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北風の変化

「うーむ……」


 スッキリした朝、ほとんどクラスメートのいない時間帯に俺は珍しく早めに登校した。


 朝、それに一人の時間と言うのは何をするにもはかどる。だだっ広い教室を占有している優越感で集中力が上がってくるのだ。


 昨日は全然作業が進まなかったからな……ここで回収しないと……。紙を机にバサッと広げ、シャーペンを握る。


 しかし、そんな時間は長く続かなかった。開けっ放しになった後ろのドアから誰かが入る音。

 上履きの音が無音の教室に響く中、音は俺の隣で止まった。


「おはよう、影山君」


 カタカタと隣の椅子が引かれる音。うちのクラス1の美少女は朝から背筋が伸びており、相変わらずの麗しさだった。


「おはよう、北原」


 鞄をそっと置いて北原は椅子に座った。誰もいない教室で、急に俺の周りに華が咲いたようだった。


「北原は朝早いんだな」

「朝は静かだから本を読むのにはちょうどいいのよ」

「なるほど、激しく同意だな」


 確かに朝日を浴びながら本を読む北原はイメージしやすいし、様になる気がした。 


「そういう影山君は珍しく早いのね」

「ちょっと今日はやること多くてな。家で集中できる気しなかったからさっさと登校した」

「またラジオの話?」

「だいせいかーい」


 リズムを付けて答える。

 北原は鞄から本を取り出してほうとため息をついた。


「相変わらず真面目ね」

「別に、ただ不真面目のツケを払ってるだけだよ」

「ひょっとして夜更かし?」

「昨日はどうしてもリアタイしたいラジオがあってな……」


 何てことない朝の会話だが、北原はふふっと笑ってくれる。


 人と関わらないことから北風の令嬢というあだ名すら付いている彼女だが、俺達が友達であることを知っている人間はいない。


 俺達をつなげてくれたのは、他でもない俺がやっているラジオ。


 北原が俺が昼休みにやっているラジオのリスナーであることが判明して、それからこの関係が始まった。


 リスナーというのは照れくさかったが、俺も大して友達がいない身。この関係性は非常にありがたかった。


 だが、一つ問題点が……。


「それで、今日は何してるの?オンエア明日よね?」

「あーいや、ちょっと先週採用できなかったお便りの扱いを考えてる……」

「ふーん、どんなの?」


 そういいつつ、北原は本を開かずにそのまま身を乗り出して机の上に開かれたお便りを確認してくる。

 綺麗な顔がぐっと近づいてきて、ふわりと花の匂いが鼻腔をくすぐる。


「ちょ、ちょっと北原……?」

「何かしら?」


 こちらを見る北原の顔は、文字通り俺の目と鼻の先の距離にあった。ヤバイ、めっちゃいい匂いする……。


 そう。実は北原、友達にしてはどうも距離感が近い。


 普段人と話さない反動か、彼女は仲良くなってから妙に距離感が近い。

 非モテの勘違いだと言われればそれまでなのだが、それでもこちとら健全な青少年。

 北原の様な美少女に近づかれては朝から身が持たない。


 全力で上半身だけでのけぞっていると、北原は困った顔をして突然スッと身を引いた。


「そんな露骨に嫌がらなくてもいいじゃない」

「いや、別に嫌ってわけじゃなくて……むしろ嫌じゃないから問題というか……」

「?なら問題ないじゃない」


俺の必死な弁明虚しく、北原は首を傾げた。


「いや……」

「それで?どんなお便りが来てたの?」


 再びグイっと近づいて来ようとする北原。

 いかん、このままじゃロクに作業が進まない……

 そうだ!


「別に見ることを止めはしないが、いいのか?」

「何が?」

「これは先週読めなかったお便り、つまり今度読む可能性があるお便りだってことだ。それを先に読んじまったら楽しみがなくなるんじゃないのか?」

「……確かに、それもそうね」


 納得してくれたのか、北原は大人しく席へと戻る。良かった、これで集中できる……。


 誰もいない教室で、俺と北原、それぞれが紙をペラペラとめくる音が響く。

 ああ、これでやっと集中できる……。


「ねえ、影山君」

「なんだ、北原」

「好きよ」

「ひょっ!?」


 反射的にお便りから目を離し、北原の方を向く。


「好きよ、……影山君のラジオ」

「なんだ、そっちか……」


 思わせぶりなことを言うからびっくりした。

 しかし、北原は口元に人差し指を当てて、首を傾げた。


「影山君は、一体何のことだと思ったの?」

「さあな」


 イタズラっぽく笑う北原を適当にあしらって、俺は再びお便りへと向かった。


「そう言えば、あれから聞いてみたわよ。ハトレディナイト」

「マジか!?」

「おススメなんでしょ?」


 正直かなり衝撃的だった。紹介してからそんなに日は立っていないと思ったが、すでに聞いてくれていたとは……。


「ど……どうだった?」


 正直あの時は勢いに任せて話した気がしていたから、正直ミスったかなと思っていた。だが、北原は特に表情を変えずにこくりと頷いた。


「ええ、すごく面白かったわ」

「そ、そうか……!」

「MCの人の無理に笑いを取りに行かない感じとか、作業用に丁度いいトーンで話してくれるものだから、すごく快適な時間だったわ。あまりこういうことを言うのも良くないかもしれないけど、地方局のローカルラジオとは思えないくらい」


