聞きたい事
たくさんの照明に照らされたステージ上を、二人が手を振って歩いてくる。
一瞬で会場のボルテージが上がる。歓声とも悲鳴ともつかないような叫びがホールを埋め尽くす。
「うおーっ!!!」
俺も場の勢いに任せて歓声を上げる。
「塔山ちゃーん!かわいいよー!」
「牧瀬さーん!今日も渋いねー!」
「塔山ちゃん、今日もいい声してるよー!」
方々から飛び交う歓声。
ハトレディナイトのMCは初老の落ち着いた声が特徴的な牧瀬さんと、元気印の塔山ちゃんの二人で構成されているが、歓声はどちらかと言うと塔山ちゃん多めだ。客層も男性が多いから、彼女目当てで来る人も多いのだろう。
尚、ステージ上の二人は一切声を出していない。予想以上の反響に驚いているのか、二人は顔を見合わせている。
やれやれ、応援の仕方が分かっていないオタクたちだ、俺が手本ってものを見せてやらないとな……
「塔山ちゃーん!牧瀬さーん!今日もいい声聞かせてー!」
これが正しい応援の仕方。第一声を発しやすくする最高のパスだ。
「なんか、影山君の応援変ね……」
「嘘!?」
驚いて彼女の方を見ると、やれやれと言わんばかりの北原がいた。
視線をステージに戻すと、二人はマイクを握っている。
「みなさーん!こんレディオ~!」
「「「こんれでぃお~!」」」
会場が一丸となって挨拶する。狭くないホールが大音量に揺れる。
「よし!それじゃあハトレディナイト特別版、公開収録始めていきましょう!」
「いえーい!!!」
会場は一体感に包まれている。MCの二人も満足そうに頷きつつ、用意されていた座席に座った。
再びジングルが流れる。
「はい、それでは改めまして!本日7月14日、ハトレディナイト初めて行きたいと思います!今回は何とエミプラスでの公開収録です!皆、楽しんでいこうなー!」
「hoo!!!」
「ふ、ふー!」
牧瀬さんの呼びかけに、全力で答える俺達。隣に座る北原も、恥ずかしがりつつ、小さく腕を上げている。
「なんだか、ラジオの公開収録ってこんな感じなの?もっと大人しい感じかと思ってた」
「それはたぶん……ラジオってどうしてもアングラなジャンルでこうして日の目をあ浴びる事ってあんまりないから、いつも以上にテンション高いんだと思うぞ」
「確かに……納得ね」
何故か俺の方を見て頷いた様子の北原。なんでだよ、俺はまだまっとうな方だぞ……多分。
「いやぁ、塔山ちゃん、お客さんたくさん入ってくれて嬉しいね!」
「ホントですね!皆ー、盛り上がってるー?」
「「「イエーイ!!」」」
「ちょいちょい、これラジオだから!ライブみたいなテンションになってるから!」
「あ、いっけない……」
わははと会場から笑いが起きる。
「じゃあ気を取り直して、今日もハトレディナイト、頑張っていきましょう!」
「「おー!」」
MC二人で軽く手を上げて、ハトレディナイトが始まるのであった。
♢
そのまま公開収録はつつがなく進んでいく。こちらを絡めたオープニングトーク、塔山ちゃんのやらかしたエピソードに牧瀬さんが冷静にツッコミをしていく。
「やっぱり流石のトーク力だな……」
会場からは笑いが絶えない。オープニングの盛り上がり程ではないが、しっかりと観客を沸かせている。
俺は片手にメモ帳を持ちながら、放送部員として参考になりそうなところのメモを取る。
「ふふっ」
更に喜ばしいことに、横で北原がくすくすと笑っている声が聞こえてくる。
「公開収録って初めて来たけど、面白いわね」
歓声の中でも聞こえやすいように、北原は顔を少し近づけて声を張ってくれる。
「ホントか!?」
「ええ、いつも耳で聞いてた人たちが目の前に立ってるって、なんだか不思議な気分ね」
北原は満足げな笑みを浮かべている。良かった、俺も一安心。
「それでは続いて、お便りのコーナー!」
「イエーイ!」
「と、言いたいところですが、今回は特別編!公開収録に来ているお客さんから質問を募集していきたいと思います!」
「「「うおーっ!」」」
こちらに手を伸ばしてくる牧瀬さん。会場のボルテージもまた一段階上昇する。
「よっしゃ来た!今日一番のお楽しみ!メインイベント中のメインイベント!」
「ちょっと、興奮し過ぎよ」
「いやいや、これが興奮せずにいられるかってんだよ!どう、北原?質問何にするか考えた?」
「そうね……」
俺に言われて少し考えこむ仕草をする北原。そして俺の顔をじっと見つめてきた。え、何?俺に関係する話?
