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校内ラジオで恋愛相談をしてたはずが、気づけば学園の美少女たちに言い寄られてた  作者: 尾乃ミノリ


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聞いていた事

「うん……だから大丈夫、楽しくやってるから心配しないで。……うん、また帰ったら色々お話しするから、じゃあねママ」


 一言告げて、私は電話を切った。


 混雑している休日のショッピングモール、ベンチに座ったまま行き交う人波を見つめて、私はふうと一つ息を吐く。


 全く、母は心配性だ。一人娘が休日に友達と遊びに行くなんてごく当たり前の事なんだろうから、一々電話しなくても大丈夫なのにと思う。


 ……いや、『私の場合は』心配にもなるか。


 はっきり言おう、私、北原柚葉には友達がいない。


 それは決して友達を作ると人間強度が下がるからとか、そういう理由ではない。ただただ人と喋るのが苦手なだけ。


 まあ、私の場合は《《だけ》》で済ますには深刻なレベルかもしれないけど……


 母はしきりに相手の子をうちに連れてくるように言ってきた。気が早いとか、その内ねとか曖昧なセリフで誤魔化したが、その時はまだ先だろう。


 遥か後方でわっと歓声が上がる。その方向を見るが、多分私がさっきまでいたホールだろう。そこに、私を今日ここに連れてきてくれた男の子がいる……。


「でもまさか、あの影山君と一緒にお出かけできるとはね……」


 今でも夢を見ているような気分だ。


 ♢


 高校に入学してから、私はずっと一人だった。


 学校に来るのも、昼休みも、放課後も、ずっと一人でいた。


 周りでクラスメートたちがつるんでいるのを遠巻きに見ながら、別に私は一人で大丈夫だなぁ、なんて思っていた。


 だけど声が聞こえると本に集中できないから、私は無音のイヤホンを付けて本を読むことにしていた。外界からシャットダウンされて、家にいるとき以上に読書はかどっていた。


 だが、ある日私はイヤホンを忘れてしまった。しまったと思ったが、時すでに遅し。色々と悩んだが、結局、喧騒に包まれながら本読むことを選んだ。


 その時、クラスの上方に取りつけられたスピーカーが揺れた。

 直後、けたたましいボリュームの音楽。


「うるさっ……」


 思わず耳を塞ぐが、周りは特に気にしていない様子で友達同士で話している。


『皆さんこんにちは!今週もはじまりました明仁高校お昼の放送!本日のMCは私影山が務めさせていただきます……』


 ウチで昼の放送をやっているのは知っていたが、まともに聞くのは初めてだった。普段のイヤホンは優秀だったんだな、なんて事を思う。


『ええと、ちなみに今日は僕一人みたいです……、一年なのに。えー、今日部室に来たら大勢の先輩に取り囲まれて、僕だけマイクの前に座らされました……。で、ここから何話せばいいんだろう……。ちょっと!先輩達サムズアップしてないで助けてくださいよ!俺喋るの苦手なのに……』


 どうやら今日のMCの子は私と同じ1年生の子らしく、彼の喋りは、非常にたどたどしい。


 しかし、喋るのが苦手、と言う点で私は妙な親近感を覚えて、今日の放送を聞くことにした。何にせよ、この状態じゃ本に集中できたもんじゃないし。


『ええとでは、次のお便り……ラジオネーム死して尚輝く乳酸菌さんから……ええと、私が最近一番ショックだった出来事は、この間の数学の点数です……普段は数学には自信があるのですが、今回は準備時間の割に出来なくてショックでした……とのことですが、』


 まあ、学校のラジオなんて所詮こんなものよね。私はカーラジオくらいしか聞かないが、このお便りが面白いお便りだとは全く思わない。


 普通だったら読まない可能性だってあるだろう。まあ、新人さんっぽいししょうがないか……


『分っかります!!』

「……!?」

『いや、こういう現象ってありますよね、ほとんど勉強していないような科目で結構いい点数取れたくせに、めちゃめちゃ頑張って対策した科目が全然できない~みたいな事!何か自分の頑張りを否定されたような気分がして一番心にダメージきますよね!』


 お便りを呼んだ瞬間、彼は心底分かるといいだけに力強く共感した。


『でも安心して下さい!努力した分は試験には反映されてないだけで、絶対力につながってますから!実際うちの先輩だって、ろくに数学の定期試験勉強してないせいで、模試の成績散々だって……イデッ!』


 誰かに叩かれたらしく、鈍い音と小さな悲鳴が教室に響く。

 およそラジオとは思えないシーンを聞きながら、私は……


「ふふっ」


 思わず笑っていた。


『ま、まあうちの先輩の話は置いておくとして、乳酸菌さんもめげずに頑張ってほしいなと思います……そういう感じです!はい、では先輩の視線も冷たいので、次のお便り読ませていただきたいと思います!』


