小悪魔の悩み事
「どもども、先輩もお疲れでーす」
お疲れと言う言葉がみじんも似合わない快活なテンションの少女は、勢いよく隣の席に座った。
「そっちも休憩?」
「はい、店長が出してくれたケーキは一通り提供したんで、裏行っていいよって」
「一通りって……10皿くらいなかったか?」
「いえ、美晴さんと一緒にやったんで、5皿とかです」
美晴さんと言うのは大学生のバイトの人、木南と同じくホール担当のスタッフだ。
時計を確認するが俺が休憩に入ってから5分ちょっと。作る店長もそうだが、その配膳ペースには舌を巻くしかない。
「バイト始めてから1か月とは思えないな……」
「えへへ、これでもブランカの元常連ですから」
木南は照れくさそうに笑った。
彼女は元々ブランカの常連だったのだが、今年から高校生で晴れてバイトが解禁となり、ここで働くことになった。
中学生くらいの可愛い子がよく来るなーくらいに思ってたら、突然ブランカの制服を着て隣にいたもんだから、あん時はびっくりしたな……。
初めはちゃんと出来るのか心配だったが、仕事に対する姿勢は真剣そのもので、その機敏さと持ち前の愛嬌で1か月ですっかりこの店に馴染んでしまった。
俺もラジオをやっている身だから多少分かるが、良く笑うというのと、ずっと笑顔をキープするのは訳が違う。その点、木南はずば抜けている、用は接客の才能がある。
「はぁ……」
「どうしたんですかため息なんかついて。年取って見えますよ?」
だが、年が近いからか俺にはめっちゃ生意気言ってくることだけが玉に瑕だ……。
「お前がもうちょっと素直だったらな……」
「えー、これ以上って、先輩欲張りすぎ~」
不満そうにしつつ、木南は腕を伸ばして机の上に置かれた俺のケータイを手に取る。
「おい」
「休憩時間もラジオですか、好きですね〜」
「別になんだっていいだろ」
何となくバツが悪くて、木南からスマホを奪い返す。
「お昼の放送で話してる時とはテンションが雲泥の差ですね~」
「そりゃそうだろ、日常生活であんなテンションの奴、相当鬱陶しいだろ」
「そうですか?別に私はあのくらいでちょうどいいと思いますけど?」
木南はスマホを起動したかと思うと、カメラを起動して自分の前髪をいじり始めた。
「っていうか木南、俺のラジオ聞いてくれてるのか」
「……ええまあ、一応知り合いの先輩がやってる放送ですし、聞かないのも悪いんで」
一瞬ためらいがあったが、案外木南は素直に認めた。
「そ、そうか……」
ラジオなんて聞きそうにないタイプだし、俺も敢えてラジオをしていることを伝えてはいなかったが、まさか知っていたとは……。例え相手が生意気な後輩だとしても、聞いてくれているというのはやはり嬉しいものだ。
「何ですか?突然ニヤニヤして」
「いやぁ、お前も律儀な奴だなと思って」
「なっ!?」
木南はスマホからばっと顔をこちらに向ける。
「ちっ、違いますからね!クラスメート皆全然聞いてないから、可哀そうで聞いてるだけです!」
「またまた、そんなこと言っちゃって~」
ここぞとばかりに煽ると、木南は大きな目をいっぱいに見開いて震えている。
「ホントですから!全然お便りとかも送ってないですから!」
「はいはい、所詮ついでだよな」
「そ、そうですよ!分かってるじゃないですか……」
ちゃんと理解を伝えると、木南は尻すぼみになりながらも納得したように席に戻った。
心なしか木南のスマホとの距離が近づいているように見える……。
まあいいや、改めてイヤホンを耳に付けて、俺もラジオの続きを楽しむとする……。
「あの、先輩」
「どうした?」
だが、俺が目を閉じてラジオに集中しようとした瞬間、横から声が掛けられた。ちらりと声の方を見るが、木南の視線はスマホに固定されている。
「先輩のラジオ、なんか恋愛相談のコーナー始めましたよね」
「ああ、始めたな」
「あれって……全部本心で答えてるんですか?」
沈黙を解消するためのたわいない質問だと言いたげなトーンで、木南は聞いてきた。
ちょっと恥ずかしいが……まあいいか、正直に答えよう。
「ああ、ちゃんと本心で答えてるぞ。盛り上がるトーンで喋ってるけど、中身はちゃんと俺の気持ちを伝えてるつもりだ」
「……そですか」
少しの沈黙の後、木南はぽそりと答えた。
