ラスボス?戦
そして、運命の時が訪れる。
授業も一通り終わった放課後、俺は放送室で一人立っていた。たまにしか来ない放課後の放送室は、遮光カーテンで覆われている。そのせいで差し込む夕日なんてものはほとんど感じられない。
「ふーっ……」
大きく深呼吸をしたらぶるっと身震いが出る。
「大丈夫、これは武者震い……」
わざと声に出して自分を落ち着かせる。だが、時計の針が時間を刻む音が妙にはっきりと聞こえる。
もう一度深呼吸をしようかと思った、その時。
コンコンコン
丁寧なノック3回。時間はピッタリだった。
「っ!……ど、どうぞ!」
分厚いドアの向こうだが、既に人影というか、オーラの様なものを感じる。
緊張を必死に隠して、ドアの向こうに声を掛ける。
ギギッという音と共に、ドアが等速で開かれていく。
「お邪魔します」
丁寧な口調と共に、その人物はゆったりとした足取りで放送室に入ってくる。
「ようこそお越しくださいました、西園寺会長」
俺のかしこまった声掛けに、会長は特に戸惑うことなくにこやかに笑いかけた。
ウェーブがかった髪をたなびかせる彼女が歩みを進めるだけで、俺のホームのはずだった放送室は途端に彼女のための空間に塗り替えられていくのを感じる。
「大した椅子は無いですが、そちらに座ってください」
「ありがとう」
スカートを軽く押さえて、会長はデスクチェアに座った。
「放送部にこんな椅子があったなんて、知らなかったわ」
「会長をパイプ椅子に座らせるわけにはいきませんから」
ちなみに会長の言う事は正解で、この部屋には元々パイプ椅子しかなかった。
この時のためにと先生が快く自分のデスクチェアを差し出してくれたのだ。
……職員室からデスクチェアを運ぶ時に好奇の視線にさらされたが、コラテラルダメージだ……。
そんな俺の苦労を知ってか知らずか、彼女は満足げだった。
「じゃあ始めましょうか?部活調査」
「うっす、お願いします……」
体を少し強張らせる俺、会長は愛おしそうな笑顔を浮かべる。
「そんなに緊張しないで、別に放送部を取り潰そうって訳じゃないんだし」
「取り潰すって……先輩から言われると、随分と迫力がありますね……」
「心外ね、私はお話ししに来ただけって言うのに」
本当に残念そうな顔をする先輩。だが俺は姿勢を変えない。相手はあの会長だ。警戒してしすぎることは無い……。
俺がじっと見つめていると、西園寺会長は諦めたようにはぁとため息をついた。
「影山君もおしゃべりしたくないみたいだし、私も報告の義務があるから、始めましょうか?活動調査」
「はい、お願いします……」
小さく頷く俺、先輩は心底興味なさげに、胸ポケットから手帳を取り出した。
「ええと、それで……まずは、部員の数は?」
「俺一人です」
「最近人気が出てきたけど、特に新入部員とかは増えたりしなかったのね」
「ええ、残念ながら」
「新入生も見る目が無いのね」
「まぁ、中々ラジオってハードル高いんじゃないですか?」
正直勧誘効果も期待していたのだが、そういう連絡は来ていない。
話題になっているはずなのに、俺の仕事量ばっかりが増えていく。
……この際ちゃんと募集してみようかな。
考えふける俺に、先輩は手帳から視線をちらりと上げた。
「じゃあ続けるわ、いい?」
「は、はい!」
「じゃあ次、今学期の部活動の成果は?」
「具体的な賞とかはないですけど、お便りという形で生徒からの支持を集められていると思います」
「そうね、そこまで人気が出ると私としても少々複雑な気分だけれど」
「え?」
「いえ、なんでもないわ。忘れてちょうだい」
感心するような、だけど残念がるような声を発する西園寺先輩。
「……」
「……」
次の質問を待つが、西園寺先輩は手帳をペラペラとめくるだけ。
俺がじっと先輩を見つめる時間が続く。
「ま、教師へのお膳立てはこんな所かしらね……」
会長はポツリと何かつぶやき、突然すらすらと手帳に何か書き始める。
けだるげに、しかしすらすらと手帳に書きこんでいく姿に、俺は強烈な既視感を覚える。
あ、これアレだ!放送部の先輩たちが俺へのダメだしを列挙してる時の奴だ……!
