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1話 中古品ショップ① 茶碗

 手元の辞書によれば「中古品」とは『使用してやや古くなった品物』のことを言うらしい。肌感覚で言うと、それに加えて『誰か他人が使った後の品物』というような意味もあると私は考える。

 中古品には、私の知らないところで生まれて知らない人と知らない時間を過ごした歴史がある。特に、第六感に働きかけてくるような品物には色濃い歴史が付随していることが多い。

 さて、中古ショップである。通年開いており、ほどほどに商品が入れ替わり、そして商品の種類が幅広い。私がフィールドワークの場とするには大変ちょうど良い場所であるのだ。そのため、私は買い物の後に中古ショップに寄って帰ることを習慣としている。


 あれは先週の火曜日のことだった。いつものように仕事帰りに中古ショップに行くと、年季の入った茶碗がどっしりと棚に鎮座していた。厚みのある焦茶色の生地を透かすように無色の釉薬が塗してある。その顔立ちから工場で作られたような無機質さは感じないことから、陶芸の末に手焼きされた一点ものであろうことが窺えた。形を成してからそれなりに時間を経ている様子だが、中古品特有の使い込まれた感じは無く、どこか小綺麗さすら感じた。

「ああ、それっスか。その茶碗、また戻ってきたんスね」

 アルバイトの中村くんが声をかけてきた。私があまりに頻繁に店に通うものだから、彼とはすっかり顔馴染みになってしまった。

「戻ってきた、と言うと?」

「その茶碗、状態は綺麗だし形も良いからすぐに売れるんスけど、何故かすぐに返品されて戻ってくるんスよ。基本、ウチの店は返品不可なはずなのに、何故か店長は『かまわない』って言うし」

「へぇー、どうして返品しにきたか知ってる?」

「毎回店長にお願いしちゃってるからわかんないっス」

 店長は今日は不在だった。

 確かに茶碗には「何か」が憑いている。しかし、何度も返品されるような「わるいもの」ではなさそうである。

 試しに茶碗を手に持ってみたが、それ以上のことは何も分からなかった。

「じゃあ、私も買ってみます」

 中古の茶碗、一個880円ナリ。無銘の器にしては少々値が張った。

 持ち帰って食卓の上に置いてみると、なるほどそれなりの風格を持っている。残念ながら、私は器の良し悪しを判別する審美眼を持ち合わせていない。それでもこの茶碗は客観的にみて良い品物であることがわかった。

 食卓の上の器を眺めながらウンウンと唸っていると、夫が帰宅してきた。

「あれ、またお皿買ったの」

「そう。なかなか立派でしょ」

 夫は小さなアンティークショップを経営しており、その稼ぎは雀の涙である。私が未だ仕事をしているのは夫の家業が振るわないから、と言う部分が大きい。

「確かにこれは良い器だ」

 そう言いながら夫は器の縁に触れたり、ひっくり返して底の刻印を確かめたりした。

「これは珍しい。備前の焼き物だが釉薬が乗っている。通常、備前焼というものは釉薬を使わないんだよ。どこかの工房が、練習か実験で焼いたものだろうね。ただ、底面の刻印には見覚えがないな」

 頷きながら器を撫でる夫を見て、その知識に舌を巻くと同時に謎を増やしてどうする。と思った。

 だが、メガネの奥で嬉しそうに細まる目を見ると、文句も言えなかった。


 茶碗の正体がわからないまま使うのも気味が悪いので、夕食は普段使いの茶碗で摂った。夫は備前の茶碗を気に入った様子で、食事中も遠くに置いたそれを見てはニコニコした。

「あれに炊き立てのご飯を盛り付けたら大層引き立つだろうね」

 と何故か嬉しそうだった。

 翌日そのようにしてやると、夫は子供のように喜び、そして私の茶碗を見て落胆した。

「せっかく僕が良い茶碗を使っているのに、君がそんな茶碗を使っているのを見ると可哀想になる」

 確かに私の使っている茶碗は、10年ほど前にホームセンターのセールで買った安物である。しかし、使い続けてまあまあ愛着もあるし、なんならこれは昨日夫が使っていた茶碗である。

「君にはもっとふさわしい茶碗があるはずなのに……」

 ショボショボと漬物を食べている夫を哀れに思いながら、おそらくこれが茶碗が返品された理由なのだと察した。

 夫が見せる茶碗に対する唐突で異様なこだわり。返品した人たちは、同居人のこれに耐えられなかったのだろう。

 食事を終えると、夫は茶碗への執着を無くしていつもの調子に戻っている。茶碗からは相変わらず、わるいのものの気配はない。

 夫の変貌は面白かったが、食事のたびに茶碗の話をされるのも続けば気が滅入るだろう。

 ここで私は不思議に思った。この茶碗は、何のために人の手を渡り歩いているのだろうか。幾ら考えても答えが出ず、私はモヤモヤした気持ちを胸に床についた。


 その晩、夢を見た。

「あんな薄くて小さい茶碗を持たせるのは可哀想だ……おれの焼いた碗を持たせてやらないと。おそのさん……」

 闇の中で、かまくら型の窯だけが煌々と燃えていた。窯の火を抱くようにして、汚い布切れを纏った男が座っている。男の顔は薄く暗くてはっきりとは見えなかったが、煤けた手のひらに染みついた薪の匂いを、なぜか私は知っていた。

 男の背中は、せつないほど狭かった。


 次の日の朝、夫に夢で見た男の話をした。

「ああ、茶碗の底に刻んであったのは『おその』と言う女性の名前だったのか。そんな名前の窯元は聞いたことがなかったから少し納得したよ」

「というと?」

「やっぱりこの茶碗」

 と言って夫は手元の茶碗を撫ぜる。

「この茶碗は、職人が個人的に使うために焼いたものだったんだね。それにこの茶碗、普通の茶碗にしては少し大きめだと思っていたんだよ」

 立派な茶碗だと思ってはいたが、言われてみれば、なるほど。通常の茶碗よりもやや大きい。

「つまりこれは夫婦茶碗の片方だと言うことだ」

「いかにも」

 夫は私の解答に首肯して、嬉しそうに笑った。


 後日、夫がどこからか私用の茶碗を買ってきた。

 その茶碗は、やや小ぶりで焦茶色の地に無色透明の釉薬が乗っていた。茶碗の底面には「いさお」と刻まれていた。

 それっきり、例の茶碗が中古品売り場に並ぶことは二度となかった。

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