……そういや北原もこないだそんなこと聞いてきたよな。
やっぱ女子は気になるもんなのかなこういうの。
「なあ、木南」
「ごめん二人とも!急にお客さんいっぱい来ちゃったから手伝ってもらえる!?」
俺が木南に質問しようとした瞬間、休憩室のドアが勢い良く開いて大男がぬっとあらわれた。
瞬間俺達はスマホとイヤホンを外して目を合わせた。
「「はい!今行きます!」」
体力は全開とは言えなかったが、木南と返事をするタイミングは同じだった。
「影山君次10番さんのミートソースとシーザーお願いできる?」
「大丈夫です!後オレンジジュース俺淹れときましょうか!?」
「よろしく頼んだ!」
「店長、2番さんケーキセット3つと、あと6番さんカフェラテお代わりです!」
「まだ来るのかよ……」
「大丈夫、僕はまだ余裕あるから大丈夫!」
ひっきりなしに飛び交う注文を捌くうちに、木南に何を聞こうとしていたかは忘れてしまった。
♢
「ふう、疲れた……」
「さすがにあそこでラッシュが来るとは思いませんでしたね……」
ラッシュを捌き切り、俺達は二人でぐったりと椅子に座っていた。
「俺、一週間分のシーザーサラダを作った気する……」
「私ももうケーキは良いです……」
木南も、うげーと言葉にならない声を上げている。運動とは違う、あのバイトの疲れってなんだろうな……。
「ごめんねー二人とも……まさかこんなに混むと思わなくって……」
大きな体を縮こませて、店長は恐る恐る休憩室へと入ってくる。
「大丈夫ですよ~店長、手にレタスの匂いがしみ込んで取れない気がしますけど大丈夫です~」
「はーい、私も大丈夫です。もう砂糖の匂いも嗅ぎたくないですけど」
「ごめんね~、今日の分のお給料上げとくから……」
「お願いしますよ店長……」
「任せて、二人の働き分はバッチリ見てたし!」
もりっと大きな力こぶを作る店長。
「よっし、じゃあもう遅いんで、私そろそろ帰りますね。先輩は?」
「俺も帰るかー……」
給料と言う言葉に少し元気が出てきたので、俺達はそれぞれ立ち上がり、ロッカールームへと向かった。
「ふう~、今日もお疲れ様でした~」
俺だけじゃなく自分をねぎらうように木南は言った。
彼女はぐっと大きく空に向かって伸びをする。
実際休憩が終わってからの木南の働きっぷりはすさまじかった。注文に配膳、会計にバッシング(清掃)……
およそ15歳、バイト歴1か月の新人とは思えない動きっぷりだった。
「よく頑張ったな、木南」
後ろから軽く頭をポンポンと叩いてやると、木南は手を伸ばしたままピキリと固まった。
「ちょ、ちょっと先輩!何気安く頭触ってるんですか!」
「あっ……悪い!つい妹にやるみたいにしちまった……」
小柄な木南はうちの妹と丁度背格好が同じくらいだから、ついいつもの癖で頭ポンポンしてしまった……。
木南はズササと移動して、頭を両手で守るような姿勢を取る。
「い、妹って……私、後輩なんですけど!」
「そ、そうだよな!突然触ったら嫌だよな……」
俺も警察に銃を突き付けられたように両手を上げると、木南の表情は一瞬曇った。
「あ、いや、別に嫌とかじゃなくて、びっくりしただけで……」
「え?」
「いいです!何でもありません!」
木南はプイとそっぽを向いてしまった。モテる奴はこういう女子が怒った時に気の利いた言葉が言えるのだろうが、こちとら彼女なんざいたことは無い。まごつきながら詫びの言葉を入れるしかできない。
「わ、悪かったな……」
「謝らないでください!じゃあ、お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ……」
そのままの勢いですたすたと歩いていくかに思われたが、くるりと振り返った。
「明後日のラジオ、楽しみにしてますからね!」
それだけ言い残すと、木南は再びすたすたと歩いていった。
「あ、ありがとう……」
うーむ、労いたかっただけなのに、逆に怒らせてしまった……
「年頃の女子は難しいな……」
「何の話?」
「!?」
突如後ろから声を掛けられて、びくりと後ろを振り返る。
そこには笑顔でこちらにひらひらと手を振る、黒髪ストレートの美少女がいた。
「き、北原……」
「今バイト終わりかしら、一緒に帰らない?」