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9話 呪物ショップ② マトリョーシカ

 喫茶店とは不思議な空間である。家と同じようにコーヒーを嗜み、ゆっくりしようかな。と思うと既に予定の時間になってしまっている。喫茶店でくつろいでしまったら最後、浦島太郎のように時間に置いて行かれるのかもしれない。

 浦島太郎にならずに済んだ私は、娘と一緒にリサイクルショップへ歩いた。お店自体はどこにでもある小さな古物屋といった風貌であり、特筆すべき点はない。強いて言えば軒先に吊るされたカビの生えたすだれから、弱々しい何かを感じる程度である。

「人避けの帳だね。ずいぶん古くなって弱まってる」

「そんなのあるんだ」

 私達は、ガラスの引き戸を開けて中へ入った。

 店は外から見た印象よりもだいぶ広かった。古く、一般人からの需要はあまりなさそうなものが整然と並んでいる。品物の乏しさが、より空間を持て余しているような寂しい印象を与える。

「あぁ、よくいらっしゃいました」

 小柄な老紳士が、店の奥から杖をついて出てくる。身につけているスーツは、型は古いが仕立ては良かった。声は小さいが、静まり返った店内ではよく響く。

「お話をする前に、お二人とも色々見て回ってみてください」

 老人に促されるまま、私達は店内を見て回った。

 黒いシミのついた絨毯、お札が貼られたラーメン屋の看板、右腕のない日本人形、錆びた鋏……どれも見た目はそれらしいが、私の感覚に響いてくるようなものは一つもなかった。

「なんだか……言葉を選ばずに言えば寂しいお店ですね」

 ゆりえは小さい頃から言葉をあまり選ばないタチだった。

「いやぁ、お恥ずかしい話ですが、わたしは2代目でして。父はそういった勘に優れていたようですが、わたしには全くそんな勘は無くてですね」

「それでよくこの店を続けてこれましたね」

「評判だけで続けてきました。類は友を呼ぶと言いますか。ここに置かれていたモノ達が次々とそういったモノを呼び寄せて、何もしなくても集まっては売れていっていたのです」

「そういうものなんですか」

「まぁ、何よりもお隣の神社のおこぼれに預かっていた。というのが正しい話なのかもしれません」

 私はゆりえと店主の話を聞きながら、引き続き品物を物色して回った。古い品物は多いが、期待していたようなものはやはり見当たらない。

「ここ数年は神社の参拝者もめっきり減って、神社に持ち込まれる物も減りました」

「それって……」

「そうです。御神体がどこかへ消えてしまった時からです」

「御神体が消えたって、どういうことですか?」

 私は思わず口を挟んだ。

「おや、ご存知ありませんでしたか。数年前……正確には5年前に、神社の御神体が忽然と姿を消した事件をご存知ありませんか」

「新聞にも載ったんだよ、お母さん知らなかったの?」

「新聞は一面とテレビ欄しか見ないから……」 

 しおれる私を見て、店主は苦笑した。

「厳重に仕舞われている御神体を盗み出すことはまず無理でしょう。神主がうっかり無くしてしまうとも考えづらい。何か目的があって、御神体はどこかへ行ったのでしょう」

 店主は、御神体が意思を持って、自分でどこかに移動したかのように話す。

「ともあれ、御神体が姿を消して以来、参拝者は減り、うちにやって来る品物も同じく減ってしまったというわけです」

「御神体、どこに行っちゃったんでしょうね。店主さんは、御神体がどんなものか見たことありますか?」

「直接は見たことはありません。しかし、父から聞いたことがあります。御神体は、大人の親指ほどの大きさだと」

 私は、干からびた親指が祀られているのを想像して、少し気分が悪くなった。

「まぁ、案外どこか近くにあるのかもしれませんね」

 そう言って店主は弱々しく微笑んだ。しばしの沈黙の後、店主は何かを思い出したのか、店の奥から何かを出して来た。

「ゆりえさんになら、この品々を出しても良いかもしれません。店頭に出している一見さん向けの見掛け倒しとは違って、本物がわかる方向けの商品です」

 店主が差し出したのは、年季の入ったマトリョーシカだった。ゆりえが手に取ると、マトリョーシカの中で、からりと何かが音を立てた。

「これ、ガワも中身も普通の品じゃないですね」

 ゆりえが静かに看破すると、店主は嬉しそうに笑った。

「さすがです。本来は多重の入れ子構造であるのがマトリョーシカの特徴ですが、これは、器としての側面を強く持っているのです。中に入れたものの気配を遮断する珍品です」

 ゆりえがマトリョーシカを開けた瞬間、全身から、ブワッと冷や汗が吹き出して来た。そこに入っていたのは、赤黒いチェスの駒だった。

「そちらの方も感じ取れるんですか」

 店主は意外そうに私を見た。

「そ、それ何なんですか」

 ゆりえは、よくそんなものを平然と触っていられるな。と私は思った。あれは良くないモノだ。私の全感覚が、あれから離れろと強く訴えかけて来る。

「これは、魂を吸い取るチェスセットのうちの一つ。黒のルークです」

 ゆりえは眉ひとつ動かさず、駒を見つめている。

「確かにこれは強いものだ」

 強いなんてもんじゃ無いよ、と私は思う。

「ルークと言えば、キングと位置を入れ替えるキャスリングという特殊な手に使われる重要な駒。呪いのチェスセットを揃えた暁には、ぜひこの駒でキャスリングをしてみたいものですな」

 と店主は笑った。そういった感覚が無いという、先ほどの店主の話は本当のようだった。わからないっていうのもある意味便利で羨ましいな、と私は恨めしい気持ちになった。

 そうそう、と店主はゆりえに向き直る。

「これらの品は、今回の依頼の先払いの報酬です」

 そういえば、ゆりえはこの店主から依頼を受けるとかなんとか言っていたのだった。

「私の依頼は5年前に姿を消し、失われた御神体の回収と奉納です。御神体が失われたことで、街のバランスが乱れている。バランスを正せばこの店も……」

「わかりました」

 ゆりえの答えは短く、そして力強かった。


 私とゆりえは、家までゆっくりと歩いて帰った。

「お母さん、しばらくは趣味のフィールドワークは止めておいたほうが良い」

 ポツリとゆりえが言った。

「さっき店主さんが言ってた通り、この街は、ここ2、3年おかしいんだ。あの神社が力を失って、別の場所に良いものも悪いものも集められている」

「別の場所って?」

「……お母さんが良く通ってる中古品ショップだよ」

「あぁ、あそこか」

 人の嗜好を変えてしまう茶碗、娘に守られているはずの家まで襲いに来るこどももどきの怪異、私に強い執着を持たせたマンドリン。あの店に置いてあるものは、思い返してみれば強い情念を持っていた。そして、私が通い詰めても見つけきれないほどに、そういうものが集まって来ていた。

 すっ、と息を吸って、彼女は立ち止まった。釣られて立ち止まった私に彼女は言った。

「お母さん、私が御神体を見つけるまでは、もうあのお店には行かないで」

 ゆりえは真剣だった。娘の真剣な言葉に胸打たれた私は

「わかった。しばらく大人しくしているよ」

 と言うしかなかった。

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