お呼び出し
「はい、という訳でモンゴル帝国はこのようにして世界のかなり大きな領域を支配してきたわけだが……。みんなも知っての通り、今のモンゴルはこんなに大きくは無いよな。という訳で、次回はモンゴル帝国の滅亡からだ。はい、にっちょーく」
「きりーつ、きをつけー、れーい」
「「「ありがとうございましたー」」」
各々のタイミングでばらばらなお辞儀をする。
あんな宣言をされてからわざわざ私語をはさむような命知らずはうちのクラスにはおらず、授業は非常に整然と進行された。
先生も授業の初めのタイミングこそ不穏な様子だったが、表情は満足げで、俺も一安心。よかった、取り敢えず解放された……
これでおしまいだとばかりに、先生に深々とお辞儀をする。
「あ、あと影山はちょっとこの後私の所に来るように」
「え゛」
丁度90度のタイミングで声を掛けられて、喉からつぶれたような声が出る。
ゆっくりと顔を上げると、クラスメートが一瞬ちらりとこちらを向いた。が、直ぐに、俺と目があったらすぐにさっと目をそらす。
……やめてよそんな腫物扱うみたいに。
心の中で嘆きを発するも、誰にも伝わることは無い。
呼ばれてしまったのは仕方がない。さっさと荷物をまとめて出ていった先生を重い足取りで追いかける。
先生は教室から少し離れたところ、人気のない階段の踊り場あたりで壁を背にして立っていた。駆け寄っていくと、ちらりとこちらに目くばせした。
「来たか」
「……とりあえず、私語はしてなかったと思いますけど」
「まだ何も言ってないだろ」
なるほど、一応冤罪の線は無い、と……
ひとまず不本意な減点は無さそうだと判断し一安心。だが警戒を解くにはまだ早い、俺の頭は次の可能性を考えろと高速で回り出す。
人の少ない廊下、真城先生、7月……。
「先生」
「どうした影山」
「申し訳ないですけど、俺に年の離れたイケメンの親戚はいないです」
「……そんなに試験で減点して欲しいならいくらでもやってやるぞ?」
腕を組み、ひくひくと口を引きつらせる真城先生。
そんな、夏の寂しさを紛らわすイケメンが欲しいんじゃなかったのか……。
一人ショックを受けている俺を見て、先生ははぁとため息をついた。
「お前にアイツらのDNAがしっかり刻み込まれてるようで、私は悲しいよ……」
アイツら、とは恐らく去年卒業していった放送部の先輩たちの事を指しているのだろう。新任の先生をだまくらかして放送部の顧問に祭り上げ、ついでに何も知らない俺を散々引っ掻き回してくれた先輩達……。
「心外ですね、俺はこんなに真面目にラジオに取り組んでるって言うのに」
「そういう所もそっくりだって言ってるんだよ」
呆れたような、だが少し嬉しそうな表情の真城先生だった。
「それで、冤罪でも紹介でも無かったら、何で呼んでくれたんですか?」
「お前は私を何だと思ってるんだ……」
先生はため息をつきつつ、周囲をちらりと確認してからポリポリと頭を掻いた。
「あのー、あれあるだろ。学期末にある部活動調査」
部活動調査、という言葉に俺は反射的に体をこわばらせる。各部活がちゃんと運営されているか、1年生が部活に入り馴染んで来たこのタイミングで教師が調査に入るのだ。
「そういや去年もそんなのありましたね……」
当日まで何も知らなかった先輩達が、慌ててお茶を買って来いと俺をパシりにした記憶が蘇ってくる。
「緊張するな、所詮大した調査じゃない。放送部はお前しかいないけど、今じゃ学校でもちゃんと人気出てるだろ?」
「そう、ですけど……」
先生の優しい言葉に安心したくなる半面、それだとなぜ俺が呼ばれたのかが分からない。
怪訝な顔をしていると、案の定先生は微妙そうな顔をした。
「ただ、その部活調査について一つ問題があってな……」
「な、何ですか……」
途端に二人の間に緊張感が走る。
先生は誰かが聞いていないか改めて周囲をぐるりと見まわす。一体何が飛び出すか、俺の下腹にぐっと力が加わる。
