デルトラの森
新企画の放送を行ってからはや数日、ついに校内ラジオで恋愛相談コーナーを実施する日がやってきた。
「んっ、んっ」
マイクの正面に座って一つ咳ばらいをするが、気持ちは収まらない。再びスマホを起動して時間を確認するが、さっきから表示は変わっていない。
「どうしたやかましい、緊張してんのか」
正面に座っている真城先生が、呆れたようにため息をつく。
「そりゃするに決まってるじゃないですか!新企画ですよ?し・ん・き・か・く!」
「わざわざ区切って言わなくても分かってるよ」
「正直、今放送部に入部した初日に何の許可もなく放送席に座らせられたあの時よりもずっと緊張してますよ……」
「大丈夫だよ、ヘマしそうになったらフォローしてやるよ」
パンと軽く胸を叩く真城先生。
新企画の初日という事で、今回は先生が立ち会ってくれることとなった。
とはいえ立ち会ってくれるだけで、MCの手伝いや機材の操作をやってくれるわけではない。
「お願いしますよ……」
「ああ、私がいれば百人力よ」
……合わせて1.5人力がいい所な気もするな。
「はぁ、結局は自分で頑張るしかないのか……」
この事態は自分が招いたのだ。尻ぬぐいは自分でしなきゃならない。
開始まではまだ時間があるので、立ちあがって外を眺める。
雲一つないスカッとした青空を見つめていると、むしゃくしゃしてくる。
「別にいいだろ、お便りもちゃんと来たわけだし」
「そうですけど……」
机の上には、10枚弱のお便り。新企画の放送は想定よりウケたらしく、普段の倍くらいの紙が置かれていた。
だが、それが余計に緊張を加速させる。
「恋愛相談なんてスカした企画やって大滑りしたらどうしよう……」
「始める前から失敗することを考える奴がいるかよ」
「だって俺、恋愛経験無いんですよ?」
ラブコメの漫画やラノベは好きで読むが、あれが実体験に活かされたことなぞ一度もない。
寧ろあの超絶激モテ主人公たちのラブコメが俺の恋愛観のベースになっている分、リアルの恋愛を知らない非モテだとバレる恐れもある……
ああ、考えるだけでぞわっとする。
「どうした?武者震いか?」
「シンプルにびびってるんです!」
つい勢いよく情けない言葉が出てきてしまう。
しかし、先生はあしらうようにひらひらと手を振った。
「こないだも言ったけど、こういうのにわざわざ投稿してくる連中はお前に期待なんてしてないから。お前は適当に頷いて耳ざわりのいい言葉を言えばいいの」
「およそ教師とは思えない発言ですね……」
俺達と年が近く、恋愛相談をする女子もちょこちょこいると聞くが、考え直せとこの電波で声を大にして流してやりたい。
「ほら、そんな風にウロウロしてないで、お便り本番前に目を通したらどうだ?」
「……そうします」
頭の中で何回もシミュレーションはしたが、それでも不安になってしまう。自分の心を落ち着かせるために椅子にドカッと座る。
「しかし、まさか《《常連》》まで乗ってくるとはな」
ちょうど一枚のお便りを手に取った時、先生が声を掛けてきた。
「ホントですね……」
毎回このラジオにお便りを書いてくれている熱心なリスナーからも、新コーナーへのお便りが書かれていた。
恋愛相談の内容もかなり気合の入った内容が書かれている。その適応力の高さと普段と異なり初々しいお便りのギャップに、何度読んでも笑みがこぼれる。
「よしっ、そろそろ時間か。影山、準備しろ」
「はい。じゃあ始めます5,4……」
指で5カウントをして、音源を再生してする。ジングルがフェードインするにつれて、自分の中でスイッチが入ってくるのを感じる。
「皆さんこんにちは!5月27日、お昼の放送を始めます」
自分の声が思ったより震えていないことに驚く。ちらっと先生の方を見ると、したり顔で頷いている。
「みなさん。いよいよ5月も終わりとなりました……。いやぁ新学年始まってからもう2か月ですね!早いですね~。2か月って言うとどのくらいですかね?4月に始まったアニメがもう7話くらいですかね!……そう考えると案外短いか?」
「ははは」
