10話 お宮参り
諸々の理由で趣味に取り組めなくなった時、人はどのようにして気を紛らすのだろうか。良い方法をご存知の方がいたら、ぜひご教授いただきたい。退屈を誤魔化す方法はいくつあっても良いからだ。
ちなみに私は家中を掃除することで、気分転換と家事を両立することにしている。それでも気分が晴れない時は、自転車を力一杯こぐことにしている。
私の家は猫の額のような土地になるべく大きく造った戸建てである。狭い家だが、全体を掃除するとなるとそれなりに時間と気力、体力が必要だ。時間はともかく、気力は趣味がないと補充できない。困った。これではウロボロスである。
私は、自転車に跨って街をあてもなく走った。いつもの中古品ショップは念の為近寄らず、中村くんがだるそうに店の前を掃いているのを遠目に眺めた。昨日、娘と行ったリサイクルショップに行ってみたが定休日で開いていなかった。
私はふと思い出した。そういえば、この神社にちゃんとお参りに来たことは無かったな。自転車を道路脇に停め、私は神社の境内へと足を向けた。
神社という空間は、どことなく厳かで、背筋を伸ばしたくなる何かがある。私は、砂利をふみふみ境内の奥に進んでいく。本殿に向かう経路の途中で、見覚えのある赤黒のギンガムチェックをまとった老婆を見つけた。
「お久しぶりですな。あの時会ってからもう一月以上経ちますか」
相変わらず、顔はよく見えない。
「あ、お久しぶりです」
私の歩調に合わせて、老婆が並ぶ。
「娘さんとは会えましたか」
「ええ、フラッと帰って来ましたよ。でもまたすぐにどこかへ行ってしまうんでしょうね。そういう子なんです」
「そうですか」
私は、老婆から足音がしないことに気づいた。境内は砂利が敷き詰められている。どれだけ静かに歩いても、足音がしないはずはなかった。私の足音と林のざわめきだけが、嫌に響いた。
「今日はどうしてここに?」
「この神社の催し物……フリーマーケットには毎年参加してますけど、ちゃんとお参りしたことがなかったなって思いまして」
「良い心がけですね」
心なしか、老婆が笑った気がした。
「あたくしが差し上げた品物達は気に入ってくれましたか」
「ええ。あのカメラなんて特に」
「あの子はずっと強い未練を抱えていましたからね。あたくし、貴女を選んでよかったわ。これからもあの子をよろしくね」
それから、私達は他愛のない会話をしながらしばらく歩いた。
「そういえば、この神社って、何を祀っている神社なんですか」
「そんなことも知らなかったのですか……」
老婆は軽くため息を吐いた。
「この世の物の全てには神が宿っている。木、水、火、山……ありとあらゆる存在共に神が存在するのです」
「八百万の神ってやつですね」
「そうです。つまり人間達が生み出し、生活を共にしている道具や建物、乗り物にも神が宿ります。まあ、彼らの場合は神というよりも物の怪と呼ぶ方が正しいかもしれません」
私は、先日老婆から貰い受けたカメラの精のことを思い浮かべた。
「九十九神ってやつですね」
「そうです。話が少し遠回りしましたが、この神社は八百万の中でも、人が生み出した神。九十九神を祀るところなんですよ」
「道具と、それに宿るものの神様ってことですか」
「その通りです。この神社に祀られている御神体も、元はなんて事のない道具だったのです。長い長い、それは長い時間を人と過ごして。人に大切にしてもらった。人は古くて美しいものが好きですが、それを差し引いても大切にされている事はちゃんと伝わってるんですよ」
「御神体の事をよく知ってるんですね」
「ええ。とてもよく」
老婆は、少女のように笑った。他者からの愛され方も、愛し方も知っているものの笑い方だった。
しばらく歩いて、いくらなんでも本殿までが遠すぎる。と気づいた。それなりに立派な神社とはいえ、こんなにずっと歩いて、本殿に辿り着けないほど広い境内ではない。
「あら、もう気がついたの。流石ですね」
私が気づいたことに気づき、老婆はまた笑った。
「大丈夫。そろそろ着きますよ」
もうしばらく歩いて本殿に着いたとき、私の隣には誰もいなかった。香木のような香りだけがそこには残っていた。その香りも、木々のざわめきと共に薄れて消えた。
私は手水場で手と口を清めた。荘厳な社殿に手を合わせてから、私は再び自転車を漕いで家に帰った。あんなに長く歩き、長く話をしたのに時間はほとんど経っていなかった。
冬本番の寒さが、私の額を冷たく冷やしている。この冷たさにどうやって立ち向かえば良いか分からなくて、私は何度も額を手のひらで擦った。




