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反響

「では、今日のお昼の放送を終わりたいと思います!皆さん聞いてくださりありがとうございました~」


 いつものジングルを流し、マイクのボリュームを小さくする。二人の人間を擁した放送室は、完全な静寂に包まれた。


「いいっ、感じじゃないですか!?」


 こらえきれずに先生の方を向く。彼女も一つ頷いてから立ち上がった。


「ああ、私もこれ以上なく手ごたえを感じてる。正直影山がここまでうまくまわすとは思ってもみなかった」

「ですよねぇ!」


 テンションが上がってきて食い気味に反応する。一年近くラジオをやっているが、かなりの手ごたえを感じていた。


 浮かれてついつい放送室内をウロウロしてしまう。

 先生はおかしそうに笑った。


「にしても恋愛は攻めあるのみ、か……。よくあんな自信満々に喋れたな」

「いやぁ、あれは勢いに任せてと言いますか……」


 別に本心のつもりだが、テンションが上がりすぎてついついぶっちゃけ過ぎた気がする。

 デルトラの森もこれを聞いて上ずってるなと笑ってくれればいいのだが……


「恥ずかしがるなって。私も久々に青春を見たよ。いいもん見せてもらったわ」

「これ多分青春じゃないと思いますけど……」

「いいんだよ、高校教師やってるんだから些細なところに青春見つけないとやってられないんだよ」


 人は学生時代に得られなかったものを大人になってから求めだすと言うが……。


「ん、何だその可哀そうなものを見る表情は」

「いや、別に……」


 真城先生、モテそうなのにな……


「ほら、お前もこんなところいないで、早く教室戻ったらどうだ」

「え?いや、どうせなんでここで弁当食べていきますけど……」


 きょとんとした俺に、彼女はちっちっちと指を振った。


「折角新企画やったんだ、皆の熱が冷めないうちに感想聞いてこい」

「なるほど……先生たまにはいい事言いますね!」

「たまには余計だろ」

「じゃあ、俺行ってきます!」


 先生に導かれるまま、俺は足取り軽く教室へと戻っていった。



 ♢


 流行る気持ちを抑えながら、いつも通り教室の後ろから入ってそーっと席に座る。そわそわしているのがバレたくなくて弁当を取り出して食べつつも、あまり味には集中できない。


(おお、意外とやっぱり高評価だな……)


 数は多くはないものの、今日のラジオの話がちょこちょこ聞こえてくる。

 普段とは比べ物にならないレベルだ。大躍進と言える。



「影山君」

「うぉ!?」


 我ながらに変な笑顔を浮かべていたら突然横から話しかけられた。

 隣を見ると、北原は本を読んだままこちらに話しかけてきた。


「き、北原。どうかしたか?」

「ええ、ちょっと話したい事があってね」


 北原は流し目でちらりとこちらを見つめてくる。綺麗な瞳と一瞬目が合ってどきりとさせられる。


 が、直ぐにまたいつものように本に目を向けた。


「今日の放送、良かったわ」

「お、おおそうか、ありがとう……」


 俺がぺこりとお辞儀すると北原は大きく縦に首を振った。


「ええ、特に新コーナー、素晴らしかったわ」

「そ、そうか!初回だから緊張してたんだけど……どうだった?」

「まあ、影山君がお便りに真摯に取り組んでるのがすごく伝わってきたわね」

「なんかそう言われると照れるな……」


 淡々としたトーンの北原は茶化している感じは一切なかった。

 例え弁当のついでだとしても、古参リスナーから褒めてもらえるのは嬉しいものだった。


「そうか……北原的にも高評価かぁ〜」


 内心ニヤニヤが止まらない。俺が一人ソワソワしていると、彼女は一つ咳払いをした。


「それで、影山君……」

「うん?どうした北原?」

「その……影山君は、好きなものとか、あるのかしら?」

「おん?」


 想定していなかった質問に反射的に問い返すと、彼女は依然本から目を離さずに問い返した。


「だから、影山君の好きなものが何かって聞いているのだけれど」


そのトーンはさっきより少し冷ややかだった。


「えっと、ラジオが好きだけど……」

「そう、素敵ね」


 ―――会話、終了。


 え、まじ?なんだったの今の?ただ聞きたかっただけ?