先生は俺の耳に顔を近づけて、囁いた。
「実は、放送部の調査……生徒会がやるらしいんだよな」
「え゛っ!」
本日二度目の、喉から出たつぶれるような声。
冗談だろと縋る様な気持ちで先生を見上げるが、先生は目を伏せ首を左右に振った。
「残念ながら事実だ、うちの放送部は形式が特殊だから生徒目線で調査した方がいいって、会長直々のお達しらしい」
「生徒会長直々ですか……」
「上層部も生徒会の方針は全面的に認めてるからな、断る理由も無いんだろう」
俺の脳裏に浮かぶ自信満々な西園寺会長の顔。
放送部、あの人に調査されるのか……。
「……会いたくねえなぁ」
思わず漏れた言葉が先生に届いたらしく、先生も憐みの目をこちらに向ける。
「よりによってアイツに目を付けられるとは、お前も難儀な奴だな」
「同情するなら助けてくださいよ……」
あの生徒会長の事だ、わざわざ放送部の調査に乗り出すなんて理由があるに決まっている。
だがその理由が一切分からない。悪い考えが俺の頭を埋め尽くす。
「まあ、西園寺もお前の事が嫌いってことは無いと思うぞ?」
「ホントですか……?」
「ちなみに、目を付けられる心当たりはあるのか?」
「あーいや、まあ……」
俺が生徒会入りを断ったという理由で、あの人は報復してくるような人ではない。
であれば可能性はかなり絞られる。
「多分、勧誘ですかね……」
「勧誘?」
「はい、あの人、なんか俺を過大評価しちゃってるみたいで、会うたびに生徒会に入らないかって勧誘されるんですよ。毎回断ってるんですけど、しつこくて……」
「あー、アイツあれで結構子供っぽいからな……」
真城先生は何か知っているような口調で語る。
「先生、会長とお知り合いなんですか?」
「あー、まあな。私、アイツの姉と仲いいんだよ」
「へー、会長のお姉さんですか……。どんな人なんですか?」
「……一言で言うのは難しいが、あの西園寺よりは《《凄まじいな》》」
「ああ、もうお腹いっぱいです……」
あの会長のスケールアップ版か……、考えるだに恐ろしい。
先生はどこか遠くを見つめたかと思うと、ふっと視線をこちらによこした。
「まあでも、これがいい機会なんじゃないのか?」
「いい機会?」
俺が尋ねると、先生は柔らかく頷いた。
「ああ、この際お前が西園寺の事をどう思ってるのか、素直に伝えてみたらどうだ?」
「素直に、会長に……」
「お前がちゃんと嫌がっているっていうのを伝えてあげないと、アイツもずっとこのままだぞ」
「それは……問題ですね、お互いに」
この不毛な争いを続けても、結果何も生まないのは目に見えている。この際はっきりと会長に俺の気持ちを伝えた方がお互いのためかもしれない。
しかし、俺の脳裏によぎるのはいつぞやの会長の「欲しいものは必ず手に入れる」宣言……。
「……嫌だって伝えたとて、聞いてくれますかね?」
「そんなの取らぬ狸の皮算用だ、少なくとも言わないと始まらない」
「まあ、そりゃそうですけど……」
だが、うだうだ言ったところで何も変わらないのもまた事実。先生の言う通り、これがいい機会なのかもしれない。
「分かりました、ビビらず会長と真っ向勝負して来ようと思います」
「よし、その意気だ!」
先生はニカっと笑ってくれた。俺もなんだか胸のつかえがとれたような気分だった。
「ああ、一応この件は他の奴には内緒な?変に特別扱いされてるとか思われたら面倒だろ?」
「もちろん、ここだけのオフレコですね」
お互いに人差し指を立てて「しーっ」とする。
「それじゃあ、私は一緒にいてやれないけど頑張れよ」
「はい、ありがとうございました」
ひらひらと手を振って立ち去る先生にぺこりとお辞儀をする。小さくなる先生の背中を一通り眺めて、俺も回れ右をする。
教室へと向かう足取りは、行きよりずっと軽かった。
「……頼んだぞ、影山」




