第48話 ラムネ危機一髪
なんだかんだ海の家はずっと忙しく、結局俺達は長時間の休憩をもらえることなく、仕事がいったん終わるころには既に外は赤くなっていた。
あれ以降俺はお姉さんから声を掛けられることも無く、寧ろ声を掛けないでくれるほうが助かるくらいの激務に追われていた。当の木南も俺に絡んでくる暇がないほどには忙しそうにしていた。
「あー、疲れた……」
「私ももう指一本動かない……」
二人して白いプラスチックの机にどさっと突っ伏す俺達。足にぐっと力を入れると、足元にじゃりじゃりした感覚がある。
これがあと数日続くのか……きっつ……。
「ほら、二人ともお疲れさん」
そんな時、首元にひやりとした感覚。
「うわっ」
「ひゃん!」
目のまえからは可愛い声が聞こえてくる。反射的に顔を向けると木南がこちらを睨みつけていた。なんでだよ、俺じゃないし。
「はい、二人ともお疲れさん!」
椅子を引っ張ってきて俺達の間に座るのは店長……じゃなくてカオリちゃん。その手には二本瓶ラムネが握られていた。
「よく頑張ったな、これ私からの奢り」
「ありがとうございます……」
お礼を言いつつラムネの瓶を開ける。きゅぽんといい音を鳴らすラムネを喉に通すと、炭酸と共に疲れも少し洗い流されていく気がする。
「どうだ、仕事終わりのラムネは旨いだろ?」
「そう、っすねー……」
ニヤニヤしたカオリちゃん。仕事は正直大変だったが、ラムネに罪はない。
奢りらしいし、大人しくいただいておこう……。
「……あれ?これ、どうすれば……?」
しかし、俺の目の前には明らかにもたついてる感じの女子が一人。
「ええと、これが、外して?あれ、ビー玉が……」
凄くテンプレな感じで瓶ラムネの開け方に戸惑っている。まあ、確かに俺も小学生の頃縁日でラムネ飲んだっきりだし、これが初ラムネになってもおかしくはないか。
「あー、木南、それはその緑のを使ってな?」
「ちょっと待ってください!」
流石に初見じゃ厳しかろうと思いアドバイスをしようとしたが、木南は手だけでこちらを制してくる。
「いや、流石の私も知ってます。ラムネですよね、アニメで見たことあります」
「そ、そうだけど……」
「ええ、分かってます。なので手出しは不要です」
さっきまで疲労しきってたとは思えないくらい、その瞳には強い意志が籠っており、絶対に自分一人で攻略する意思を感じた。
「よし、じゃあ私も飲もうかな~」
そんな木南をつまみにしながら、カオリちゃんはぷしゅっと缶ビールの蓋を開けた。
「あ、ズルい」
「これが大人の力だよ、君たちはラムネで我慢しときなさい」
けらけらと笑うカオリちゃん、郷愁感じるラムネもアルコールに前には無力らしい。切ない。
「はい、影山。かんぱーい」
「あ、うっす、乾杯」
瓶と缶がぶつかってカンッと軽い音が鳴る。カオリちゃんはスムーズに勘を口元に当てる。
ごくごくと動く喉とビールの汗が夕日に照らされる。まるでCMの1シーンの様だ。
「ぷっはーっ!」
子どもには出来ない、大人っぽい姿に目を奪われる。唇を親指でぬぐう姿も蠱惑的だ。
「ぬーっ……!」
カリカリカリカリ
しかし、そんな良い雰囲気をぶち壊す勢いで木南はラムネ瓶と格闘し続けている。っていうかカオリちゃんがビールを飲み始めてから一層勢いが強まった。
にしても木南……瓶の外からビー玉を掻いても何にもならんぞ……。未だキンキンに冷えているラムネをちびちびと飲みつつ、そんなことを考える。
……流石に救いの手を差し伸べてやるか。俺の方に放られた緑の蓋をバレない程度にスススと木南の元へとずらす。
「……!?」
すると、彼女は俺の見えざる手が伝わったのか、初めて緑の蓋を取った。お、いいぞ木南!その調子だ!
