ファン
北原が返ってきたのは、公開収録も終わってからだった。まだ撤去されていない椅子に座ってると、北原が小走りで駆け寄ってきた。
「お待たせ」
「おう、お帰り~」
いつも通りに少し俯きがちに、彼女は俺の横に座ってきた。
「ごめんね、遅くなっちゃって。もう終わっちゃったのね」
「ああ、丁度さっきな。そっちは電話大丈夫か?」
北原は俺の質問にこくりと頷いた。
「ええ、どんな友達と出かけてるのか聞かれて長引いちゃった」
「……ちなみに、どのくらい説明したんだ?」
「クラスメートとだけ伝えたわ」
「なるほど……」
彼女の口ぶりから、その友達の性別は特に言及されていないんだろう。
そのお母さんもまさか相手が男でラジオの公開収録に引っ張りまわされているとは思うまい。
北原はこくりと小さく頷いた。
「ええ、クラスメートとだけ……」
ぽつぽつと喋る北原。電話に疲れたのか、北原とはいつも以上に目が合いにくい。ずっとうつむいてぽつぽつと話している。
「まあ問題なさそうなら良かったよ。とりあえず行くか」
「ええ」
俺はバッグを肩に掛け立ちあがる。その瞬間、俯いている北原の顔が目に入る。
「あれ、なんか北原、眼赤い?」
「!?」
ビクッとして体を硬直させる北原。体が跳ね上がったおかげで余計見えやすい。
化粧で隠しているようだが、充血している。
「お前、もしかして泣いてたんじゃ……」
「ち、違うわよ。別に泣いて何か無いわよ」
「いやいや、嘘つくなよ。それはどう見ても泣いてただろ!」
「ちょ、ちょっと!覗き込まないでよ!」
慌てて両手で顔を隠す北原。指のスキマから綺麗な白い肌が真っ赤に染まっているのが分かる。
「なんか嫌な事でもあったのか?もしかしてアイツら……!」
「違う、違うから……!」
手を振って必死に否定する北原。あまりに真剣な表情だったので、俺もそれ以上踏み込むことはやめた。
「……まったく、誰のせいだと思ってるのよ」
「うん?何か言ったか?」
「何でもない!」
下を向いてぶつぶつ喋るから聞き返すが、逆に怒られてしまった……
うーむ、デリカシーって難しい……。
北原は自分を落ち着かせるように深呼吸を一つして、ちらりとこちらを見上げる。
「……それで、公開収録はどうだったの?」
「ああ!」
北原に聞かれて、あの時の興奮が蘇ってくる。
「マジっで最高だったよ!やっぱ生は興奮するっていうか、五感全部で楽しめるって言うか……もうとにかく素晴らしかった!」
「そう……ちなみに、MCさんとはおしゃべり出来た?」
「あー、それは……」
北原に尋ねられて、一瞬言葉に詰まる。
質問コーナー一応当選したけど、そこ詰められるとな……。
「いや、結局当たんなかったよ。やっぱ倍率凄くてさ」
「え?当たらなかったの?」
北原は驚きいっぱいの顔を浮かべる。マズイ、何か勘づかれたか……?
「あ、あーでも!そう言えば塔山ちゃんがいい事言ってたぜ?」
「いい事?」
「おう、丁度北原がいないときのフリートークの時なんだけど、塔山ちゃんも人見知りだったらしくて、その治し方を言ってたんだよ!」
「ふーん、フリートーク……」
どこか引っかかっているような表情の北原。嫌な汗がたらりと首筋を伝う。
「まあいいわ、それで?塔山さんはなんて言ってたの?」
「お、おう!それでな?彼女は今仲がいい人とたくさん喋るようにしたんだと。いきなりいろんな人と喋るのはハードルが高いから、仲のいい人と親交を深めて、そこからステップアップすればいいんだと」
「成程ね、先ずは自分の近くにいる人と親交を深めろと……」
「そう!だから北原だったら木南と……」
「えい」
木南と仲良くすればいいんじゃないか?そう言おうとした瞬間だった。
北原は気の抜けた掛け声とともに俺の腕にしがみついてきた。
「ちょ、ちょっと北原!?」
「何?どうかした?」
平然とした顔でさらにグイっと体を近づけてくる北原。腕に弾力のあるものが押し付けられる感覚。
「こ、これは一体どういうつもりで……?」
「影山君が言ったんじゃない、今仲がいい人ともっと親密になれって」
「いや、確かに言ったけど、それは木南とか……」
「影山君は私が人見知りのままでもいいの?」
「ぐっ……」
そこを突かれると痛い……。北原はふふんと何故か勝ち誇った顔。
なんだこれ、罰ゲームか?いや罰ゲームにしては幸せ過ぎるな。
暫く考えても、結論は出てこない。まあいいや、一応さっきみたいなこともあったし、彼氏のフリをしろってことなんだろうと自分を納得させる。
「ねえ、影山君」
腕を組んだ状態のまま、北原は話しかけてくる。
「なんだ、北原?」
「私、好きなラジオあるのよ」
「へえ、どんなのだ?」
「うん、MCの人は一人なんだけど、すごく面白いの。トークセンスも抜群にいい」
「ほう、そんなに面白いのか」
ラジオは大体ふたり以上でやる場合が多いけど……その人も一人なのか。俺も一人だし、勉強になるかもな
「ええ、何よりその人は、とってもリスナー思いなの。お便りを送ったら絶対覚えてくれているし、自分よりもリスナー優先って感じで、一体感を感じるラジオ」
「一体感か……、それは確かに大事だな。北原もファンになるわけだ」
一体感は俺も大事にしている所だ。ひょっとしたら北原はそのラジオの影響もあって俺のを聞いてくれたのかもしれない。だとしたら感謝だな。
しかし、北原は少し不満げな顔を浮かべている。
「ファン?」
「あれ、違ったか?」
「ええ、大間違いね」
北原はこくりと頷くと手を離し、さっと俺の正面に立つ。
そして人差し指を立てて、俺の胸にトンッと当てた。心臓がどきりと跳ねる。
北原は小さく息を吸って、ふっと勝気な笑顔を見せる。
「ファンじゃなくて、大ファンよ?」
「……そりゃ失礼」
「ええ、勘違いしないで欲しいわ」
北原は再び俺の横に立つ。今度は腕を取っては来なかった。
「今は、だけどね?」
含みありげに笑う北原の顔が、妙に印象的だった。