 混乱していると、北原は初めて本から目を外し、鋭い視線をこちらに送ってくる。


「ちょっと、なんでもっと話を膨らませてくれないのよ」

「へ?」

「影山君の好きなラジオの話、もっと聞かせてくれてもいいじゃない」

「お、おお……?」


 台詞だけ切り取ったらラブコメ漫画の甘いセリフになるのかもしれないが、北原はなぜかこちらを睨みつけてきている。


「ま、まあ、大体深夜ラジオをよく聞くな。オールナイトジャポンとか、COLLEGE OF ROCKとか……」


 あまりこういう話題を人と話すことは無かったから、知名度の高いオススメを羅列しておく。


「なるほど、確かに聞いたことあるわね。でも高校生が深夜ラジオ何か聞いて昼夜逆転したらまずいんじゃないの?」

「その辺は大丈夫だよ、今はアプリとかで聞けるからな」

「へえ、便利な時代なのね」


 北原はあくまで本に目を向けたままであるが、声色がだんだん柔らかくなっているのを感じる。彼女と会話をしたことなどほとんどなかったが、何となく手ごたえの様なものを感じていた。


「もしかして……北原、興味あるのか?」

「へっ!?」


 俺が問いかけたら、北原はぱっと勢いよくこちらを向く。反動でばさりと音を立てて本が机に落ちる。


「なっ!?なにを突然言い出すのかしら影山君は!私がいつ影山君に興味があるなんて言ったかしら……!?」

「いや、そうじゃなくて……北原さん、ラジオに興味あるのかなって……」

「あっ、そっ、そういう意味ね……変な勘違いしたじゃない」

「す、すまん……」


 北原は一瞬顔を赤くしたかと思うと直ぐにいつも通りの鉄面皮に戻った。

 俺も何に謝っているのか分からなかった。


「んっ、んん……」


 さっきまでの流れをリセットするように、北原はコホンと咳払いをした。


「で、ラジオに興味があるかですって?」

「ああ、昼の放送も聞いてくれてるみたいだし……」


 正直ダメもとの質問、隣の席だからの社交辞令だとそこまで期待していなかった。


 だが、北原は少し考えこむような仕草をした。


「そうね、影山君のおススメのラジオがあるなら、聞いてみてもいいかしらね?」

「本当か!?」

「えっ、ええ……」

「そうだな、やっぱり定番はさっき言った二つだけど、他にもおすすめはいっぱいあるぞ!どうしても全国的に芸人さんがパーソナリティをやっているラジオが聞かれが血だと思うけど、個人的には地方局も捨てがたいな!ハトレディナイトとか、ちゃんと声を張ってるけど落ち着いて聞ける感じで内輪っぽさが無くて、初心者でも楽しめると思う!実際俺もあのラジオをを目指してるしな!」

「…………」


 そこまで一息で喋り切ってから、正面の北原が本を口元に当てたまま返事がないことに気づく。やばい、つい喋りすぎた……!


「す、すまん、ラジオに興味がある知り合いなんて他にいないから、つい……」


 しかも段々前のめりになってしまっていた。最悪だ、折角ラジオに興味が出てきたかもしれないのに、これじゃ逆効果だ……。


「ふっ、ふふふふふっ」

「き、北原……?」


 しかし、なぜか北原は笑い始めた。なぜだ、唾とか散って気持ち悪すぎて笑ってるとかか……?


 戸惑う俺、北風の令嬢の異変に、周りの人間も何事かとこちらに注目し始めた。


 暫く笑ったかと思うと、北原は目元を軽く拭った。


「ああ、こんなに笑ったのはいつぶりかしら……」

「そ、そうか?」


正直何がそんなにおかしかったのかは分からないが、北原は満足げに微笑んだ。


「やっぱり、影山君って影山君ね。ラジオの時と全然変わらない」

「そ、そうかな……?」


 北原はゆっくりと頷いた。


「ええ、やっぱり私の見立ては間違ってなかった」

「見立て?」


 北原はなんだか振り切れたみたいな、すっきりとした表情だった。


「ねえ、影山君。私、一つ提案があるんだけど」

「なんだ?」


 まだ状況がはっきりと飲み込めていない俺に対して、北原は初めてしっかりとこちらを向いた。

 初めて正面から見つめる彼女の顔は、びっくりする位綺麗だった。

 そして、「北風の令嬢」なんて言葉は似合わないくらいには柔らかな笑顔を浮かべていた。


 綺麗なピンク色の下唇が小さく開き、北原は小さく息を吸った。


 そして、満を持したようにゆっくりとその言葉を発した。

 

「影山君、私と友達になってくれない?」


 余りに予想外の提案だったが、俺に断る理由なぞなかった。


「ああ、いいよ。友達になろうぜ、北原」


 俺の返事に北原は再びにこりと笑った。その瞬間、昼休み終了5分前を知らせるチャイムが鳴った。その瞬間、思い出したように腹がぐーっと鳴った。


「もうすぐ授業も始まっちゃうし、私の事はいいから食べたら?」

「悪い、ちょっと今から急いで食べるわ!」

「わざわざ許可なんて取らなくていいわよ」


 あくまで優雅に笑う北原。新しく出来た友達に、俺も少しテンションが上がっているようだ。湧き出てくる高揚感を押さえつけるように、箸を力強く握って弁当をかき込む。





「……まずは友達から。あとは攻めあるのみ、よね?」


 隣の席の美少女のつぶやきは、昼休みの喧騒に紛れて俺の耳に届くことは無かった。

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