4話 フリーマーケット① 二眼レフカメラと白黒ダルマ
私の住む街には観光名所に挙げられるくらい立派な神社があって、そこでは年に2回フリーマーケットが開催されている。フリーマーケットが開催されるに至った明確な始点はわからないが、少なくとも40年ほど前には年に2回の開催が定例化されていたようだ。
フリーマーケット。どこから来たかわからない人達が、どこから見つけてきたかわからない品物を売買する魅惑のイベント。普段のフィールドワークとは少々毛色の異なる品物に出会えることと、イベントのえも言えない高揚感に浸るのが好きで、私はこのイベントにかれこれ4年ほど参加している。
今年のフリーマーケットは、例年通り秋の深まる頃に行われた。銀杏の紅葉する時期ともなればすでに肌寒く、長袖にセーターを重ねている人もちらほらと見てとれた。いつもは閑散とした境内に、無秩序に並んだ小売り達が好き勝手に品物を売りつけている所をみると、胸の奥から湧き立つようなものを感じる。
立派な茶碗と子供が遊び終えて使わなくなったぬいぐるみ、ギターのピックや文庫本、株分けされて間もない多肉植物の苗が同じ店で同じように扱われているのはこの空間特有のものだ。
浮き足立って品物を見て回っていると
「もし、そこのお方、見ていかんかね」
と呼び止められた。振り返ると、そこにはギンガムチェックの布を頭から被った小柄な老婆が座っていた。赤黒模様の下の顔は、不思議と隠れていて判別できない。判別できない顔の中で、異様に高い鼻だけが印象に残った。
「そう、今振り返った貴女、貴女です」
老婆は、しゃがれた声で私を自分の商店へ招き入れた。
老婆の前に広げられたゴザには、艶のある古びた箱が3つと片目の入った白黒のだるま、レンズが縦に並んだ古いカメラ、二股に枝分かれしたサボテンが置かれている。何やら呪符の貼り付けられた招き猫は見ないことにした。
「へぇ、雰囲気ありますね」
としゃがんで老婆と視線を合わせようとした時、この老婆が人間ではないことに気がついた。ついこの間の経験から、念の為に目を合わせないように品物に目線を落として、この品物達もただのレトロな小物ではないと気がつく。
しゃがんで近づいたことで、品物の気配をより強く感じる。ここにある品は、どれもなにやら強い力を持っているのは分かったが、箱以外は買って帰っても問題なさそうだった。あの三つの箱は触れても、ましてや開けてもいけないことだけは確かだ。
「じゃあ、これとこれください」
私はだるまとカメラを指差した。人ならざる者が売り出す、尋常ならざる品物。この二つであれば、おそらく大きく悪さはしないだろう。万が一碌でもないものだったら、すぐにいつもの中古ショップへ売ってしまおう。私はそう考えながら財布を出した。
「実はあたくし、貴女の娘さんに大いにお世話になりましてね、なのでお代は結構です。娘さんによろしくお伝えくださいな……」
「うちの娘が何を……?」
ふと我に帰ると、老婆の商店は姿を消しており、フリーマーケットの終了を告げるアナウンスが響いていた。会場のざわめきに包まれて、こんなにも辺りがうるさかったのかと気がつく。
私の前には、市松模様の風呂敷で丁寧に包まれた品物が二つ、ぽつりと残されていた。
銀杏の匂いをたっぷり嗅ぎながら、私は風呂敷を両手に一つずつ持って、ぶらぶらと家に帰った。
家に帰る道すがら、駅前の写真館でカメラのフィルムを買った。一巻き36枚撮りで1800円も払ったが、下っ腹が出た写真館の店主曰く、これでもネットで買うよりはいくらか安いのだそうだ。
カメラの裏蓋を開けると、すでに古いフィルムが中に入っている。
「お、これ撮り切ってあるね。現像してあげようか」
店主は少し嬉しそうだった。
「古いカメラに入ってるフィルムなんて、何が写ってるかワクワクするじゃないか」
私は、元の持ち主であろう顔の見えない老婆の姿を思い出しながら、
「確かにそうですね」
と答えた。
ともあれ、私は今時分珍しいフィルムカメラを手に入れた。店主が言うには、私が貰った縦長のカメラは、二眼レフカメラと言うらしい。店主にレクチャーを受けて、私は道ゆく人の後ろ姿や、写真館の前に生えている雑草にむけてシャッターを切った。
「フィルムカメラを扱うのは初めて?」
「私が学生の時代は、まだフィルムカメラは現役でした」
「そっか。そうだよね」
店主は、フィルムカメラ全盛の時代に思いを馳せたのか、目元を綻ばせて私のカメラを眺めた。
写真を撮りながら帰路につき、家に着いた私は、ひとまず白黒のだるまを夫の書斎に飾った。まるで何年もそこにいたかのように、当然のような顔をしてだるまはそこに鎮座した。
「お前はどこから、何のために来たんだい」
だるまのデコをとんと押すと、だるまは、からりと音を立てて姿勢を直した。