「ま、何となく決めたわ」
「そ、そうか……」
北原は小さく頷いた。北原の質問、一体なんだろう……
「ちなみに影山君は?一つに絞れた?」
「いや、それがな……」
プルルルルル
中々決めきれそうにない、そう答えようと思った時、携帯が鳴った。着信音は俺のではない、北原だった。
彼女は鞄からスマホを取り出して着信を確認すると……、小さくため息をついた。
「ごめん影山君、ちょっと私電話してきていい?」
「お、おお、別にいいけど……」
「気にしないで、うちのお母さん心配性なだけだから。すぐ戻る」
ため息をついていたから心配したが、北原の顔に嫌そうなトーンは無く、寧ろ「全く、しょうがないんだから」みたいな感じだった。
「でも、それだったら俺も付いていくよ。一人じゃ危ないだろ」
さっきみたいなナンパ野郎がまた現れたら大変だ。
しかし、北原はフルフルと首を横に振った。
「大丈夫、さっきの人たちは警備員さんが追い払ってくれたみたいだし、一人でどうにかなるわよ」
「でも……」
「公開収録楽しみにしてたんでしょ?すぐ戻ってくるから、影山君は楽しんでて」
そう告げて、北原は人込みを分けて一人でするするとどこかへ行ってしまった。
大丈夫かな、アイツ……
「それじゃあ、質問のある人は手を上げてください!」
「あっ」
北原の方に気を取られていたら、いつの間にか質問コーナーはスタートしていた。俺も必死に手を上げるが、時すでに遅し。
気づいたときには既に多くの手が上がっていた。
「それじゃあ、そこの赤いパーカーに眼鏡かけてるお兄さん!質問をお願いします!」
塔山ちゃんは別の人を当てて、当てられたお兄さんも、無難に今までで一番面白かったお便りについて質問した。
そうして同じようなくだりが数回続いた。内容は様々で、普通のラジオっぽいお便りだったり、早口言葉を言わせてみたりしていた。
「いやぁ、色んな質問に答えてたら、結構疲れてきたね……」
「ですね~そろそろ最後の質問にしましょっか」
「だね。じゃあ最後の人、塔山ちゃんが選んでいいよ」
牧瀬さんに言われて、塔山ちゃんが客席を見回す。
猛門奈慣れてきたのか、塔山ちゃんが何も言わずとも、みんな勢いよく手を上げる。厳しい戦いだとは分かってはいるが、俺もびしっと手を上げる。
「えーとそれじゃあ、後ろの方で手を上げている、白いTシャツにグレーのアウター着てるお兄さん!」
最後は白Tにグレーのアウターか……、まあそうだよな。分かっちゃいたけどこんなの当たるわけないよな……。
そう思いながら周囲を見回すと、皆がなぜかこちらを向いている。……え?
改めて自分の格好を確認すると、白いTシャツに薄手のグレーのジャケット。
……マジ?
状況が理解できずキョロキョロしていると、どこからともなく表れたスタッフさんが腰低く、すすすとマイクを渡してくる。訳も分からないままマイクを受け取り前を向くと、塔山ちゃんがこちらを向いていた。
「じゃあ、そこのお兄さん!立って質問をどうぞ!」
周りのお客さんから恨みがましげな視線を浴びつつ、立ちあがる。
「えっと……牧瀬さん、塔山さん、こんレディオー……」
「はい、こんレディオー!」
いつも通りのテンションで返事をしてくれる塔山ちゃん。だが今は彼女のこんレディオは俺向きだ。
「え、ええと、普段はポツンと三軒茶屋って名前でお便り送らせてもらってます……」
「ああ、ポツンと三軒茶屋さん!知ってる知ってる!結構渋いお便りくれるよね!」
「あー、そっ、すかねぇ……?」
「うん、こんな若い人だと思わなかったです!」
名乗らないのも失礼かと思ってコメントすると、どうやら認知してくれていたらしく心底驚いた顔をしてくれる塔山ちゃん。……ヤバイ、ニヤける。
って、そうじゃなくって!
「ええと、それで質問についてなんですけど……」
そう言ってから、俺は初めて自分が何も考えていなかったことに気づいた。
何について聞こう……ハトレディの話か?それとも俺の今やってるラジオについての話をするか?それとも……
と、その時隣の席が見えた。今は空白の隣席、母親に電話をすると言ってからしばらく帰ってきていない。
鞄すら残っていないその席をぼんやりと見つめながら、俺は今までの事を思い出していた。
北原は今日俺の誘いに乗ってきてくれた。このラジオにどこまで興味があるのか知らないが、付いてきてくれた。それはなぜか、北原と学校で話すようになったからだ。なぜ彼女と話すようになったのか、それは……
―――北原が、俺のラジオが面白いと言ってくれたからだ。
ずっと一人で続けてきた放送部、先輩たちの後を継がなくちゃと思って必死に頑張ってきたけど、やっぱり辛いときもあった。
だけど、北原はそんな俺のラジオが面白いと言ってくれた。いつも聞いて、感想を伝えてくれた。それに何よりも救われた。
なら、俺がここで聞くべき事は……
「ええと、ポツンと三軒茶屋さん?質問決まりました?」
不安そうに聞いてくる塔山ちゃん。俺もすっと顔を上げる。
「人見知りの治し方を……人と上手に話す方法を、教えてください」