この後どんな言葉が飛び出してくるかと、一人びくつく俺。
しばらくメモの時間が続いたかと思うと、ぱたんと重ための音と共に、手帳は閉じられた。
「よし、それじゃあ部活動調査はこれで終わりね」
「え?もう終わりなんですか?」
「こんなの形式的に決まってるでしょう?」
会長は熱心に書き込んでいた手帳を顔の横でひらひらと揺らした。
「いや、生徒会長でもそういうことするんっすね……」
「私は生徒の模範となるために生徒会長としているのよ?教師の自己満足を満たすだなんて、まっぴら御免だわ」
「おお……」
柔らかだが、しかし意思のこもった強い瞳。
なるほど、このカリスマ性が西園寺会長の強みか……。素直に感心してしまう。
「西園寺千早の事、少しは理解してくれたかしら?」
「ええ、逆に恐ろしくなりました……」
「あら、残念」
会長はちっとも残念じゃなさそうに小さく笑い、そして手帳をポケットにしまいなおした。
先輩が手ぶらになった次の瞬間、柔らかな彼女の瞳がギラリと一瞬光った。
「じゃあ、本題と行きましょうか」
「本題、ですか……」
「また今週も随分とたくさんお便りが来たみたいね」
先輩はいつの間にか机の上に置いてあったお便りを手に取ってペラペラと眺めていた。
い、いつの間に……
「生徒の信頼、この枚数を一人で捌く能力……やっぱり、欲しいわね」
ねっとりとした「欲しい」の響きにぞわぞわとした感情が駆け上がる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
だが、ビビりそうになる心を必死に立て直す。思い出すのはあの時先生と交わした言葉。そうだ、これは俺と先輩のためだ……
「先輩」
「うん?何かしら、影山君?」
満足げな顔のまま、お便りから顔を上げる先輩。そこに先ほど活動報告をしていたけだるげな様子はなく、心底満足そうで少し心が痛む。
「何度も言うようですが、何度誘われても俺は先輩に手を貸すつもりはありません」
「今度は先手を打つって寸法?私が言うのもなんだけど、あなたもいい加減諦めたら?」
「いえ、今回は真剣です」
毅然とした態度で言うと、先輩はすっと目を上げた。射貫くような鋭い視線、まるでスナイパーに狙われてるみたいだ。
「今日は随分と雰囲気が違うわね」
「はい、先輩が今日ここに来られると聞いて、きっちり準備してきましたから」
「ふふ、光栄ね」
あくまで余裕を崩さない先輩。逆に俺としてもそっちの方がいつも通りで良い。
先輩はトントンと紙の端をそろえて机の上に置き、ふっと俺の方を見る。
「じゃあ、交渉をしましょうか」
「いや、だから……」
「欲しいのはなに?西園寺と生徒会長として手が届く範囲なら、なんでもしてあげるわよ」
「俺はそういうのはいらないって……」
「ああ!」
会長はポンと一つ手を打った。その目はもはや俺に向いていない。
「このラジオをもっと広く知ってもらいたい?それとももっと直接的に部費の増加がいいかしら……?うん、私から口利きして設備の拡張をするのもいいわね。ここのマイクは質が悪いって前から思ってたのよ……」
「会長!」
一人でペラペラと喋り続ける会長に対し大声を出したものだから、出したものだから、先輩は一瞬体を硬直させる、が、直ぐにいつも通りの雰囲気に戻った。
「ごめんなさいね、私ったらついテンション上がっちゃって……。でも本心よ?あなたが生徒会に入ってくれたら、私たちは精一杯あなたのフォローをするし、個々の設備だってもっといいものに……」
「結構です」
会長の喋りにテンポを取られる前に、ぴしゃりとストップをかける。会長は少しびっくりした表情を浮かべる。
「……影山君、私少し耳が遠くなったみたい。もう一度言ってもらっていいかしら?」
「だから、会長の施しを俺は受けるつもりは一切ないって言ったんです」
「ど、どうして?放送部は予算だって、設備だって限界じゃない。とてもあなた一人で回すには使い勝手も悪いし、お粗末よ……?」
心底分からないと言いたげな表情の先輩。彼女を見ていたら、俺はなんだかむしゃくしゃしてきた。もういいや、思った通りに伝えてしまえ。
「お粗末だからってなんです、俺は今までこの部屋で、この設備と頑張ってきたんです。それを外野の人間からとやかく言われる都合はありません」
「で、でも、あなたにとっても悪い話じゃないはずじゃ……」
露骨に動揺している先輩。視線が俺と機材を行ったり来たりしている。
「確かに客観的に見たら先輩の提案はいいのかもしれない。でも、俺にも譲れないものがあるんです」
「……じゃ、じゃあ、影山君は不便なままでいいって言うの?生徒会と手を組めば、予算だってある程度自由に使える。この放送をもっといいものにできるのよ?」
会長の言葉にはいつもの様な覇気は失われている。だが、今の言葉で、俺がなぜ会長の提案を受け入れられないのか、しっかりと理解できた。
会長の言葉を理解できない理由、それは……
「そもそも、全部金で解決しようって言うのが、俺は気に食わないんです!」
「……っ!!!」
先輩は撃ち抜かれたように、椅子の背に体を撃ちつける。
「ふっ、ふふふふ……」
会長は俯いたまま、聞いたことのない暗い笑い声をあげる。かと思うと、直ぐにガバっと体を起こした。体の揺れが収まってから遅れて天を仰ぐような格好になる。
ヤバイ、ちょっときつく言いすぎたか……?いやでもアレが俺の本心だから……。
必死に振り払おうとしても、後悔の念が取れてくれない。先生と話した時に決心したはずなのに、肝心なところでまだ会長に愛着が湧いてしまっている。
「別に……だし」
「え?」
天を仰いだまま、会長はぽつぽつと話し始めた。
反射的に聞き返すと、先輩はきっとこちらを睨みつけた。その目には強い怒りを湛えていたが、少しうるんでいるようにも見えた。
そしてそのまま、大きく息を吸って腹の底全てを吐き出すように宣言した。
「別に、影山君なんてちっとも欲しくなんかないんだからね!」




