ビターorホワイト
「……へ?」
うん?この人今、なんて言った……?
俺の視線が定まらない中で、俺の目を見ずに彼女は小さくため息をついた。
「全く、さっきから何を言っているのかしら?私が影山君を欲しい?馬鹿なこと言わないで頂戴、誰が一体そんなこと言ったのかしら?」
「いや、だって今……」
「よく考えたら影山君なんてちっとも欲しくはなかったわ!私ったら何考えてたのかしら、影山君なんてちょっと声がよくてラジオが上手いだけの普通の高校生だって言うのに!」
「ああ、それは、どうも……」
決壊したダムの様に、俺の顔も見ずに腕を組んでしゃべり続ける先輩。その急変っぷりに、俺も曖昧な返事しかできない。とりあえず褒められてるっぽかったから、感謝を伝える。
だが、それが気に食わなかったようで、先輩はきっと俺を睨みつけてくる。
「何でその程度で満足しちゃうのよ!影山君はちょっと凄い位じゃないでしょ!」
「ええ!?」
「私が勧誘したんだから、そこはちゃんと誇りなさい!」
「りょ、了解です……」
さっきより強い剣幕で詰めてくる会長。俺もどんな反応をするのが正解か分からず曖昧な反応をするしかできない。
「ええ、そうよ。別に影山君なんてこれっぽっちも……」
まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく会長。語気は普段より強いが、彼女はなんだか小さく見えた。
「あの、会長……大丈夫、ですか……?」
恐る恐る俺が手を伸ばすと、ようやく西園寺先輩は俺の存在に気づいたのか、ハッとした表情を浮かべる。
激しい動揺、混乱。今まで会話していたのに、初めて俺の存在に気づいたみたいな顔だった。
暫くグルグルと辺りを見回した後、先輩は冷静になったようにコホンと一つ咳ばらいをした。
「わ、悪かったわね。少し取り乱したわ」
「え、ええ……」
「ま、まあとにかく?影山君が生徒会に入らないでも、それはこちらとしては全く問題ないわ。ええ、時間を取って悪かったわね」
さっきまで辞書に掲載されそうなくらいお手本の様な取り乱し方をしていたのに、平然とした顔を浮かべる会長。もう一度深呼吸をして、会長はすっと立ち上がった。
「じゃあ、部活動調査は以上。今後も頑張ってね」
「あ、見送りますよ……」
「結構」
ぴしゃりと先輩に制止を掛けられ、中腰の体制のまま固まってしまう。
間抜けな格好をした俺を振り返ることなく、彼女はスタスタと教室を出て行ってしまった。
♢
「と、いうのが本日の成果報告です……」
「あっはっはっはっ、そうか!怒って出ていったか!」
先生に借りた椅子を返しに行った俺はなんだかそわそわした様子の先生に出迎えられた。
そして、今日はどうだったかと聞かれたので正直に答えた結果……返事はこの通りだった。
「そんなに笑わないでくださいよ。俺がどれだけビビったか……」
「すまんすまん、いや、私もまさかここまでとは思わなかったよ」
「……ここまでって、ひょっとしてこの展開読めてました?」
「よし、そんじゃあ椅子帰してもらおうか」
俺の質問には答えずに、先生は颯爽とデスクチェアを取っていった。無回答が何よりの証拠だが、問い詰めたとて無駄だろう。
随分と気前よく椅子を貸してくれると思ったが、何か裏がありそうだな……。
「おおー、やっぱりこの座り心地だよな~」
そのまま椅子に座ったままくるくると回り始める先生。
……周りの目とか気にしないんだろうか、この新卒二年目は。
「にしても、千早が怒るとはな……」
「ほんと、ひどい目に遭いましたよ」
「いやいや、影山は上手くやってくれたよ。ほら、お菓子食うか?」
先生から小分けのチョコレートを一つ貰う。青い包み紙を向いて放り込むと、ざらざらとした刺激が口に広がった。
「……苦いです」
「これが大人の味だよ」
その言い方がムカついて、俺はチョコレートをかみ砕いて飲み込んだ。ビターチョコの残りが喉に張り付く。水で流し込みたいが、生憎手元にない。
「まあ何にせよ、会長も俺の事見限ってくれたみたいですし、それに関しては先生に感謝です」
流石にあんなことを言われてはもう彼女が俺に関わってくることは無いだろう。
確実な喉の渇きを感じながら最低限の感謝を伝えると、先生はにやりと笑った。
「う~ん、それはどうだろうな~?」
「いや……先生、冗談きついっすよ……冗談ですよね?」
俺の質問には答えず、先生はごそごそとチョコレートの大袋を漁る。
丁度そのタイミングで、職員室の扉ががらがらと開かれた。
「いやー、疲れた疲れた!」
その声に反射的に俺は身を隠す。あの独特な嗄れ声に茶色スーツにあからさまなズラ……。間違いない。
「教頭先生、お疲れ様です」
「おう、お疲れ畑谷先生」
通りがかった別の先生に軽く手を上げて挨拶しながら、職員室の実質的な長……俺の宿敵とも言える教頭は、のしのしと最奥の席へと進んでいく。
ふと見ると真城先生は、気づけばパソコンを開いて何かしらの作業を始めていた。
一方教頭は椅子に座ったまま上半身をグイっと伸ばす。
「イヤー今日も大変だったよ」
「あはは……部活調査終わりですよね、お疲れ様です」
貧乏くじを引かされたらしい近くに座っていた先生が適当に愛想笑いをする。だが、教頭はそれでも満足しているようで、がははと笑い声をあげた。
「いや、どの部活もばれないようにサボってるみたいだけど、俺の鷹の目は誤魔化せないからな~!」
何の自慢にもならない台詞を大声で喚き散らす教頭。おかげで聞きたくもないセリフは一言一句聞き逃すことは無かった。
教頭が……部活調査をやった?
瞬間、俺の脳は高速で回転を始める。本来は教頭が調査をする予定だった、って言う事は、もしかして先輩が放送部に来たのって……
しゃがんだままちらりと顔を上げると、先生はパソコンを開いたまま大きく伸びをした。
「まあ、これからもよろしく頼んだぞ、影山」
「う、うっす……」
先輩がまだ諦めていないとは思わなかったが、今度はなぜか否定できなかった。
どこか遠くを見つめながら、先生は白いチョコレートを口に放り込んだ。




