう。でもまずはこの手紙を読んで欲しいんだ」

 夫が差し出した空色の封筒には、『マリコさんへ』と書かれている。私宛の手紙らしい。封筒に封はされていなかった。

『マリコさんへ

 突然のお手紙失礼致します。こんなことが起きるなんて。ワタシ自身も全く信じられないことなのです。きっとこれは、あのカメラが原因なのでしょうね』

 私はすっかり忘れていた。あのカメラを譲ってくれたのが、人ならざる者だったことを。そしてカメラから感じていた、強い力のことを。

「コーヒーでも淹れようか。昨日の事を話すには、少し時間が掛かりそうだから」

 風が窓に吹き付けて、もがりぶえが鳴っている。そろそろ冬の時分である。

次回からは隔日投稿になります。

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