3話 中古品ショップ③ エレキマンドリン
「実はどうしても買っておきたいものがあるんだ」
我が家の家計は、基本的に私が管理している。そのため夫は欲しいものがあると、上のように真剣に私に頼みにくる。夫はどういうわけかプレゼンテーションに長けていて、私は大抵説き伏せられてよくわからないものを買わされてしまうのが常であった。
さて、本題。私がよく訪れる中古ショップは、大変幅の広い品揃えが売りである。古着、雑貨はもちろん食器や家具、電化製品、パソコン、ゲーム機に楽器。よくわからない彫刻や絵も扱っている。
「店長の方針で、基本的に売りにきたものは断らないことになってるんスよ」
とバイトの中村くんは言っていた。
話は変わるがマンドリンという楽器をご存知だろうか。
無花果を縦に割ったようなボディにギターのネックを繋いだような形をした弦楽器であり、ピックを用いて演奏する。
古代ペルシャに端を発するバルバットという弦楽器が源流で、シルクロードを経てリュートという楽器に変化し、そこからさらに中世ヨーロッパ文化の薫陶を受けて生まれたのがマンドリンである。
ちなみにシルクロードから中国に到達し、さらに東へ移ろったものが、我らが恵比寿様の抱える琵琶である。
私はマンドリンが生まれるまでの歴史に思いを馳せ、西方生まれの陽気な楽器が東の果ての島国の、場末の中古ショップに流れ着くまでの歴史を考えて感嘆のため息をついた。
「わかるかい中村くん。物には生まれるまでの歴史と、自分の目の前に辿り着くまでの歴史もあるんだよ」
「はあ」
私の戯言を、中村くんは気の抜けた返事ひとつで受け流す。
「問題はこれがただのマンドリンじゃないってことだ」
私と中村くんは、壁に掛けられたマンドリン……いや、エレキマンドリンを眺めている。
エレキギターというものがあり、エレキベースギターがあるのならば、エレキウクレレがあっても不思議ではない。さらに言えば、エレキマンドリンがあっても何ら不思議ではないのだ。
「弦楽器の宿命ってやつですかね」
中村くんがぼやく。
「人間、弦楽器をみるとエレキに改造したくなってしまう本能を持ってるんス。うちの実家は和琴の教室をしてるんスけど、うちに習いにくる人のお琴は8割くらいエレキっスよ」
「人間にはまだ未知の本能があるんだなぁ」
エレキマンドリンには『ノイズ、動作不良あり。返品不可特価48000円』とメモが貼られている。
中村くんはエレキマンドリンを手に取るとネックについたつまみをちょいちょいと捻り、
「あ、これだめっス。ペグが折れちゃってるから使い物にならない」
とつぶやいた。
「ペグが折れてると何でダメなの?」
「チューニング……音を調整できないから、ちゃんと演奏できないんスよ。修理しないと使い物にならない」
使い物にならない楽器の末路は、この店の肥やしとして永遠に店番を続けるか、廃棄されるかしかない。
そこはかとなく湧いてきたこの楽器に対する愛着を捨て去ることはできないが、残念ながら演奏は私の管轄外であった。
「本当に残念」
後ろ髪を大いに引かれながら帰路につき、床へ入ってからもエレキマンドリンのことが頭から離れなかった。
3日後、中古ショップを訪れた私の手にはマンドリンの教本と音楽教室の申し込み用紙が握られていた。寝ても覚めても、どうしてもエレキマンドリンのことが頭から離れなかったのだ。いっそのこと演奏をマスターしてやろうと心に決めて、夫を説得して準備をしてから迎えにきたのだ。
「ああ、アレならつい昨日売れました」
あっさりと中村くんに告げられて、私はあまりのショックでその場に座り込んだ。
「あのマンドリン、ペグの故障が分かってすぐに値段を大幅に下げたんス。そしたら売れたんですよね」
「そっか……」
故障を直してでも使いたかった人がいたのだろう。
肩を落として店を去ろうとした時、通路の突き当たりに弦の切れた琵琶が吊るされているのが見えた。私は西方の楽器に用があるのであって、東方の楽器には用がないのだ。
中古ショップの商品は一期一会なのだということを思い出して、私は帰路についた。
私の手元には使い道が宙に浮いた48000円とマンドリン教本だけが残った。
さらに次の日、我が家の玄関横に私の胸くらいの背丈を持つ、立派な信楽焼の狸がやってきた。
夫によく似た表情で笑う狸は、大切そうに琵琶を抱いていた。
狸の持つ琵琶をそっと撫でると、どこかに行ってしまったマンドリンの音が聞こえた気がした。