 結構攻めたチョイスをしてしまったと思っていたが、非常に高評価だった。


 自分の好きなものを褒めてもらえてうれしくない男子などいない。俺もお便りをいったん置いて、北原に向き直る。


「そうなんだよ!俺初めて聞いたときマジで面白くて、全国区だって勘違いしてたくらいでさ!」

「正直気持ちは分かるわ。MCの人たち二人ともすごく通る声だし、耳ざわりも良かったし。お便りのさばき方もすごく丁寧で、リスナーの事大事にしてるんだなって」

「なー、俺もこの位出来るようになったらいいんだけど……」


 手元に置かれた数通のお便りを眺める。


 理想を褒め称えるとともに、己の実力不足を痛感する。こういう所がもっとうまくなったらいいんだけどな……


 お便りとにらめっこを続ける俺を見て、北原が不思議そうに聞いてきた。


「一つ疑問なんだけど、影山君って原稿とか作らないの?」

「あー、えっと……」


北原の視線の先には、ほぼ何の書き込みもないお便り。


「ラジオMCの人って結構原稿とかちゃんと用意して放送するイメージなんだけど……影山君はしないの?」


 俺はウッと言葉に詰まる。いや、中々鋭い所を突かれたな……。


「一応やってるぞ?こうやってお便りにちょこちょこ書き込みしてる」

「でもそれってメモ書き程度の物でしょ?原稿とは言えないわよ」


 ふんわりと誤魔化せるかと思いきや、北原はしっかりと食いついてくる。

 うーむ……正直これを話すのは恥ずかしいんだけどな……


「どうしても聞きたい?」

「ええ、影山君の事だから、単に忙しいからとかそんな理由じゃないのでしょ?」

「まあ、そうなんだけど……」


 買い被りすぎだと言いたいが、一応理由は他にある。


 北原は一歩も引かないと言わんばかりの意思のこもった瞳で見つめてくる。

 しゃーない、北原になら話してもいいか……


「別に大した理由じゃないよ。ラジオって生の言葉だろ?その時その時によってテンションとか、舌の回り方とかは違うじゃん。だから俺はなるべく放送する瞬間の俺の喋りを聞いてもらえるように、最低限どうしても言いたい事だけメモすることにしてるんだ」


 正直俺レベルの奴が何を偉そうなと言う話ではある。だが、人を楽しませるにはまず俺が一番楽しまなきゃいけない。


 その時々の俺の生の気持ちを共有したくて、お便りを読むときにリスナーと一緒に楽しみたくて、結果として俺はこういうスタイルを取ることにした。


 まあ、そのせいで事故ることもしょっちゅうあるんだが……


「とまあ、そういう感じだ」

「じゃあ、ホントに原稿とかは作らないの?本番の時は全部アドリブ?」

「全部って訳じゃないけど、まあ大体アドリブだな」

「そ、そう。あれを……凄いわね……」


 北原の形のいい唇は、驚きで少し開いている。


「やめてくれ、ただカッコつけてるだけだから」

「いや、カッコつけとかの前にそんなのまず無理だと思うんだけど……」


 北原が驚く気持ちも分かる。俺も入部したばかりの頃先輩たちのオンエア聴いてビビったもんだ。


 しかし、こうまっすぐ驚かれると恥ずかしくなる。俺は視線を目の前のお便りに戻した。


「ほら、そろそろお互いの作業に集中しようぜ?こんな所クラスの連中に見られたら大変だ」


 北風の令嬢が俺みたいな日陰者と喋っていたなんてバレたら変な尾ひれがつきかねない。

 俺がラジオの準備を始めると、北原も諦めたように机の上に置いていた本を開いた。


「ねえ、影山君」

「なんだよ」

「好きよ」

「……今度はどのラジオだ?」


 あくまでお便りからは目を離さない。

 横で北原がふっと鼻を鳴らした。


「さあね」


 教室のドアが開いて、後ろから誰かが入ってくる音が聞こえる。

 作業には碌に集中できそうになかった。

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