 たどたどしくも全力なMCの少年。


 親近感を覚えるなんて失礼が過ぎる。私と違って、彼は全力でラジオをやっているんだ。そう思ったら、どんどん彼のラジオに引き込まれていった。


 そんな私がお便りを送るようになるのは、ごく自然な事だった。

 人と喋るのが苦手な私でも、ラジオなら、影山君なら受け入れてくれるんじゃないかと思ったのだ。


 ペンネームは三日三晩考えて、小学生の頃読んでいた本のタイトルから取ることにした。私は本が好きだし、それらしく思えた。


 彼は私の書いたお便りを読んでくれた。ラジオらしく茶化しつつも、真剣にお便りに向き合ってくれた。私も彼と話が出来ているみたいで、受け入れられてる気がして何度もお便りを送った。


 次第に私はラジオの中でも常連になった。デルトラ節とか言われたりして、なんだか誇らしい気持ちになったものだ……。

 再びわっと歓声が沸く。もう質問コーナーも終盤かもしれない。


「そろそろ行かなきゃ」


 昔話はもうおしまい。ワンピースの裾を払い、ベンチから立ち上がる。ゆっくりとした足取りでホールへと近づいていく。


 まさか今日みたいな日がくるだなんて思ってもみなかった。今年彼の隣の席になってからというもの、私はとても運がいい。彼にも少しでもいいからその運がめぐってくれていればいいのだけど……


「って、あれ?」


 ホールに近づいていくにつれ、見慣れた姿が立ちあがっているのが見える。グレーの上着に茶色のズボン。見間違うはずがない、影山君だ。

 見るに彼以外の人は立ちあがっていない。と、いう事はつまり……


「当たったんだ……!」


 彼は公開収録の質問コーナーで選ばれたのだろう。あの人数の中から選ばれるなんて、どんな幸運だろう。いや、彼の日頃の行いがなせる業だろうか。


「えっと、それで質問についてなんですけど……」


 震えた声が聞こえて、私は足を止める。折角憧れの人と一緒に話せているんだ。その瞬間を私が邪魔しちゃいけない。


 喋り始めてから硬直する影山君、きっと今までにシミュレーションしてきた質問の中から、どれにするかを必死に考えているのだろう。彼は本当にこのラジオが好きなんだという事が、痛いほど伝わってくる。


 きっと、影山君にお便りを書いている時の私も、同じ顔をしているから。


 だからせめて、今だけは私の事は気にせず、思う存分楽しんでくださいと、ささやかな祈りを込める。


「えーと、ポツンと三軒茶屋さん?決まりました?」


 塔山さんがおずおずと尋ねる。彼がゆっくりと息を吸う音が、マイクに拾われる。

 さて、彼は何を聞くんだろう、好きな食べ物?好きなお便り?それとも自分がやってる放送のコツとか聞くのかな……?


「人見知りの治し方を……人と上手に話す方法を、教えてください」


「……え?」


 一瞬、彼が何を言ったか理解できなかった。

 何で?人見知り?上手に話す方法?ハトレディの話とか、自分の放送の話とか、そう言うのじゃなくて?


 ……いや、彼がこんな質問をした理由は決まっている。私が一番わからなきゃいけない。


 ああ、彼はなんて馬鹿なことをしてるんだろう。折角のチャンスだって言うのに、自分が大好きなラジオの公開収録で、しかも憧れのMCと話せているのに、何でそんな質問しちゃうんだろう。


 もう、お人よし過ぎて力が抜けてきた。いいや、この辺なら邪魔にならないだろうし、しゃがんでしまおう。


 こんな機会を逃すだなんて、そんなので私が喜ぶと思ってるのか。まったく、ため息が止まらない。呆れて声も出ない。


「……あの、大丈夫ですか?」

「へ?」


 ふと顔を上げると、20代くらいの女の人が私に声を掛けていた。

 その手に握られているのは……、何故か、ハンカチ。



「……あ、いや、座り込んで泣いてるみたいなんで、大丈夫かなって」


 泣いている?何を言ってるんだこの人は、私は影山君に呆れて座ってるだけなのに。


「いえ゛、だいじょうびでず……」


 あれ、なんでかうまく声が出せない。


 おかしいと思って、顔を拭う。

 手が濡れる感覚。

 私の隣に一緒にしゃがみ込んでくるお姉さん。


「だ、大丈夫ですか?何か嫌な事でもあったんですか?」


 嫌な事なんてあるわけない、辛くて泣いてるんじゃない。お姉さんに大丈夫だと返事をしたいのに、まともに声が出せない。嗚咽が返事の邪魔をする。


 涙はとめどなく流れている。


「ずみません、大丈夫です……」


 やっとの思いで立ちあがり、依然心配そうなお姉さんのハンカチを断る。

 大きく深呼吸をして、立ちあがり、回れ右をする。


 背中で歓声を浴びる。人見知りを治す方法なんて聞いてる場合じゃない。今はこの泣きはらした自分の顔をどうにかするのが最優先だ。


 だって、好きな人には綺麗な自分を見せたいもの。

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