疑問
バイトも終わり日も沈んで来た放課後。
普段は一人で帰る道だが、今日はそういう訳には行かなかった。
「影山君、ここでバイトしてるのね」
「ああ、週3で……」
バイト仲間兼学校の後輩でもある木南を見送って完全に一人のつもりだったから、びっくりして言葉もつまりつまりになる。
「ふーん、カフェ・ビアンカね……」
「知ってるのか?」
「ええ、以前ネットでここの記事を見かけた記憶があるわ」
「そうか……」
ビアンカの名声は北原の耳にも届いているらしい。心の中で店長にサムズアップする。
「それで、北原はどうしてここに?」
「ええ、ちょっと図書館で本を借りてきたの。長居するつもりはなかったんだけど、気づいたらこんな時間に」
「北原らしいな」
「そうかしら?」
学校からここまでの道のりを考えると、閉館ギリギリまで粘っていた計算だろう。
容易に想像がつく。
「それで、家はこっちの方なのか」
「ええ。ここから大通りをまっすぐ行く感じね」
「ああ、じゃあ俺と途中までは一緒かもな」
そう指摘すると、北原はあらと眉を吊り上げる。
「あら、それは凄い偶然ね。私全然知らなかったわ」
「そんな大げさに驚かなくても……」
別に北原がバイト終わりを狙っただなんて誰も疑ってない。
「それじゃあ行先も同じみたいだし、一緒に帰りましょうか?」
「だな」
二人とも鞄を背負いなおして進んでいく。
特に北原は図書館で借りてきた本がつまっているのであろうベージュのトートバックをよいしょと肩に掛けた。
「本重そうだな。代わりに持とうか?」
「大丈夫、結構たくさん借りちゃったし悪いわ」
「たくさんなら尚の事だろ、北原が嫌じゃないなら持つよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
北原からトートバッグを受け取る。想像以上の重みに一瞬バランスを崩しそうになるけど何とか持ちこたえる。
忘れてた、俺バイトで疲れてたんだった……。
「大丈夫?」
「あ、ああ!平気平気!この位へでもないから!」
「あら、影山君、やっぱり紳士ね?」
「ま、まあな!」
ここは男の見せ所、頑張って笑顔を作って安心させる。
北原も嬉しそうににこりと笑った。
「ちなみにさっき女の子とすれ違ったのだけど、あの子は?」
「あ、ああ。同じバイトの木南。うちの学校の1年だよ」
「ふーん、木南さんねぇ」
木南はうちの学校でもかなり目立つタイプなのだが、北原の眼中には無かったらしい。
北原はちらりと後ろを振り向くが、そこに木南の姿はすでになかった。
「あの子……随分とかわいい子だったわね」
「あー、まあ、そうだな?」
なんだか冷ややかなトーンの北原に、俺は曖昧な返事を返す。
すると彼女はそのままの表情でちらりとこちらを向いた。
「あら、否定しないのね?」
「いや、まあ……」
木南は憎たらしい所もある女子だが、見た目に関しては抜群に可愛い。
なんだ、北原でも嫉妬する事とかあるのか……?
理由は分からないが、明らかに機嫌を悪くしているのは事実。何とかして機嫌を良くさせなければ……。
「いや、でも木南は可愛い系で北原はキレイ系だろ?二人とも戦う土俵が違うだろ?だから別に気にすることないっていうか……」
「ふーん……」
満足したような表情、俺もほっと一息つく。
「それで?」
「え?」
意図が分からず北原の顔を見ると、彼女ははぁと小さくため息をついた。
「だから、それで影山君はどっちが好きなの?って聞いてるんだけど」
「1ミリも伝わんなかったけど……」
俺が物わかり悪いみたいに言われても困る。
とはいえ、可愛い系かキレイ系か……なんでそんなこと聞いてくるんだ?
まあいい、にしても悩ましい質問だな……だが、あえて選ぶとすれば……
「キレイ系、かな……?」
今日会計をしたお姉さん、スタイル抜群でめっちゃ好みだったしな。
「ふーん、まあそういうことなら良いわ」
だが、どうやら北原のお気持ちに召したらしい。
声には以前の明るさが戻っており、少し安心。
「そう言えば、明後日放送よね?準備は良さそう?」
「まあぼちぼちだな。お便りも順調に来てるし、結構よさげだな」
恋愛相談企画は既に2回くらい実施したが結構好評だった。
既にお便りもそこそこ来てる。
「なんか俺が存外真剣に答えるから皆面白がってるんだろうな」
「私としても、あの企画はぜひとも続けて欲しいわね。とても助かるし」
「助かる?」
「ええ、非常に助かってるわ」
一体何が助かっているんだろうか……
すまし顔の北原からは、その真意を読み取ることはできない。
助かる……飯のついでには丁度いいってことか?なら納得だ。
あ、そう言えば気になってることがあったんだった。
木南はもういないけど、この際北原に聞いてみよう。
「そういや北原、一つ聞いていいか?」
「何?」
「いやさ、バイトしてるときに木南に『恋愛相談って、あれ影山さんの本心ですか?』みたいなこと聞かれたんだよ」
「へえ……さっきの子が」
「ああ、やっぱり女子って真摯にやってるかどうかが気になるもんなのか?」
俺としてはたわいもない質問のつもりだったが、北原は口に手を当てて考え込んでしまった。
「木南……1年生、バイト……いや、まさか。でもそう考えると辻褄が合う……」
「ん?どうした北原?」
「いえ、なんでもないわ。ちょっと予感がしただけ」
「そうか……?」
北原は自分の考えを振り払うように軽く頭を振った。
「それで、恋愛相談企画の話だっけ?」
「ああ、やっぱり女子は真剣かどうかが気になるのかなって……」
「私の答えはyesね。正直影山君が自分の気持ちに嘘をついているかどうかでとらえ方が180度変わってくるわ」
「そ、そんなにか……」
恋愛と言うデリケートな話を取り扱ってるからには真摯に向き合ってるつもりだ。だが、いちリスナーに過ぎない北原や木南ですらここまで思うのか……
これは一層気を引き締めていかないとな……
――一別の時刻、別の場所。
「うう、先輩にひどい事言っちゃった……もっと素直にくっつきたいって言えばいいのに~。でも私、妹みたいにしか思われてないし……。いやでも、あれは照れ隠しの可能性が……。
あーもうっ、考えても全然分かんない!どうしたら先輩の気持ちが分かるんだろ……
あっ、そうだ」