影山家の二人
そして、俺達は無事夏休みに入った……。
終業式はぬるっと終わり、大量の宿題を抱えた俺達は灼熱の外界へと放り出された。
ひとたび外に出ればじりじりとした熱気に包まれるし、アイスを食べても体は冷え切らない。だが、若さというアドバンテージを最大限活用して、高校生たちは盛んに貴重な連休を満喫する……。のだが、
「だぁー……涼しー……」
まあ、そんなの友達の多い奴らの話、学内でのラジオくらいしか趣味のない俺は、夏休みだと言われても今日も今日とてエアコンの効いた部屋でゴロゴロするしかやることがなかった。
「ちょっとお兄ちゃん、折角の夏休みなのにテンション下がる事言わないでよ」
「いいだろ灯、実際暇なんだから」
ドアが開き、タオルで髪を拭きながら少女が現れ、こちらを見ながら不満そうに言葉を漏らす。
このまだ昼前だって言うのに全身濡れている少女は影山灯、現在中3になる俺の妹である。
普段はポニーテールに揺っている髪はシャワー上がりでだらりと垂らされて、首にタオルが掛けられている。
「こないだまでスマホに張り付いてたと思ったら、もう飽きたの?」
「飽きたんじゃない……」
先生がくれた公式トイッタ―は、確かに初めは質問も多かったし、俺も真剣に悩みつつ、ラジオの準備をしている時の感覚で楽しく返信していた。
だが……
「飽きたんじゃなきゃなんなの?質問いっぱい来てたんでしょ?」
「端的に言うと、供給を需要が追い越した……」
とは言っても、盛り上がっていたのは夏休みの初めだけ、皆実際にデートに行っているのか、夏休みが始まって一週間だと言うのに、我が部初のSNSは、早くも失速の色が見えていた。
「普通需要と供給逆な気がするけど……」
「俺にとっては貴重な供給なんだよ」
俺からしたらお便りは生活の一部、供給の低下にあえぐのは俺の方なのだ。
「はぁ、相変わらずだねお兄ちゃん」
灯は夏休みだというのに一日中部屋にいる兄に嘆息し、彼女は冷蔵庫の最下段を開いた。
「もうすぐ昼飯だぞ、アイス食ってていいのか?」
「朝練終わって疲れてるんだよ、糖分補給しないと倒れますー」
現在中学3年生となる灯はソフトテニスにご執心の様子で、今日も今日とて共働きの両親と共に早くから朝練に出向いていた。
俺?俺はまあ……、ノーコメントで。ちなみに塔山ちゃんの脳内トークショーは最高だったとだけ伝えておこう。
「お、まだアズキバー残ってんじゃん、ラッキー」
「お前しか食わないんだから残ってるだろ」
灯はごそごそと冷蔵庫を漁り、個包装になっているお気に入りの鈍い赤色のアイスを取り出した。そして冷蔵庫を開けたままにして、ちらりとこちらを振り返った。
「お兄ちゃん何か食べる?」
「もうすぐ昼飯だって言っただろ?」
「どうせお兄ちゃんが作るんだから、時間調節すればいいじゃん」
「お前なぁ……」
朝練で疲れているのは分かるが、作ってもらう相手に何たる言い草か。だが、当の本人はなにも気にしていない様子でアイスを漁り続ける
「で、お兄ちゃんは何にする?苺とミルクの奴?」
「いや、さっぱりしたのがいい。ソーダバーみたいな」
「なんだよ~、やっぱり食べたいんじゃーん」
うぇひひ、と奇妙な笑い声を上げながら二本アイスを持ってきた灯。ソーダバーを俺に渡して、L字に2つ置かれたソファーの内、俺が座っていない方にどさっと座った。
「いっただきまーす!」
そのまま勢いよく彼女がアイスを開封するのを見て、俺も目の前のソーダバーを齧る。
「冷たっ……」
何も考えずにそのままかじりつこうとしたら、ソーダの冷たさが直で歯に伝わってきて反射的に口を離した。
「何してんの、お兄ちゃん。その年で知覚過敏とか笑えないよ」
「ガッツリ笑ってんじゃねえか」
「アレだったらお父さんの歯磨き粉借りたら?」
「あれは歯周病予防のだ」
「やっぱ気にしてるし~」
アイス片手にケタケタ笑う妹、ちなみに彼女の手に握られた日本最高硬度を誇るアイスバーは、キレイに1/4くらい齧り取られていた。
「……俺とお前、ホントに兄妹か?」
「どしたのお兄ちゃん、暑すぎて漫画と現実の区別つかなくなった?」
相変わらずの辛辣なお言葉、うん、やっぱり兄弟って似ないもんだな。だらーっと横になり大胆にソファーを独り占めする妹を見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「そんで、お前今日の午後はどうするんだ?」
「ん~?特に予定ないし外暑いから、家で宿題しながらゴロゴロするかなー」
「そうか」
