放送部舐めんな
ステージから遠ざかり、二人並んで歩いていく。
お洒落なお店に近づいていくにつれて、だんだんと人も増えてきた。
家族連れももちろんだが、週末のショッピングモールはいやでもカップルの姿が目に入る。
(デート、か……)
彼らの姿を見るたびに、北原がさっき言ってきた言葉がリフレインされる。しかし、視線はこちらからの一方的なものだけではない。
「うーわ、あの子美人~」
「スタイル抜群、モデルさんとかかな?」
北原に向けられる男女問わない羨望のまなざし。
漫画やアニメでさんざん見たシチュエーションだが、今回は隣に立っているのは俺だ。
慣れない視線を浴びせられて、そわそわしてしまう。
「どうしたの影山君?落ち着かない?」
しかし、当の北原は視線なんてどこ吹く風だ。
「いや、何となく周りの視線が慣れないな、って……」
「あらそう?」
北原は不思議そうにこくりと首をかしげる。そして、ふふっと笑った。
「じゃあ、みんな影山君を見てるってことね」
「そうかな……?」
「ええ、きっとそうよ」
北原はズバッと言い切った。そして、また正面を向いて歩きだす。
(すげえな、北原は……)
その北原の毅然とした雰囲気がすごくかっこいいと思う反面、そわそわしている自分が非常になさけなく思える。
いやいや、何弱気になってるんだ俺!俺から北原を誘ったんだから、しっかりしなきゃダメだろ!
「じゃあ、この後どうする?買い物とか行く?それとも飯にする?」
北原は口に手を当てて、うーんと考える仕草をする。
「影山君、お腹空いてるんでしょ?まだちょっと早いけどご飯にしちゃいましょうよ」
「え、あ……」
そういや俺、さっき腹が減ったって言ってたな……
時間を見ると11時半をまだ回らないくらい。昼飯にするにはまだ時間は早い。
「あーでも!俺別にそこまで腹減ってなかったわ!北原が何か買い物したい事とかあったら、先にそっち行こうぜ!」
「ホント?それだったら……」
ぐーっ
瞬間、会話を切り裂く一閃……
説明するまでもない、俺の腹が鳴った音だった。
「やっぱりお昼にしましょうか」
「……そう、だな」
北原はこんな時でも嫌な顔一つしなかった。それが逆に俺の申し訳なさを増幅させる。
ダメだ!折角のお出かけなのに何か悪循環に陥ってる気がする……!
「すまん北原、ちょっとお手洗い行って来る!」
「え、ええ行ってらっしゃい……」
自分の悪い考えをリセットさせるために、一旦北原と別れて俺は足早に近くにあったトイレへと入っていった。
♢
キレイに掃除のされたトイレ。俺は特に用を済ますでもなく、手洗い場の鏡の前に突っ立っていた。
あそこでデートと言われてからどうにも調子が悪い。なんだかそわそわして落ち着かない。
「あれは冗談、あれは冗談……!」
自分に言い聞かせつつ、パシャリと顔に水を当てる。
ふうっと一息ついて改めて自分の顔を見る。水を浴びたおかげか体の熱は冷めていた。
よし、この後もメインイベントの公開収録があるんだ、北原に楽しんでもらうために、俺も頑張らないと!
決意を新たにトイレを出る、ええと、北原は……
「なあ良いじゃん!ちょっとくらい俺達と遊んでくれよ~」
北原を探していると、どこからか声が聞こえてくる。ねっとりとした声は、こちらにまで絡みついてくる。見ると、じゃらじゃらした格好のThe ヤンキーみたいな連中が溜まっていた。
なんだよナンパか……?こんな真昼間からよくやるぜ……
「って、北原!?」
囲まれている連中のスキマから囲まれている女子の姿が見えた。
うつむいて黙りこくっているようだが、彼女を見間違えるわけがない。
ヤバイ、俺のせいだ……!
「なあ、姉ちゃん一人なんだろ?いいじゃんちょっとくらい」
「……」
「いいだろ?俺ら寂しいんだよ」
「……」
「ちょっと無視?黙りこくってないで何か言ってくれよ」
「大丈夫!?」
北原を囲んでいる二人組の前に、ぱっと躍り出る。
「影山君……」
うつむいていた北原がぱっと顔を上げる。普段は強気な瞳は揺れている。
「彼女困ってるじゃないですか、どっか行ってください」
北原を守る様な格好でナンパ野郎二人組の前に立つ。
Tシャツの裾が軽く掴まれる感覚。
「何キミ、彼女の連れ?」
「そうですけど、何か?」
数駿の沈黙の後、ナンパ二人組はぎゃはぎゃはと笑い始めた。
「お前が連れ?いや!どう考えても釣り合わないでしょ!」
「そうそう、えーと、影山君だっけ?彼女も君より俺達と遊ぶ方が楽しいに決まってるよ」
俺の名前が出た瞬間、Tシャツがギュッと強く握られた。
ナンパ野郎たちはテンプレのようなセリフを発している。どうやら一人じゃないと分かって撤退する気はないみたいだ。
「第一、彼氏じゃないんだろ?だったらどいてくれよ」
「そうそう、俺達今からこの子とデートだから!」
頭の悪そうな言葉を繰り返すナンパ野郎たち。デートデートと煽るように俺の前で繰り返す……。
「デート、ね……」
背中の感覚を意識しつつ、自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。
もう俺も一つ腹を括るしかないらしい。こんな手段は正直取りたくなかったが、仕方がない。
ちらりと後ろを振り向いて、不安そうに俺を見つめる北原を見る。
「ゴメン北原、ちょっと耳塞いでて」
俺が出来るだけ優しい声で伝えると、彼女は小さく頷いて耳を塞いだ。
よし、これでいい。ゴメンな、北原……
大きく息を吸って、ナンパ野郎たちを睨みつける。
「デートですけど!!!」
「!?」
「俺、この子の彼氏で、今からデートなんだけど!!!!」
突然の俺の大声にぎょっとするナンパ野郎たち。
だが、直ぐに噛みついてきた。
「何だよ突然大声出して!」
「デカい声出せば俺達がビビるとでも思ってんのか!?」
「そっちがナンパしてきたくせにゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!!!!!」
「う、うるっさ……」
顔を歪め、耳を塞ぐ連中。そりゃそうだ、俺は部活でいつも発声してるんだ。お前らみたいな一般人とは鍛え方が違う。放送部舐めんな!
しかも、俺を大声を出したおかげか、今までこちらに見向きもしなかった通行人たちが露骨にこちらに注目し始めた。
俺も決着とばかりに耳を塞いでいる北原をぎゅっとこちらに引き寄せる。
「この子は俺のだ!分かったらさっさとどっか行け!!!!」
「……ちっ」
余りに幼稚な脅し文句だったが、それが逆に効いたのか。ナンパ野郎たちは舌打ちを一つ残して、逃げるように去っていった。
「ふう……」
ナンパ男たちが見えなくなってから、俺は安堵のため息をついた。
多少興奮状態にはあったが、アレが俺の最終兵器だった。何とかなって本当に良かった……
しかし、緊張がほどけてから俺は北原を抱きとめていることに気が付いた。
「あ、悪い!」
咄嗟に謝って腕をほどく。しかし、北原は俺の胸に顔をうずめたまま震えている。
「ごめん、もう少しだけ……」
消え入るような声、いつもの北原の大人びた余裕は感じられなかった。
「分かった」
北原は涙を流さず深呼吸を繰り返す。彼女の吐息を胸に感じつつ、俺はただその場に立ち尽くしていた。