北風のため息
俺がナンパ野郎たちを撃退した後、直ぐに様子を見に警備員さんが来た。
大声を出したという事もあり、何か言われるかと思ったが、丁度近くで俺達のやり取りを撮影していた人がいたおかげで俺達はお咎めなしで解放された。
しかもナンパ野郎たちは迷惑行為を働いたという事で、見つけ次第このショッピングモールから追い出すと約束してくれた、ざまあない。
「じゃあ、彼女さんを大事にね」
「う、ウッス……」
警備員のおっちゃんがニコニコしながら俺達に手を振ってくるのに苦笑いで返事をする。
北原は未だに俺の腕にしがみついている。俺の動画と言い、確かに勘違いさせる要素は満載なんだけど……。
「ええと……北原さん?そろそろ離してもらっても……」
「やだ」
短い、だけどしっかりした拒絶の返事。
まぁ、相当怖い思いしただろうしな……
「じゃ、じゃあ、予定通り昼飯にするか?」
「……ええ」
弱々しい返事。俺も結局北原の好きにさせて、軽食の取れるチェーンの喫茶店に入ることにした。
♢
「じゃあ、パスタセット二つお願いします。一つはカルボナーラ、もう一つはペスカトーレで」
かしこまりました、といい笑顔を見せて、店員さんは颯爽と去っていった。
そこまで混んでいない店内に入ったら落ち着いたのか、北原は俺の正面に座った。
注文が終わってから、北原は水を飲んで小さく息を吐いた。
「落ち着いたか?」
「……ええ、取り乱してごめんなさい」
「……俺が一人にさせたせいで嫌な思いさせたな」
「ううん、私こそゴメン」
「北原が謝る事じゃないだろ」
それはナンパされてしまった事に対してか、それとも俺の腕にしがみついていたことに対してか。どちらかは分からなかったが、どちらにしても彼女が謝る話ではないと思った。
しかし、北原はそれじゃ気が済まないらしい。
「折角のお出かけなのに、ごめん」
「いいよ、午後のデートも楽しみたいからな」
北原があえて避けた言葉を俺は告げる。
北原は笑顔のままむう、と器用に頬を膨らませた。
「いじわる」
「はっはっはっ、いつもの仕返しだ」
俺が笑い飛ばすと、北原ははあと肩をすくめた。
「何よ、緊張感無くなっちゃったじゃない」
「リラックスして話した方が喋りやすいかもしれないぞ」
「……そうかもね」
一言告げて、北原はだらりと背中をソファーに持たれた。
「私、すっごい人見知りなのよ」
北原はぽつぽつと話し始めた。
「周りからは北風の令嬢なんて言われるけど、その実ただ人と喋るのが苦手なだけ」
「……北原もそう言う噂、知ってるんだな」
「あの学校にいたら嫌でも耳にするわよ」
北原は自分にまつわる事なんて微塵も気にしていないと思っていたから、意外だった。
「だから今日みたいにナンパされた時、足がすくんで動けなくなっちゃった」
「別に、あんなの怖くて当然だろ」
俺もああいう現場に鉢合わせたのは初めてだったが、あれは相当怖いと思う。
だが、北原はそう思っていないらしい。ふるふると小さく首を振る。
「私がちゃんとビシッと断れればよかったの。だから影山君にも迷惑かけちゃった」
「迷惑だなんて、それで北原を助けられるなら安いもんだろ」
「……」
精一杯優しいいいセリフを言ったつもりだったが、北原の反応はない。
テーブルに肘をつき、ジト目でこちらを睨んでいる。
「影山君……」
「な、何だよ」
「その調子じゃ、いつか刺されるわよ」
「どういう事!?」
折角俺にしては珍しくいいことを言ったつもりだったのに、どうやら逆効果だったらしい。女心って難しい。
頭の後ろをポリポリと掻いていると、北原はふっと表情を明るく下した。
「それはそれとして、助けてくれてありがとう、影山君。私だけじゃどうにもならなかった」
「いいよ、当たり前の事をしたまでだ」
お互いに顔を見合わせて、軽く笑う。
「まあでも、私のこの人見知りには本当に困ったものね、影山君に迷惑かけてしまうだなんて」
「……」
北原は軽い調子で言っているが、真剣に悩んでいることは伝わってくる。それに何も返答できないのがもどかしかった。
「お待たせしましたー、パスタセットでーす!」
丁度そのタイミングで料理が到着して、俺達の会話はいったん中断された。俺がカルボナーラを巻くのに苦心するいっぽうで、北原が具材たっぷりのペスカトーレを器用に巻き取っていた。
「そう言えば北原、人見知りって言っても俺には普通に話しかけてくれたじゃん。それはどうやったんだ?」
「影山君の時……?」
「そうそう、昼休み話しかけてくれたじゃん。放送お疲れさまって」
「あー、あれね……」
俺としては結構衝撃的な出会いだったのだが、北原は言われて思い出したような表情だ。パスタを口に入れ、咀嚼しながら考える。
「なんていうか、影山君は話しかけやすかったのよね」
「それは……隣の席的な意味か?」
それとも異性として見られていないかの二択だろうが……、後者だと結構ショックが大きい。
北原の返事を固唾をのんで待つ。
「うーん、30点ね」
「……さいですか」
「ほら、早くカルボナーラ食べないと冷めちゃうわよ。それに公開収録までもうあんまり時間ないし」
北原に言われて時間を確認するが、もう整理券の配布まであまり時間は残されていなかった。
「やべ、急いで食べないと……!」
いそいそとフォークを使いながら、俺もカルボナーラを食べ進めることにした。
♢
「すみません、失礼します……」
パイプ椅子に座る人々の前を通り抜けて、俺達は席に到着した。
人気番組の公開収録という事もあって、下見の時はガラガラだったはずのホールは既に人でいっぱいだった。
何とか席に座る事には成功したが、ステージは遥か前方だった。
ちらりと後方を確認するが、整理列には俺達が並んだ時の倍くらいの人が集まっている。
「ほぉ~」
「……後ろの方だって言うのに、随分嬉しそうね?」
「これ全員ハトレディのファンだって事だろ?そりゃ嬉しいよ」
番組の喜びは俺の喜び、当然だ。
「……今日も健やかに拗らせてるわね」
「ファンの鑑と言ってほしいな」
「呆れた」
胸を張って答えると、北原はやれやれと両手を出す。
だが、これが正直な感想なんだからしょうがない。
「ほら、観客参加型の質問コーナーとかもあるらしいぞ!マジで楽しみだな!」
「すごい人数いるけど、当たってくれるといいわね」
辺りを見回す北原に、俺は力強く頷いた。
「だな!うーわ、何聞こうかな~、ラジオ志したきっかけとか?それとも今までで一番面白かったお便りは何ですか?とかかな、いや、やっぱりここは放送委員として、ラジオのコツとかかな……!」
「はいはい、他の人が注目してるから落ち着いて」
北原に諫められつつも、俺はそわそわが抑えられない。
その時、ホールに音楽が流れ始める。ハトレディナイトのイントロだ。
会場がわっと色めき立つ中、手を振り名がら二人の男女が手を振りながら入ってくる。
本日のメインイベントが、ついに始まった。