少しの沈黙の後、灯はハッとした表情でこちらを振り返った。
「え、何々、もしかしてお兄ちゃんどっか連れて行ってくれるの?」
「やだよ、外暑いし」
「えー、市民プールくらい連れてってよー、すぐそこじゃーん」
あずきバーを齧りながら足をバタバタとさせる灯。
「ああいう所はどんな輩がいるか分からんしな、可愛い妹がナンパされても困る」
何てことないセリフのつもりだったが、妹からの返事はない。アイスを齧りながら彼女を見ると、呆然とした顔でこちらを見ていた。
「何だよ」
「いや……お兄ちゃんからそんな言葉が出るとは思わなくて……」
「俺を何だと思ってるんだ、心配で悪いかよ」
「うーわ、シスコンじゃーん」
「うるせえ」
妹はソファーから立ち上がり、バシバシと俺の肩を叩いてくる。そしてそのまま俺の横に座ってくる。
「おい、くっつくな。余計熱いだろ」
「私アイス食べてちょっと体冷えてきてるから問題ないでーす」
こいつ……俺が冷たいの苦手だからって舐めやがって……。少しでも体を涼めようと思い、ぺろりとアイスキャンデーを一口舐めた。
そんな俺を見て、灯はやれやれと、だがどこか満足げにため息をついた。
「全くしょうがないなお兄ちゃんは、親しい女の子もいないから妹くらいにしか愛情を注げないんだね」
「おい、何がどうなったらそういう話になる」
「え、でもお兄ちゃん女子と会う予定あるの?」
その表情にからかう様子は無く、純粋な疑問が顔に浮かんでいた。
「決めつけるな、俺だって女子と会う予定くらいあるよ」
「バイトでしょ?」
「それは見方による」
「バイトじゃん」
呆れたようにため息をつく妹、何だよ、立派な社会活動を軽んじるんじゃない。
「そう言うお前はどうなんだ、夏休み何かするのか?」
「うーん?まあ一応予定はあるよ?テニス部の練習あるし、生徒会で勉強合宿するつもりだし」
「受験生は忙しそうだな」
「私はお兄ちゃんと違って真面目なのでね」
ふふん、と妹は偉そうに胸を張る。生徒会副会長様は相も変わらず文武両道がモットーらしい。
「まあ、だけど今日は何もないからね。お兄ちゃんの空白の夏休みの予定表に私とのお出かけを入れてもらっても構わないよ」
「またその話か……」
スマホを操作してカレンダーを俺に見せつけてくる。驚きの白さを誇る俺のカレンダーと異なり、そこにはかなり予定が埋まっていた。しかも遊びじゃない感じ。
「……取り敢えず飯食ったら考えてやるよ」
「お、さっきより好感触」
毎日頑張っている妹の事を考えると、ちょっとばかしはご褒美をあげないと可哀そうかもしれない。
そう思った次第ではあるが、そのまま伝えると絶対調子に乗るので言わないでおく。
「じゃあさっさとお昼にしようよ!アイス食べたらお腹減ってきちゃった」
「どういう原理だよ……」
さっき散々調整しろとか言ったくせに……
だが、文句はありつつも、正直俺も同じ気持ちだった。よっこいせと、俺を包み込んで離さないソファーから立ち上がった。
「で、何がいい?適当な物しか作れないけど」
「えー、じゃあアヒージョ!」
「却下」
「ならチーズフォンデュ」
「なんで真夏にそんなに熱いもん食わなきゃならんのだ……」
訳の分からない要望を背に受けながら冷蔵庫を覗き込む。
「昨日のご飯残ってるしチャーハンでいいか?」
「えー、夏だしもっと涼しいもの食べたい~」
「さっきアヒージョって言ったのは聞き間違いか……?」
熱い料理と冷たい料理を交互に出されて整いそうだ。ガン無視してそのまま冷や飯と卵、ウィンナーを取り出す。
しかし、卵を割り入れてかき混ぜようとした瞬間、チャイムが鳴った。
ソファーに座ったままの妹が首を伸ばす。
「あれ、誰か来たっぽい?」
「母さんが宅配便頼んでたのかも、見てきてくれるか?」
「はーい」
軽快なステップと共に、妹は玄関へと駆け出していった。それじゃあ俺は米をレンチンして、ウィンナー切って、と……。
「お、おにいちゃんお兄ちゃんオニイちゃん鬼いちゃん!」
そう考えていた矢先、料理中の俺の元に弾丸のように妹が突っ込んで来た。
卵をかき混ぜていた箸を落とさぬようにぎゅっと掴む。
「何だよ人が料理してるときに、危ないぞ―――」
「そんなのどうでもいいから!誰あの美人!」
「はあ?美人?」
「いいから玄関に来て!待たせてるから!」
イマイチ要領を得ない妹、俺は引きずられるように玄関へと引きずられていった。
扉をくぐり廊下に出る。すると、玄関には見慣れぬ影……
「お、お久しぶり、影山君……」
口元を木箱で隠す、我が隣人。北原柚葉がそこに立っていた。