先生がちいさな声で、マイクにぎりぎり入ってくれるくらいのボリュームで笑ってくれる。よし、滑り出しは順調だ。
「そう考えると2か月って微妙ですよね、新入生からしたら初めての高校生活で盛りだくさんの2か月かもしれませんけど、僕たち在校生からしたら春から梅雨になるくらいですからね、気づいたらあっという間でしたよ」
最初の喋りは半ば自分のためのものだ。自分の今日の調子を確認するために、毎回こうして喋っている。
今回は……絶好調だ。
「じゃあ、オープニングトークはこのくらいにして、今日は早めに今週のお便りを読ませてもらいたいと思います!なんてったって今日から新コーナーが始まりますからね、正直僕もテストの話よりももっと楽しい恋愛の話が聞きたい……!あ、いえ、真城先生。今のはそういう意味じゃなくてですね……」
明らかに表情が変わった先生を手で制す。いや、アナタもこないだ採点だるいってここで愚痴ってたでしょ。
「では、先ずは一つ目のお便り、ラジオネーム熊笹さんからです!熊笹さんいつもありがとうございます……」
そうして、ラジオは順調に進んでいった。
「では、次のコーナーに参りましょう!続いては新コーナー!明仁・恋愛目安箱!!」
拍手のSEを入れる間に、ふっと一つ息を吐く。緊張を悟られてはならない、あくまでも平静を保つんだ……
「はい、最早説明は必要ないですね。先週から放送部では皆様の恋のお悩みを募集させてもらっているのですが、お陰様でたくさんのメールをいただきました!そのうちの何通かを読ませていただきます!」
流れるようにテーブルに置かれた紙を一枚手に取り、祈りを込める。今日の放送を始める前から、一通目は彼からと決めていた。
願掛けをするような気持ちで、マイクに向き直る。
「では、まずは一通目!ラジオネーム、デルトラの森さんから」
よろしく頼んだぞ、デルトラの森……!
「影山さんこんにちは。いつも楽しくラジオを聞かせてもらってます」
ふざけているとは思われない程度、しかしちゃんと盛り上がるように声のトーンを少し上げる。
「私は今、気になっている人がいます。その人とは教室の席が隣で、何時も部活を頑張ってる姿を応援しているのですが、人見知りな性格がたたっていざという時に面と向かってお喋りすることが出来ません。気になる人と喋れるようになるためのいいアドバイスがあれば教えてください……とのことです」
うーん、真面目だ。今までのデルトラの森と同一人物とは正直思えない。
いつもは俺をイジるようなお便りを送ってきて、俺を突っ込ませていたデルトラの森だったが、今回は人が変わったように真剣な相談だった。
新コーナーということで彼なりに気を使ったのか……?
ならば俺も茶化すわけには行かない。デルトラの森に真摯に向き合わなくては……!
「いやぁ一通目からピュアなお便りでしたね!近くにいるからこそ、積極的にアプローチしなくていいかな?みたいな気持ちで現状に満足してしまうみたいなこと、正直あると思います!」
恋は人を臆病にする。分かるぞ、デルトラ!
「でも、そのままじゃ相手には伝わりませんからね!……あ、先生めっちゃ頷いてる笑」
真城先生は赤べこ張りに首を振っていた。これ……絶対過去に何かあったな。
「それで……アドバイスが欲しいって事みたいですけど、例えば相手の好きな内容で話しかけてみるとかはどうですかね?相手の好きな内容であれば、こっちがそこまで話せなくても相手がある程度勝手に話してくれるように思います!デルトラさんはその人が部活を頑張ってるのを見てるみたいですし、その辺が攻め所じゃないかな?」
マイクを介すと言葉は思ったよりスムーズに出てくる。自分の喋りスキルに段々テンションが上がってくる。
「もしくは、話したことがないなら友達から始めるとかもアリですね!何にせよ恋愛は攻めあるのみ、臆病にならずにガンガン話しかけてみてください!」
締めの言葉を言うと、先生がぱちぱちと小さな拍手をする。
よし、滑り出しは最高!このままガンガンやっていくぞ……!
「どうですかデルトラの森さん、参考になったでしょうか……?それでは、次のお便りです」
そうしてラジオは、順調に進んでいった。