しばし格闘した末に、彼女はついに緑のキャップから蓋を分離することに成功した。
「成程、この蓋の部分をここに押し込めばいいんですね!」
そして、勢いよく蓋を押し込もうとする。だが、原理は分かっても中々上手くはいかない。
「あれ~?うまく押し込めないな~」
こくりと首をひねった木南は、すっと立ち上がって両手で蓋を抑えようとする。
ガタッ
瞬間に危機感を覚え、俺とカオリちゃんはガバっと顔を上げた。
「あ、ちょっと待て木南!それそのままやったら危なくて……」
「心配ご無用!これそのまま押し込めばいいんでしょ?一応チラッとだけは知ってるんですから~」
ダメだこいつ、完全にテンション上がって話聞いてない。
「おい、ちゃんと瓶抑えて、押し込めてからもそのままにするんだぞ……」
「はいはい、大丈夫ですって~。……よいしょっと!」
俺の忠告も大して聞かずに、木南はそのまま両手に力を込めた。いくらか弱い木南と言えど、流石に全体重がかかったら瓶も持たない。
スコン、と軽快な音を立ててラムネを持たせていたビー玉は湖の中に落下していった。
そして、ラムネ初挑戦、我らが木南真希乃は……
「やった!やっと開いた!」
歓喜の言葉と共に、《《勢いよく手を離した》》。
「あっ」
瞬間、木南の喜びに呼応するように炭酸くんはラムネ瓶に込められていた情熱をほとばしさせる。
だが、悪かったのはそれだけではない。俺は丁度話を聞かない木南を止めようと彼女に近づいていた。そして、中途半端なタイミングで止めに入った俺を、彼女にもっと早くからラムネの開け方を教えなかったことを咎めるかのように……、
ラムネは、俺の服へと見事にスプラッシュした。
「……」
「……」
一瞬、夕暮れに燃えた海の家が、静寂に包まれる。時が止まったかと思う程、体がゆっくりと冷えていく……。
「す……すみません、先輩!」
そして、時間停止から解放されたように、木南が勢いよくこちらに飛びついてきた。
「すみません!私のせいでめっちゃ濡れちゃった……!ええと、何か拭くものは……」
「いいよいいよ、取り敢えず落ち着け、そんでラムネを机に置け」
「あ、は、はい、そうですよね!置きます!」
木南はわたわたとラムネ瓶を机に置いた。ちらっと見た感じ、半分弱が失われたっぽい。
「あー、また派手にこぼしたなぁ。そのTシャツ大丈夫な奴か?」
俺たちの様子をビール片手に眺めていたカオリちゃんが声をかけてくる。
「はい……どうせ海風に当たると思って安物着てきてるんで、別に大丈夫です」
一応木南に向けての言葉のつもりだったが、彼女は変わらず慌てている。
彼女の様子を見てか、店長はふうと小さくため息をつく。そして、ちらりとこちらに目を向けた。
「まあ、取り敢えずそのまま帰っても風邪ひきかねないし、着替えはするか」
「え?」
「ほら、影山、脱げ」
「うえ!?」
何言ってんのこの人!?俺の困惑を他所に、カオリちゃんはぐびっとビールを一値飲んで、そのままこちらに近づいてくる。
「ほれ、洗っといてやるから脱げ」
「……え、セクハラ?」
「何言ってんだ、ここ海だぞ。半裸とか全裸ばっかだよ」
後者は普通に問題でしょ、俺がそうツッコむより早くカオリちゃんは俺のTシャツの裾をたくし上げようとしてくる。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!」
「いいだろ今更海で何を恥ずかしがることがある」
「いや、そうですけど!」
でもなんと言うか、いくら海だとはいえ、開放的になって自分から脱ぐのと脱がされるのは何か違う気がする!するよね!?
だが、そんな俺の思春期的な葛藤ガン無視で、カオリちゃんはグイグイシャツを上に引っ張ってくる。これは……木南の申し訳なさを軽減させるためにやってるのか……?
「ほれほれ、何を恥ずかしがっておる。よいではないかよいではないか」
違う、この人楽しんでるだけだ。
しかし、姿勢が悪いのか既に腹筋くらいまでは見えている。
「ちょ、ちょっと店長、流石に先輩が可愛そうですよ、それにそう言うのセクハラですよ!見てられないです!」
「木南……!」
ちょっと姿勢的に振り向けないが、木南からの援護射撃が届く。恐らく純粋な木南の事だ、ちゃんと顔を覆ってみないようにしてくれてるのだろう……!
「とか言いつつ木南ちゃん、しっかり指のスキマから目だけ覗かしてんじゃん」
「木南ぃ!?」
反射的に後ろを向いたが、木南は顔を覆ってるふりをして、きっちりピースを作りその隙間から目を覗かせていた。それに目がなんかキラついてる。
「べ、別に私は先輩の脊柱起立筋群意外としっかりしてるなーとか、もうちょっとTシャツが上がれば広背筋が見れるのにとか、いやでもやっぱり前向いて腹筋が見たいとかそんなこと全然思ってませんから!」
凄まじい早口だった。あと心なしか息も荒い。
「ほら、オーディエンスもいるんだから、四の五の言ってないでさっさと脱いじゃえよ」
「今ので余計嫌になりましたよ!」
「お、オーディエンスに何も見せずに終わるつもりですか先輩!?」
「お前は何言ってんの!?」
激しい攻防の末、結局俺はシャツを脱がされ、海の家の公式Tシャツを渡されることとなった。
うう、もうお嫁にいけない……




